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2.

 

思っていたよりもちゃんとに寝ることが出来て、いつもの時間に目が覚めた。寝坊しなかった、そのことに何よりも安心する。

 冒険に出る人、夜警上がり、そんな人達のために簡単に摘まめるものを提供しているから、いつも通りと言っても日が昇り始めたくらいの時間なんだけど。

 あたしよりも早く起きていた両親は、すでにキッチンで仕込みを始めている。


「おはようリズベル。よく眠れたかい?」

「お母さんおはよう。眠れたけど、ソフィはいつ来るのか分からなくてドキドキしてるよ」

「ちょうどジェイクが狩りに行くから、弁当取りに来るのと一緒だってよ」

「ありがとうお父さん! 今日はどこに行くって?」


 ソフィのお父さん、ジェイクさんはうちにもお肉を届けてくれるから、行く先を聞けばうちに来るタイミングはだいたい分かる。両親がこの時間に起きているのはいつものことだから、特別遠くに行くと頼まれてもいないはずだ。


「クロサの森だって言ってたぞ。あいつの足ならそこまで時間かからないし、もう少し余裕はあるはずだ」

「ソフィが急かしてなければね」

「うわ、あり得る。急いで仕込みしないと!」


 お父さんは大丈夫だろう、なんて言っているけどお母さんは昨日のソフィのはしゃぎようを見ているからか、苦笑いだ。

 それからは慌ててサンドイッチやスープを作ったけど、どうにか午前の仕込みだけは終わらせてソフィの迎えの時間までに自分の支度も済ませることが出来た。


「もう、リズったら今日くらい髪の毛で遊んでもいいじゃないの。こんなきれいな髪してるんだから」

「えー、それならソフィにお願いしてもいい?」

「もちろん! 急いで仕上げるわよ!」


 あまりに使わな過ぎてテーブルの飾りになっているバラの髪飾りと、パールのついたヘアピンをうまく使って、パパッとハーフアップにしてくれたソフィにお礼を言ってから、家を出る。

 夜警上がりのお客さんにも珍しいね、なんて言われたけれど、この人達にはきっとパレードの話は伝わっているはずだ。朝早い時間、オシャレして出ていくあたし達に何も言わない上に、昨日の夜間警備はやけに人が多かったから。

 そうして張り切って出てきたのに、お城から伸びる大通りに着いたら、人でごった返していた。


「極秘だって言っていたのに、これじゃあ人に埋もれて見えないわ」

「まあ、今一番の話題って勇者様たちのことだからねえ」


 そんな中で勇者様ご一行でパレードをするなんて噂が流れたら、くいつかないはずがない。本当かどうか分からなくたって、早起きするくらいで一目見られるのだったら頑張るだろう。


「せっかく早起きしておめかししてきたのに!」

「まあまあソフィ。一目見れるだけでもすごいことだよ」

「そうなんだけどー、ううー」


 日も昇り、王都が賑わいだすとさらに人の数は増えていく。自分の身長があまり高くない事を分かっているソフィだからこそ、早く起きて場所を取ろうと言い出したんだろうな。今もぴょんぴょんと跳ねては人の隙間から大通りが見えないか、他に良さそうな場所がないかどうかを見ている。


「あ、ほら向こうから歓声が聞こえたよ」

「え!? 本当だ! 勇者様ぁー!」


 ざわっと空気が揺れたような感覚の後から、わあっと歓声が波のようにやってくる。思っていた以上に始まるのが早かったな、とも思うけど、ここまで人が集まってしまったから早めたのかもしれない。

 わあわあと人の声がだんだん大きくなっていくから、ここからはっきりと姿を見られなくても勇者様たちがどこにいるのか分かる。

 あたしはソフィより背が高いから、少しだけ余裕をもって見ることが出来るけど、こんなに多くの人の中にいたらそれだけで疲れてしまう。ぴょこぴょこ跳ねながらわずかでも隙間があると前に進もうとするソフィの背中を追いかけているけれど、どこまでついていけるだろうか。


 豪華な馬具で飾りたてた二頭の馬が引くのは、これまた見事な装飾を施している荷台、じゃないよね。ああいうのをなんて呼ぶのか分からないけど、幌のない荷馬車をとんでもなく豪華にしたらあんな感じなんだろうな。

 乗っているのは五人。一人は御者さんだから、勇者様ご一行は四人、ってことになる。

 先頭に座っているのは赤い髪を短く切りそろえている男性。鎧を着こんでいるけれど、ピカピカに磨かれている。魔王と戦ったのであれば、あんなにきれいな鎧ではないだろうから、あれはきっとこのパレード用に用意したんだろう。

 その隣にいるのは黒髪の細身の青年。少し照れた様子で手を振っているけれど、あの人が勇者様だろうか。あんまり戦うような体格をしているようには見えないし、言葉を選ばすに印象を告げるなら、少し若いのが気になるけれど、どこにでもいそうな青年。

 後ろで俯き顔を隠し気味なのは、茶髪をひとつに結んだ男性。ポケットの多いベストを身に着けていて、時々あたりを警戒するような仕草をしている。勇者様と年が近そうに見えるから、こそっと何かを話しかけられて表情が崩れると、印象が変わる。

 最後、ふわっと金髪をなびかせているのは優しそうに笑う女性。うちに来る神官様二人に似た服装だけど、女性の方が装飾具が多い。光を反射しているかのように時々キラッと輝くのは、宝石だろうか。一番大きなのは、杖に付いている宝石なんだけど。


 馬はゆっくり、だけど確実に前に進んでいく。目の前でわあっと盛り上がっていた歓声は、少しずつ離れていって、やがてあたし達の周りに集まっていた人達も、ぽつぽつと帰っていく。

 そうして熱に浮かれたように、顔だけではなくて全身真っ赤に染めたソフィが戻って来た。途中からずんずん進むソフィについていけなくなってしまったんだけど、思っていたより離れていたみたいだ。


「ねえ、わたし目が合った!」

「え、うん……すごかったね」


 興奮した気持ちのまま、あたしの手を握ってはぶんぶんと上下に振り回るソフィに、来てよかったなと思うけど、今頭の中には別の事も浮かんでいる。

 馬車に乗った勇者様ご一行、こんな機会でもなかったら直接見ることはなかっただろうから、誘ってくれたソフィと許してくれたお母さんには後でお礼を言うとして。

 あれだけの人の中で目が合った、そう言うソフィの事を今回ばかりは笑えそうにない。

 あたしも、同じように思っているのだから。しかも目が合ったと思った直後に、勇者様だろう青年は嬉しそうに笑ったのだ。

 あたしも周りにはたくさんのお姉さま方がいたから、誰もが自分に向けて微笑まれたと思ってひときわ歓声が激しくなったことで、耳のダメージがすごかったのだけど。

 見間違いでなければ、自惚れでなければ、勇者様と目が合った時に、小さく、“見つけた”と口が動いていた。かなり距離があったはずなのに、どうして自分がそう思ったのかは分からない。だけど、確かにあたしはそうだ、と思った。


「リズ、人に酔っちゃった? ごめんね、連れ出して」

「大丈夫、早く帰ろ」

「そうだね、お店で休んだ方がいいよ」


 あまりに反応を返さないからか、ソフィが不安そうな顔をしてあたしのことを覗き込んでいた。人の多さに圧倒されたのもあるだろうと思ったし、この場にずっといると余計な事を考えてしまいそうなので、とにかく早く自分の安心できる場所に戻れば大丈夫だろう。


「それにしてもかっこよかったなあ」

「ソフィったら、またその話? チラッとしか見えなかったじゃない」

「それでも分かるくらい、かっこよかったのよ! いいなあ、あんな人が彼氏だったら素敵なのに」


 昼、いつもよりも早い時間に忙しくなったのは、パレードを見に行った人達が多かったからだろうか。おかげでピークは早く過ぎ去り、予定よりも長く休みを取れることになった。

 賄いのミートボールをつつきながら、ソフィと話すのは今朝の事。周りの人にうもれてしまって、肩の隙間からしかパレードの馬車を見れなかったソフィは、残念そうだったけれど。それでも見れたこと自体には満足しているみたいだ。

 あれこれと話していると、カラン、と来客を告げるベルが鳴った。昼休みで看板は一応仕舞ってあるけれど、鍵をかけているわけではないから用事のある人は普通に入って来る。

 それを知っているのは、何度も店に通ってくれているいわゆる常連、というやつだから先に食べ終わっていたソフィがサッと立ち上がった。


「あ、いらっしゃいま、せ……」

「一人なんだけど、いいかな? ここのご飯が美味しいって神官さんたちに教えてもらったんだけど」


 神官様から教えてもらった、ならきっと店に来るのは初めてだろう。だけど、なぜか親しみを覚えたその声の主が見たくなった。


「ソフィー? お客様来たならお水ー……」


 お水を取りに来ないソフィにも疑問はあったけれど、キッチンから顔を出す良い理由にはなったので、ホールへ向かう。

 そこでは、今朝以上に顔を赤く染めて立っているのもやっとな様子のソフィと、それを見て困ったように笑っている黒髪の青年がいた。


「ああ、よかった。彼女、俺の顔見たら固まっちゃって……」

「そ、れは失礼しました! メニューはお決まりですか?」

「昨日、神官さんたちに出したのって、食べられるかな?」

「えーっと、まだ材料は残ってますし、大量じゃなければ」


 慌てて頭を下げて、お水を出してからいつものようにメニューを聞く。その間にお母さんがソフィをキッチンに引っぱっていった。ちょうど横を通った時に青年のリクエストが聞こえたんだろう。急いでキッチンにソフィを置いてからバタバタと貯蔵庫を確認に行って、それから小さいながらも悲鳴のようなお母さんの声。


「リ、リズ! 材料ないよ!」

「ええ!? さっきまであったよね?」

「おばさん! わたし買ってきます!」

「ちょっと、ソフィ!?」


 さっきまで固まっていたのがうそのように素早く店を出ていったソフィを、止めることが出来ず。バタンと大きな音を立ててドアが閉まり、訪れた沈黙の時間がすごく気まずい。

 両親は気付いていないかもしれないが、この青年、あたしとソフィは今朝見たばかりだ。

 パレードの中心で、人に囲まれて笑顔で手を振っていた、勇者様。


「あはは……すいません、騒がしくて」

「いえ、休憩時間に来た俺も悪いので」


 人目につかないように、と言われたんですけど難しいですね、なんて困ったように笑っている姿は、この辺りにいても何の違和感もないんだろうけど。

 勇者という肩書がある以上、自由に歩き回ることだってなかなか思うようにできないはずなのに、どうしてうちに来たのだろうか。

 どんな仕事でどんな姿をしていても、うちに来た以上は食事を提供するべきお客様。そうお父さんから教わっているとおり、目の前の青年が勇者様だろうが、今はただのお腹を空かせたお客様。それならば、あたしのやることはひとつだ。


「神官様たちにお作りしたものは、どちらかといえば食後にお召し上がりになるメニューですので……

 よろしければ、買い物から戻ってくるまでに、他の物をお召し上がりになりませんか」


 お水を置いてあるテーブルに案内して、今更だけど座ってもらった。それから、改めてメニュー表を渡してから注文を聞く。昨日神官様たちに出したものは、この時間で出すものではないし、そもそもまだ試作品。

 それを勇者様がどうして知っているのか、なんて理由は分かりきっているし、どっちが話したかと聞かれるなら金髪の方だと即答できる。あの人、近しい人には美味しい物を自慢するからなあ。それだけ気に入ってもらえたのは、嬉しいんだけど。


「そうだなぁ。俺、どうしても食べたい物があるんだけど」

「ええ、それは今材料を買い出しに……」

「野菜炒め」


 パンケーキじゃなかったのか、という思いと、料理屋に来て食べたい物が野菜炒めでいいのか、という疑問。

 それが口から出かけて、だけど出さないようにぎゅっと飲み込んだ代わりに、思ってもいなかった気の抜けた声が漏れてしまった。


「へ?」

「野菜炒め、もらえるかな?」

「あ、はい。お待ちください」


 聞き取れなかったとでも思われたのだろうか、勇者様が繰り返したのは間違いなく野菜炒めとあたしの耳に届いた。うん、聞き間違いだったらよかった、なんて少しだけ思っていたけれど。

 お手軽家庭料理だろうが、それがリクエストなのだから、作る以外に選択肢はないだろう。


「ねえ」


 キッチンに戻ってお父さんに注文をして、野菜を貯蔵庫から持ってこないといけないので、さっと背を向けたあたしに、勇者様から声がかかる。


「君に作ってもらいたいな」

「ええ、っと……お父さ、父が作る方が美味しいと」

「リズベル、お前が作れ。お客様の希望だ」


 お父さんがキッチンから姿を見せて、それからあたしと勇者様の様子を確認してから、一言。それだけを告げるとすぐにキッチンに戻ってしまった。

 ちらりと勇者様の顔を見たら、自分の希望が通りそうなことで嬉しそうに笑っているし、こちらの視線に気づいてよろしくお願いします、と頭を下げてきた。ここまでされて、作りませんとは言いづらい。

 野菜炒めが難しい料理って訳でもないから、余計に。


「リズベル、あいつと知り合いか?」

「えーっと、後で説明するね。今は材料思い出すのに必死だから」

「ただの野菜炒めだろ?」


 そう、野菜炒め。うちでは決まった野菜はなくて、その時にあるもので作るから毎回中身が違う。なかにはそれを楽しみに注文してくれるお客様もいるんだけど、今回作るのは、特別だ。

 あの時、誰かと一緒に作った野菜炒め。たぶん、それが勇者様の本当に望んでいるものだから。

 きゃべつに人参、玉ねぎとピーマン、それからソーセージを使ったはずだけど、今はないので賄いのミートボールを食べやすい大きさに切る。


 なんで急にこんな映像が頭に浮かんだのかは分からない。だけど、こうしなければいけない、と体の奥から急き立てられるような感覚に従って、あたしは黙々と腕を動かした。


「お待たせしました。野菜炒めです」

「ありがとう。うん、美味しい。それに、懐かしいな。

 ……ねえ、何か思い出すことはない?」


 耳にかからないように短くした黒髪、こちらを探るように見てくる視線には、あの時のような勇者に対しての怯えや不安はなく、代わりにやり遂げたことへの自信がのぞいている。

 この野菜炒めを出したことで、あたしの事にも気づいているだろうに、それでもちゃんとした言葉が欲しい、と思っているように手はわずかに震えていて。

 強い言葉を使って、不安を隠そうとするところは変わっていないんだなあ。


「お客さん、従業員のナンパはお断り」

「お父さん! ナンパじゃないから大丈夫だって!

 だよね? ゆうた君」

「……正解」


 立ち上がってぎゅっとあたしを抱きしめるゆうた君の姿を見て、お父さんがキッチンから飛び出すよりも早く、買い出しから戻って来たソフィの悲鳴が響き渡った。



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