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3.

「リズ! そんな前から知り合いだったなんて何で隠していたの!」

「か、隠してたわけじゃ……」

「俺が内緒にして欲しいって言ってたんだよ。変な噂、立てたくないからさ」


 あれから。どうにもテンションのおかしいソフィとお父さんをそのままにしておけるはずもないので、夜の営業を早めに切り上げてゆうた君と一緒に説明をすることになった。

 主に、あたし達の関係について。前世の記憶を持っています、とは言えなかったからゆうた君とは小さい時に会ったきりの友人、ということで押し通すことにした。

 ゆうた君の記憶は小さい時からずっとあったらしく、あたしのことも含めてほとんど全部を覚えていたそうだ。王都の近くに住んでいてこの辺りには何度も来ていたから、あたしと出会ったのがこの地区の中心にある公園だとしても、おかしなところは何もない。

 両親は薄々何かに気づいていそうだけれど、ソフィは憧れの勇者様とお近づきになれたことであまり細かいところを突っ込んで来ないので、今のうちに話を進めさせてもらおうと思う。


「で、ユータっつったか。リズベルの前に今更顔出したのはどういう事だ」

「約束だったんです」

「約束?」


 お父さんがちらっとあたしの顔を見るけれど、思い当たることがないあたしはぶんぶんと首を振った。その様子を見て、お父さんは深く息を吐いて、眉間の皺を解すように揉んでから口を開く。


「リズベルには思い当たることがなさそうだが?」

「……ずいぶん、前の約束ですから。それに、俺の一方的なものに近い」

「一方的だと?」

「はい。俺が勇者になるということは、分かっていました。だから、魔王を倒すことが出来たら、もう一度会いたい、と」


 約束、申し訳ないけどあたしは本当に覚えがない。今さっき思い出した前世の自分だってまだぼんやりとしたところが多いのに。

 ゆうた君とお父さんの話を聞いて、ソフィが横からつんつんとあたしの事をつついてくる。何かと思ったら、ニヤッと笑ってこちらを見ていた。


「リズったら、そんな約束してたから男の子たちのこと、見向きもしなかったんだ」

「ソフィ? あたし別に見向きもしなかった訳じゃ」


 この手の話になると、毎回ソフィは理想が高いとか無自覚だとかいろいろ言ってくれるけど、そう言っているソフィこそ、自分の理想に近い人を探しているのを知っている。そうやって話している時のソフィはそれはもう楽しそうな顔をしているから、止めないようにしようとは思っているけれど。


「穀物店のラド、花屋のマーク、それから……」

「あれは営業の為だって言ったじゃないの。あたし、ただの料理屋の娘だよ?」


 指折り挙げていく人の名前は、重い荷物を運んでくれたり、毎回綺麗な花を選んでくれるから、確かにあたしの記憶にもある。

 いつも親切にしてくれるから挨拶は欠かさないし、店に来てくれたらちょこっとだけおまけをしているときも、実はある。だけど、それは男女の情があるからではなくて、あくまで友人としての接し方だ。

 それなのに、ソフィの挙げた名前には思っていた以上にくいついた。


「ソフィさん、って言ったっけ? ちょっとそこのところ詳しく教えてもらっても」


 お父さんと話していたのに、ぐるりとこちらに体ごと振り返ったゆうた君が、とてもいい笑顔でソフィの事を見ていた。

 ソフィも同じような笑顔をしているけれど、その表情は笑っているはずなのにどこかゾッとする。あたしに向けられていないと分かっているのに、背中に冷たいものが滑り落ちていった感覚があった。


「ソフィでいいですよ、ユータ様。まずですね」

「あ、じゃあ俺の事もユータって呼んでよ」

「おいこら」


 お父さんに背中を向けて、何やら声を潜めて話し始めた二人に、お父さんの声がさっきよりも低くなる。あの声、あれがお父さんから聞こえた時は機嫌も急降下している時だ。


「ちょ、ちょっとゆうた君? お父さん目が据わってるから!」


 お母さんはキッチンで我関せずを貫いているけれど、耳はこちらに向いている。お父さんのあの声が聞こえていないはずはないのに、こちらに出てこないってことは対応はあたしに任せているか、ゆうた君の出方を伺っているか。たぶん、ゆうた君がどうするかをお母さんなりに見極めているんだとは思うんだけど。


「お前の言い分は分かった。だが、リズベル。お前の気持ちはどうだ」

「あたしの気持ちって」

「小さい頃の口約束ひとつ。まあ、それで魔王を倒したのは大したもんだとは思うが……

 ここまで待たせた男を、どう思ってるんだ」


 口約束、それは小さい頃ではなくて前世からの約束のようなんだけど、それは説明するのに時間がかかるから置いておくとして。

 魔王を倒す、それは今までこの世界で何人も挑戦してきて、だけど出来ずに封印という先延ばしにするだけの手段しか取れなかったことだ。それだって、簡単でも、何の犠牲も出さずに出来るような事でもなかったけれど。

 今まで勇者、と呼ばれる人はたくさんいた。だけど、魔王を倒せたのは、ゆうた君だけ。たかが小さい時の口約束を守るためにしては目標としては高すぎるし、それだけのために達成したのなら、もう一度会いたい、だけでは見返りが軽すぎる。それこそ、願えばどんな褒美だって望みのままだろうに。

 お父さんだって、そんなことはもちろん承知の上だと思うんだけど、あたしの気持ちを一番に聞いてくれるその優しさが、とても嬉しい。

 いつもよりもそう感じるのは、リズベルとしては当たり前だったのに、前世の、父親というものを知らなかった記憶も混ざったからなのだろうか。


「きっちり約束は守ったみたいなんだから、いいじゃないか」

「マーシャ! 俺はソフィの気持ちをだな……」

「はいはい。向こうで聞くから。ソフィもおいで。こういうのは、当事者だけで話すのが一番さ」


 ソフィは後で話聞かせてね、と軽い調子で言い残し、お父さんはまだ何かを言っていたけれどお母さんに引っ張られながらホールを出る羽目になっていた。

 とんとん、と階段を上る音が小さくなっていって、聞こえなくなったのを確かめてから、あたしはゆうた君と向き合う。


「それで、約束ってどういう話なの?」

「その前に、どれだけ覚えてる?」


 どれだけ、そう言われてからさっき頭の中に浮かび上がった映像や流れてきた記憶をたどる。ぼんやりと、煙越しに見ているような感覚もあるけれど、あの黒髪の女の子はあたしなんだ、という事だけはやけにすんなりと自分の中で納得が出来た。


「正直、まだ全部とは言えないし、信じられない気持ちもある。前世って言われても、リズベルとして生きてきた記憶だってもちろんある」

「うん」

「だけど、時々夢に見ていたどこか知らない場所で作る料理、それが前世のあたしだって言われたら、素直に頷けるんだよね」


 それからは、あたしがあの映像で不思議に思ったことをゆうた君に聞いて、答えてもらう。思い出したこと、覚えていたこと、不安な気持ち。

 そんなものをごちゃごちゃになりながらも全部話して、受け止めてくれたからか、一通り話し終わった時にはずいぶんとスッキリしたと思う。


「勇者になるとは言っていたけど、すごいことやっちゃうんだもんなぁ」

「まあ、そういう約束したからね」

「そうだよ、約束! あたしには全然覚えがないんだけど」


 ゆうた君が何度も口にしている約束、もし前世のあたしと交わしていたのだったら話をしているうちに思い出すだろうと思ったのに、それなりに記憶が馴染んできたのにも関わらず、思い当たるものはない。

 思い出せないのなら、覚えている人に聞くしかないだろうとゆうた君に聞いてみても、彼は言葉を濁して笑うだけ。


「そのうち、思い出すんじゃない?」

「そんな事言ってると、ずっと思い出せないかもしれないよ?」

「俺が覚えてるから、いいんだよ」


 一人で満足そうに笑っているけれど、なんだかその表情が無性に悔しくなったのでほっぺをぐいっと伸ばす。

 笑顔は崩れなかったけれど、さっきまでよりもぐんと縮まった距離に、違和感が形を成していく。


「そうか、髪の色が違うんだ」

「ああ、黒いって? 大学の時は染めてたし、こっちでも元の色が変わらないのはちょっと残念なんだけど」


 少し口を尖らせながら、あたしの髪に手を伸ばし、大切そうに触れた。そこにあるのは、あの時のような黒くてようやく肩に届くくらいの短い髪ではなくて、ストロベリーブロンドの背中まで伸びた髪。春の風を思わせるようなピンク色の髪は幼く見えてあんまり好きではなかったのに、どことなく前の名前と関係があるように感じたからか、今までよりも少しだけ、大切にしようかなと思えるようになった。


「勇者、なんだね」

「魔王を倒す、って使命が終わったから絶賛職探し中」

「え、無職なの!?」

「平和になったら、勇者なんて必要ないだろ?」


 無職っていうのは事実だけど傷つくなあなんて言うけれど、顔はにやけている。絶対そんなこと思ってもいないだろうに。

 でも、確かに勇者が必要なのは魔王、という脅威があったからで。それがないなら、勇者という肩書は、次の争いの火種になってしまうのだと。


「ところで、どう? 料理はあんまり得意じゃないけど、力には自信のある下働きを雇う気は?」

「うーん。そこはあたしじゃなくてお母さんが決めるからなあ……」

「それじゃあ、面接をお願いします! ユータ・ウェルシーです!」

「おお、家名持ち……じゃなくて、リズベルです」


 小さい頃から修行とかしていた、と聞いていたから多少は余裕のある家だと思っていたけれど、家名あるなら程度はどうあれ、貴族の一員じゃないか。凄いなあ、と思っていたら、勇者ということが分かった段階で、貴族の養子になったから元々は家名を持っていなかったそうだ。

 それに、養子縁組をしてくれた先の貴族も、そういった差別をするような人達ではないから、と説明されて、安心していいよ、と何に安心していいのか分からないような事を言われてしまったけれど。


「リズベル、かあ。ねえ、あの二人みたいにベルって呼んでいい?

 あ、俺の事はユータって呼んでよ」

「別に好きに呼んでくれていいけど……

 ねえ、もしかしてあの二人」


 前の記憶の中で、とてもお世話になった人達。同じ色を持つあの二人が繋がっているかもしれない、なんて思ったあたしがその考えを口にするよりも早く、しーっと内緒だよと告げるようにゆうた君、じゃなかった、ユータが指をそっと自身の口元に当てた。


「今度、二人で神殿に会いに行こう。きっと喜ぶから」

「……それなら、とびっきり甘いお菓子を作っていかないとね」

「あー、どっちとは言わないけれど喜ぶね。絶対に」


 どちらともなく顔を見合わせて、それから同じタイミングで笑い出した。その声につられたのか、降りてきた三人に改めて下働きをしたいとユータが告げたので、またひと騒動起こったのだけど。



 *



「ベル―! パンケーキセット二つ! ふわふわと固めで!」

「はーい!」


 それから、前世の記憶を頼りにカフェタイムを正式にスタートさせ、メインとなったパンケーキは今や店の名物になるまでに認知された。


「それにしてもいいタイミングで来てくれたよね」

「うん、本気で助かる」


 その人気が高くなるにつれて、忙しくなる店のホールをあちこち動き回っているのは、ユータ。あれからお父さんのめちゃくちゃ厳しい面接と、お母さんの笑顔の圧にも負けずに採用を勝ち取ったユータは、思っていた以上の活躍を見せている。


「本当にユータがホールやってる!」

「無駄のない良い動きをしているな」

「ほら、二人ともお仕事の邪魔になりますよ」


 勇者として旅をしていた時の仲間は、そのまま冒険者としてのパーティーを組んだそうで、いろんなところを旅して回り、困っている人達の依頼を熟しているそうだ。ユータも時々一緒に出かけては、王都の近くに出る獣を退治に行ったりしている。

 その時に狩った獲物は、安くうちに卸してくれるんだから、もうユータ様様である。

 そんな彼の、今の戦場はうちのホール。カフェタイムに来るお客様はたいてい女性だからか、ユータの事はあっという間に話題になった。おかげで、元勇者様を一目見ようと初めは女性の塊、と呼んでいいと思うくらいの人が押し寄せたものだ。

 ソフィが殺気立ち、お父さんがフライパン片手にキッチンを飛び出しそうになったのを上手く制してくれたのも、ユータ。大学の時にバイトしていたバーで適当なあしらい方を覚えていたから、と言うけれど、女性たちをなだめて、きちんと並んでもらい、おまけに注文まで取って来たあの時の手際の良さは素晴らしかった。

 あのお父さんが手放しで褒めるなんて、めったにないのに。それから、ユータはどんどんとこの店の店員だと認められて、今では貴重な戦力である。


「さ、焼き上がったよ! ソフィはこっちお願いね!」

「もちろんよ」


 固く焼いたパンケーキはソフィに任せて、あたしはふわふわのパンケーキをそっと持って行く。

 あの時、試作として焼いたものよりも道具も充実したし、あたしの腕も上がった。

 歩くたびにふわん、と揺れるパンケーキに添えたのはゆるっと泡立てた生クリームに、バター、それからシロップ。いつか、メープルシロップを見つけるのが今の夢だ。

 カフェの事が話題になって、昼も夜も忙しくなったけれど、毎日たくさん料理を作れて、それを美味しそうに食べてくれる人の笑顔を見れるのは、とても嬉しい。


「ベルが出てこなくても、俺を呼んでくれたらいいのに」

「ユータも注文受けてたじゃない」


 なにより、いつでも隣にはあたしの事を大事にしてくれる人達がいる。そんな人達に囲まれて、楽しく料理を作って笑っていられる今は、あたしの一番の宝物だ。


「お待たせしました! さあ、めしあがれ!」



これにて、完結です。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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