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5.

「野菜炒め、作ったっけ?」


 小学校の時の調理実習、そこまで具体的に言われても、あたしの頭に浮かぶのは当時仲の良かった友達と遊んだこととか、そんなことばっかり。つまり、調理実習、という事に関しては何一つ記憶の底から浮かんできていない。


「え、そこも覚えてないの?」

「いやあ、あの、えっと……うん。むしろ、よく覚えてるね?」

「それくらい俺には衝撃だったんだって」


 下手に誤魔化そうものなら、さっきのように変わらないと言われてしまうと思ったから、素直に頷いておく。そうして、疑問に思ったことをあたしも彼に問いかけた。決して、話の矛先をあたしから逸らそうとしたわけでは、ない。

 返って来た言葉に、あたしはまた首を傾げることになったんだけど。衝撃って、いったいどういう事だろうか。


「虫見ても怖がりもしないし、野菜を切る手際はいいし、先生は褒めるし。

 本当に同じ歳か、って思ったんだから」

「今の流れで虫の話は関係ないような……」

「と、ともかく! 俺が覚えてるんだから嘘じゃないって」


 言われてみれば、小学校には小さい畑があって、そこで作った野菜を収穫してから何かを作ったような、気がする。あまりにも自分の家の状況と似ているから、それが家だったのか学校だったのかの判断がつかないだけで。

 あ、なんか段々と霞が晴れてきたかもしれない。そうだ、小学校のプールの裏、そこに小さな畑があって、五年生になったらここで野菜を作るんだよ、なんて言われたから楽しみにしていたんだった。

 プランターできゅうりとかトマトは作っていたし、家でもおばあちゃんと一緒に畑をいじっていたけど、学校のみんなで成長を見守るって経験はなかったから、それはもうワクワクしていた前日。

 お世話をするのはみんなで順番に、って決まっていたけれど、途中からはお水を上げる人はほぼ固定になっていて。結局、最後まできちんとお世話をしていたのは限られた子だけだった。

 肝心の野菜炒めとか、目の前の彼が誰だったのか、は思い出せないまま。


「それ、君だけの記憶だったら嘘じゃなくても作り話の可能性あるよね」

「う、」


 話の流れを見守っていたはずの神様が、あたしもちょっとだけ考えていたことを指摘する。神様だったら、彼の考えていることだって分かるのかもしれないけれど。

 彼だって、今までの話が嘘でも作り話でもない、と証明するにはあたしの記憶と一致する箇所を見つけ出さないといけないんだから、あんまり詳細は語れないんだろう。こう言っては悪いけれど、彼の言葉からそれなりに話を合わせることはきっと、簡単に出来るだろうから。

 もちろん、そんなことは神様だって承知のうえでの指摘だとは思うけど。


「まあまあ神様。野菜炒めを作ったのは思い出したよ。わいわい話しながらだったと思うから、たぶん合ってるって」


 そう、畑に行って野菜を収穫して、それを料理にする。小学生の時からやっていたそれに、家と学校での違いがあるなら人数しかない。

 家の畑は、おばあちゃんと一緒、もしくは近所のおじさまおばさま方と一緒だった。無言って訳ではなかったけれど、わいわいとはしゃぐのは、年齢的にもあたしだけ。

 ならば、甲高い声で笑いながら畑で野菜を収穫した記憶は、きっと小学校のもの。


「それで、彼と一緒に作っても問題ない?」


 ちらっと目線を向けた先で、担当さんが小さく頷いているのが見えた。神様だってきっと報告を受けているはずなんだけれど、彼の状態について一番よく分かっているのは担当さんだろうから、確認も兼ねてだと思う。あんまり離れてはいないのに、そこまで動かずに目線だけで済まそうとする神様にも理由があるんだろうけれど、それを言葉一つなく理解する担当さんもすごいなと思う。

 一番変わったなあと思うのはその様子を当たり前のように受け止めている、あたしだろう。ここで接する人が限られているから、自然と理解できるようになっていったんだろうけど。

 その担当さんからの許可は下りたから、あとは神様がどう言うか。


「……春那(はるな)が良いのなら」

「あれ、名前」

「もうあいつが呼んだだろう? そこまで覚えているんだったらあとは春那次第だよ」


 行っておいで、なんてぽんと置かれた手は優しかったけれど、どうしてだかきゅっと胸が締め付けられたような感覚がした。きっと、それはあたしを見る神様が、笑顔なのに泣きそうなのを堪えているような表情だったから。

 そんな顔しなくても、あたしはどこにも行かないのに。彼がここに来てからやけに接触が多かったのも、もしかして神様なりにあたしがいる、というのを確認していたからなのかもしれない。なんて思ったら、締め付けられるような感覚は消えていった。


「春那!?」

「大丈夫だよ、神様。あたしはここで、料理を作るのが仕事なんでしょう?」

「……ああ、そうだったね」


 キッチンに向かいながら、その大きな背中にギュッと抱き着く。あたしからこうやって神様に触れたことはほとんどないからか、焦ったような声が届いたけれど気にせずに自分のぬくもりを分けるように腕の力を強くした。そっと回された手は、やっぱり温かかった。




「それで、野菜は何を使おうか?」


 あんまり時間は経っていなかったと思うんだけど、神様の服がほんのりと温かくなるくらいはくっついていたらしい。ぺりっと剥がされたあたしをキッチンに見送る神様の表情は、いつも通りに戻っていた。

 担当さんと話してくるよ、と言いながら背中を向けた神様にひらひらと手を振って、あたしはキッチンに向かい、彼を手招きする。

 いつもは神様に必要なものを必要な分だけ用意してもらっているから、まずはどんな野菜を使うかを決めなくては。


「うーん、俺も野菜炒めってだけでなにがあったかまでは……

 あ、でもなんか色は綺麗だったような覚えがある!」

「そうなると、この辺りかなあ」


 きゃべつ、人参、玉ねぎとピーマン。色が鮮やかな野菜炒めになるのはこの辺りじゃないだろうか。他に入れるとしたらソーセージとか、お肉系になると思うんだけど。小学生の頃って、まだ野菜が苦手だろうし。


「そうそう、切り方が違うからやってみましょうって先生が言ってた!」

「あー、何か思い出したかも」


 自分で作ったエプロンと三角巾を着けてやったんじゃなかったっけ。人参とピーマンは畑で作っていて、自分たちで収穫してきたものを使ったはずだ。先が割れた人参に顔を書いて、先生に怒られた男子がいたような気がする。

 答え合わせをするように、隣でエプロンを着けていた彼に聞けば、そうだったかも、と何とも曖昧な答えを返してくれた。


「俺にとっては野菜炒めを一緒に作った、ってところが重要だったから」

「一緒に、って」

「そりゃあもちろん、はるちゃんと」


 ふふ、と人懐っこい笑みを浮かべる彼は、やっぱりあたしの事をはるちゃん、と呼ぶ。小学生の時は、男女の区別なくみんなで一緒に遊んでいたし誰の事も名前で呼んでいたはずだから、これだけじゃ個人を特定することは難しい。

 野菜炒めを一緒に作っていけば、もう少し何か思い出すかもしれない。



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