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再会のみたらし団子

お久しぶりです。

あの二人に会いに行きます。

「リズベル、いったい今度は何を作ってるんだ?」

「え、この間お父さんがもらってきた粉を使ってるんだけど」

「ああ、あれね。いい物作れそうかい?」


 店の営業が終わってから、あたしがキッチンであれこれ試作をするのはいつもの事だから、誰については何も言わない。

 だけど、両親が納得できる味に仕上がらないと店のメニューに載ることはない。今回はお父さんが馴染みの粉屋さんから頼みこまれてもらってきた粉を使っているから、興味もあるんだろう。いつもなら任せっぱなしのお母さんも、ひょっこりとキッチンに顔を出した。


「まあ、水加減を間違えなければ大丈夫だと思うよ。成功させたいから」

「……そうか、明日は神殿に行くんだろう? 遅くなるなよ」

「はーい」


 店の施錠をもう一度確認してから、両親はキッチンから出ていった。とんとんと階段を上りながら何を作るんだろうね、なんて楽しそうな声が聞こえて来る。

 ユータと出会って、前の記憶が自分の中でしっくり馴染んだな、と思えるようになってから考えていたことがある。いつか機会があればと思っていたんだけど、割と早くその機会に恵まれたようだ。

 神殿に料理を持って行くことはよくあるし、店のお客さんが多く頼んだ料理を寄付のような形で神殿に届けたことだってある。

 だから、明日ユータと一緒に神殿に行ってくると両親に言ったところで何の疑問も持たれずに了承してくれた。ユータが前に神殿に世話になった事を知っているし、そのお礼として料理を持って行ってる事を知っているからこそ、すんなりと頷いてくれたのかもしれないけれど。


「さて、覚えていてくれるといいんだけど」


 さらさらとした粉に水を少しずつ加えながらよくこねて、固さを確かめる。全く同じものは難しいけど、見た目はほとんど変わらないはずだし、味だって似たような物になったはずだ。

 良い感じの固さになる水の分量を見つけられたから、明日早起きして作ろう。どんな反応してくれるかが楽しみだ。




「へえ、面白い食感だけど味はシンプルだね」

「このタレがうまいな。こう、どんどん食べたくなるような味で」


 そして次の日。興味を示していた両親に、朝から作った出来立てを食べてもらう。手間がそんなにかからないのにそれなりの量を作れるんだけど、時間を置いてしまうとせっかくの弾力が損なわれてしまうから、その辺りの研究もしなくては。メニューに載せるのはそれからだ。


「ベル、これって」

「そう。懐かしい?」

「……ああ、とても」


 両親にはお皿に出してからタレをかけたけれど、ユータに渡す分は串に刺してある。そんな見た目もあってちょっとだけ揶揄うような言葉を投げてみたら、思っていた以上にぐっと詰まった声が返って来た。

 もしかして何かあったのだろうか、と深く追及するよりも早く、お父さんが口元のタレを拭いながら声をかけた。


「ん? ユータは知ってるのか?」

「昔食べたことのある物に似てて。うん、美味しい」


 ユータの言う昔、は前世の事だと知っているのはあたしだけ。もぐもぐと頬張って食べている表情は笑っているから、単純に昔の食べ物が出てきて懐かしかっただけなのかもしれない。


「それじゃあ、神殿行ってくるね」

「ああリズベル、これも持ってお行き」


 試作品を詰め込んだバスケットに、お母さんから追加で渡されたのは果物。さっと煮詰めて甘くしてあるから、女性の神官様によく喜ばれるけれど、たぶん今日会う神官様も気に入るに違いない。


「なにリズちゃんこれから神殿行くの? おやっさん! サンドイッチ多めに渡して!」

「ええ? どうしたの急に」

「俺さ、この間神殿に世話になったからお礼。代わりに届けてよ」


 常連の一人が笑って腕をグルンと回す。前に素材回収の依頼受けた時、魔物の爪で腕を切られてから動きが鈍いと言っていたのに、そんな様子は見受けられない。

 なかなか高額なはずだけど、その動きひとつで自分の命だって左右されるような状況に身を置く職業なんだから、お金は惜しまずに治してもらったんだろう。

 ユータが魔王を倒したといっても、魔物全てがすぐにいなくなるわけではない。数は減っているとのことだけど、すぐにあの人の活躍の場がなくなるってこともないだろう。


「いいけど、名前は言うわよ?」

「はは、もちろんだよ。見ず知らずの奴からは受け取らないだろうし」


 自分用にもサンドイッチを注文したら、足早に出ていってしまった。腕の分を稼がないとな、なんて笑っている背中を見送って、ユータと一緒に店を出る。

 あたし達が抜ける分は、ソフィが頑張ってくれるそうだ。お礼も兼ねて試作品のお団子をたくさん置いてきたから張り切ってくれるに違いない。


「それで団子を作ってたんだ」


 神殿までの道すがら、どうしていきなりお団子を作ったのかをユータに説明する。転生したこの世界は、前の世界と似たようなところもあるけれど、日本は東の果ての国だし、和食なんてほとんど広まっていない。

 だからこそ、あたしが夢の中で見たことにしていた料理には試食は欠かせないし、見た目も含めて店に出すための基準となるのは両親が納得するかどうか。


「他の物にしようと思ってたんだけど、ちょうどお父さんが粉をもらってきたからね。冷凍庫があればアイスも作れたのに」


 好んで食べていた、もっちもちの皮で包んだアイス。差し入れにするにはアイスが溶けるとかいろいろ問題はあるけれど、なによりも驚かせることが出来るだろうに。


「あー、保冷庫があるだけでも十分だもんなあ」

「まあね。でも、一緒だったら作れるでしょ」

「それ、俺に丸投げって言わない?」


 にんまりと笑ってユータを見上げたら、呆れるように笑う顔が目に入った。前とは比べ物にならないほどがっしりした体つき、あまり見せないようにしているけれど時々服の裾から覗く肌には、いろんな傷がついていることを知っている。

 それは全部、勇者として魔王を倒すためにユータが努力をした結果だ。本人は見せびらかすようで恥ずかしい、なんて言っていたけれどもっと誇っていいと思う。

 そう、そんな自分を鍛えていたユータは剣だけではなくてなんと魔法も使えるのだと言う。魔法専門の仲間がいたからそこまで上手ではないそうだけど。それでも魔力なしのあたしからしたら羨ましい限りだ。

 もっとも、最近の使い道を聞いたら仲間に怒られそうだと苦笑いをしていたが。まあ、あたしと一緒に料理の試作をするときに、冷やしたり泡立てたりとして使ってるもんなあ。


「ユータ、期待してるね?」

「まったく、ベルは強かになったな」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


 思う事が、ないわけではない。きっとあたしが記憶を取り戻さなくったってあの二人はずっと見守ってくれていただろうし、自分たちから正体を明かすことなんてしなかっただろう。

 だから、これでも素知らぬ態度を取るようであるなら、これ以上は何もしないし言わない。そんな気持ちでぎゅっとバスケットを抱きしめる。そっと肩に添えてくれた手の温かさは、とても心強かった。




「おや、ベルさん」

「こんにちは神官様。今日はこちらを」

「ああ、では別室に参りましょうか。呼んできますから」


 いろんな人が自由に出入りできる神殿だけど、何か差し入れをするときには誰の目にも触れないように、というのが暗黙の了解。誰かと比べてより良い差し入れをして、自分の事を優先的に扱ってもらおうとする人がいたからだと聞いている。

 あたしが料理を持ってくるのに慣れているのか、神殿に入ってすぐに目が合った神官様が、心得たとばかりに眼鏡をかけた神官様を呼び出してくれた。


「なになにベルちゃん、俺に用事って」


 案内される部屋は、いつも同じ。あの頃よりも狭いけれど、ほとんど物のない真っ白い空間は変わらない。ソフィはこの部屋に案内されるのが怖いから、とほとんど付き添ってくれたことはないけれど、あたしは何故だか毎回くつろげる場所だと思っていた。その理由が、今なら分かる。


「……ヒマなんですか」

「神官なんて、ヒマなのが一番だって」

「こたつでゴロゴロできるから?」

「!?」


 緩く編まれた金糸を揺らし、ふわふわと風に舞う綿毛のように掴みどころのない態度を取っていたのに、あたしの一言で動きが止まった。

 それは、隣に立つアメジスト色の瞳を眼鏡で隠した神官様も同じ。

 この世界に、こたつはない。今度、鍛冶職人のおじ様に話を振ってみようとは思っているけれど。


「今日は差し入れ持って来たんですよ。食べながら、話しませんか」


 にっこりと笑ってバスケットを掲げたあたしを見て、ユータがやっぱ強いなんてぼやいていたけど、スルーしておいた。

 ぽんぽん並べるのは、たくさん作ったお団子にみたらしあん、小豆は見つからなかったけど、豆を甘く煮詰めたもの。それからお母さんからもらった果物。

 和風な食材は見つかりづらいから手に入れられるものだけでどうにかしようとした結果、添え物は甘い物ばかりになってしまった。


「これ、まさか」

「あ、良かった。覚えていてくれたんですね」


 はい、とお皿に乗せたお団子にみたらしをたっぷりかけたものを渡す。フォークを受け取る手が若干震えているように見えたけど、しっかりとした手つきで受け取ってくれた。


「そう、あたしが最初にあなたに作った料理だよ。……神様」


 言った。反応したから突っ込めるところまで突っ込んでみようと決めたけど、もうこれ以上は出てこない。さすがにここま言っておいて素知らぬ顔されたらショックなんだけど。

 お団子を一口で頬張って、ゆっくりと飲み込んでからそれは深いため息を吐いた。


「まったく、こっちがどんな思いで黙ってたと思ってるんだ」

「それなのに、見守っててくれたんでしょ? 素直じゃないのは変わらないね」

「こいつに言ったのはお前か?」


 神様の素の状態の言葉遣い、久しぶりに聞いたけどあの頃よりも口調が荒い。だいぶ神官様に引っ張られてるんじゃないかな。お前、なんて言いながら指差されたユータが焦っている。


「違うよ。ユータはきっかけ。あとはあたしが思い出したの。ちょっと前から夢も見てたし」

「あの場での記憶がどうなるのかは、私達にも分かりませんでした。ですが条件は他の転生者と同じだったはずです」

「ってことは本当に自力で思い出したんだな……」


 目元を手で覆い天井を仰ぐ神様と、その隣で苦笑している担当さん。着ている服が違うだけで、持っている色は同じなんだからどうして今まで気づかなかったのだろう、とさえ思ってしまう。


「ところで二人はどうしてここにいるの?」

「ま、それはおいおいな」


 ひょいっとお団子をもうひとつ口に入れた神様と、お団子よりも果物に手が伸びている担当さん。

 前を思い出すやり取りに笑いながらもこぼれた涙をそっと拭って、懐かしむようにお団子を口に運んだ。

 そもそも粉が違うし、あの時はお豆腐入れたからもっと水分もあったし、茹でたものだけじゃなくて焼いてたのもあった。比べてしまえばいくらでも違うところは見つけられるけれど。

 あの時みたいに、同じものを食べて一緒に笑える今の時間は、とても楽しかった。



これからきっと二人は遠慮なく料理を食べに来ることでしょう。

お読みいただきありがとうございました!


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