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3.

 それから、何人か担当さんが連れてきたけれどあたしの記憶に掠るような人達ではなくて。ホッとしたのと同時に、いつ来るか分からないままでいることに、若干のストレスのようなものを感じ始めた頃。

 いつかの質問のように突然に、その日はやって来た。


「え、もしかして」

「?」


 どたどたっと慌ただしい足音が響いたと思ったら、その勢いのままに大きな音を立てて扉が開かれる。いつもはちりんと軽やかな風鈴の音が、ひときわ激しく耳に届く。

 そんな主張をしながら入って来たのは、茶色の髪を汗でおでこに張り付けた男の子。

 その人の事をちゃんとに見ようとするよりも早く、神様があたしを庇うように前に出てくれたから、ほとんど姿を見ることなく隠されてしまった。

 なのに、入って来た男の子は、何かを思い出したかのような声を上げた。


「ねえ、小学生の時に畑いじってなかった?」

「小学生の時に、じゃなくて時から、ですけど」

「虫を全然怖がらなくて、クラスのヒーローになってたり」

「いちいち怖がってたら畑の作業は出来ません」

「じゃ、じゃあ包丁の扱いが上手すぎて先生から花丸貰ったとか!」

「え、なにそれ知らない……」


 自分の記憶にもあることだけど微妙に覚えている事と違うところを訂正していたら、最後には全く覚えのないことを言われたので目を丸くしてしまった。

 だけど、そこで男の子はあたしが記憶している人で間違いないと確信を持ったようだった。まだ神様の背に隠されているあたしの顔を確認しようと思ったのだろう、ぐっと身を乗り出したらその行動は思っていた通りというのか、神様に止められていた。


「はい、そこまで」

「神様」

「見てごらん、彼女。困っているだろう?」


 あ、と小さい声を漏らした男の子がしゅんと肩を縮こまらせてから距離を取る。それから、大丈夫だとでも告げるようにあたしの肩がぽんぽんと叩かれる。それからそろそろと背中から出て、ちゃんとに一人で前に立った。

 男の子、といっているけれどあたしと同じくらいだと思うんだ。いつもは事前に教えてくれるのに、名前と年齢を教えてくれなかったのは、もしかしてこの人があたしの知り合いだからなのかもしれない、なんて考えがよぎった。変に思い出さないように、とか理由をつけようとすればいくらでも出来てしまう。


「あ、担当さん」


 けれど、後ろから担当さんが走ってきているのが見えて、ああ、この人が先に来てしまったから渡せなかったんだろうと想像がついた。担当さんは、肩を上下に動かして息を整えようとしながらも、あたしにいつものように紙を差し出してくれたから。

 知り合いかもしれなくても、今までと同じ対応はしてくれるらしい。今回は、それよりも先走って男の子がここにやって来てしまった、という訳だ。


「え、っと覚えがないんですけど……」

「マジかあー!」


 担当さんが差し出してくれた紙を呼んでいる間に、あたしはキッチンにさりげなく誘導されて、男の子はカウンターに案内されていた。

 がっくりと男の子が肩を落としたのには申し訳ないと思うけれど、名前に覚えがない。小学生の話をされたから、おそらくその時の同級生で間違いないとは思うんだけど。

 小学生の時に友達の事は名前で呼んでいたから、正直言って違う中学に行った子の苗字はもう覚えていない。


「あの、すいません……」

「謝られると、余計にショックだわ」

「あ、すいま、じゃない。ええと……」


 向こうはあたしの昔を覚えているのに、あたしはこの男の子の事を思い出せていない。謝らないで、と言われたのでどうしていいのかが分からなくなってしまって、言葉を続けられなくなってしまった。

 そんな様子を見ていた男の子は、ふふっと小さく笑った。


「もしかして、からかってます?」

「いや、変わってないなって。笑ってごめん」


 ちょっとだけ眉を下げて困ったように笑う表情、それは、どこかで見たことのあるものだとは間違いなく感じた。だけど、記憶から零れ落ちて来たのはその笑い方だけで、それが誰だったのか、どこで見たのかまでは霞んでいる。

 まあ、小学校で一緒だったというのは分かっているんだから、きっとそのうち他の事も思い出すだろう。


「一目見て分かったんだから、あたし見た目も変わってないって事ですか……」

「あー、うん。そうだな、いや、そうじゃなくて」

「どっちですか」


 髪は茶色く染めているから、昔の面影を探すのは難しい。そもそも、小学生の時なんてだいたいの男の子は短髪だったからあんまり参考にはならないか。

 着ているのは厚手のパーカーにジーンズ。ちょっとだけロールアップした裾から覗く足首は白いから、もしかして今の季節は冬に近いのかもしれない。単純に、男の子の肌が白いだけかもしれないから、これもあんまり参考にはならない。

 あれ、そうなると今の外見から昔を思い出すのってとてつもなく難易度が高いんじゃないだろうか。それなら、どうしてこの男の子はあたしを見て一発で誰だか分かったんだろう。答えは濁されてしまったけれど、本当に小学生の時から見た目の変化が少ないのかもしれない。


「さて、昔語りはそれくらいにしてもらって。ここに来た目的は忘れてないよね?」

「あ、はい。それはもちろん」


 神様がスッと近寄ってきた途端に、さっきまでのへにゃりと笑った顔から表情が抜ける。真顔になったうえに背筋をしゃんと伸ばして姿勢を整えた。


「特に、君はこの先の世界で大層な役割を頂く予定なんだろう?

 ちゃんとにご飯を食べていかないと」

「神様、その言い方なんだか近所のおばさまみたい」

「ん?」

「なんでもないです」


 それにしても、担当さんも神様も。この男の子がやって来てからあたしの名前を呼ぼうとしない。今まで来た他の人にはそんなことをしていなかったし、あたしが名前を呼ばれようとも決して指摘されたりしなかったのに。

 知り合いかも、というかもう知り合いなのは確定なんだけど。今までよりも制限が厳しくなっているのだろうか。知り合いだろうって話をされたときに言われなかったから、今質問しても答えはもらえない。それだったら、違うところから。


「ねえ、さっきの」

「何か気になる所でもあった?」

「大層な役割、って言ったよね?」


 担当さんが、ハッとした顔をして神様の方に勢いよく首を動かす。視線を向けられた神様は、自分の手のひらで顔を覆って天井を仰いでいる。

 もしかして、言う予定ではなかったことだったんだろうか。そんなミスをするなんて、神様と一緒に過ごしてからは初めてなんじゃないかな。


「彼は知っているし、俺たちも分かってる。だけど、言うつもりはなかった」


 はあ、と深く息を吐いた神様は自分の発言がショックだったのか顔をしかめたままだけど、もう聞いてしまったからなかったことには出来ない。


「ねえ、教えて。彼は、どんな役割を持って行くの?」


 神様に問いかけたはずの質問、その答えは当事者からもたらされた。


「俺、異世界で勇者になるんだって」



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