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閑話・ある担当の想い

遅くなりました……そして短いです。

担当さんの目線と気持ちをお送りします。

「それでは、ありがとうございました」

「お疲れ様でした」


 転生を待つ魂を癒す最後の段階として、提供している食事。今までは出来なかったから、別の手段で補っていたそれを、いとも簡単にこなす彼女にお礼を伝えれば、同じように頭を下げてくれる。

 私の立場が変わったと伝えても変わることはなかった、いつもと同じ笑顔。あの方は彼女の態度が変わらないと予想していたようで、距離を取られてしまうのではないか、と慌てていたのは私だけ。

 彼女と共に過ごした時間はそれなりにあったし、言葉を交わしてその考えは理解できていると思っていたから、その行動を読めなかったことはわずかに胸の中にモヤモヤを残した。変に畏まった態度を取られてしまったり、言葉遣いを変えられたりしなかったことでモヤは晴れたけれど。



「それでは、私はここで。

 ……良き旅路を」


 どんな転生者が来ようとも、私が最後に別れる時にかける言葉はどれも一緒。どう反応するのかはそれぞれ違うが、一礼して行くのはだいたい同じ。彼女も同じように頭を下げるのを見ていると、どうもこの日本人、という人種の特徴なのかもしれないと思うようになっていた。

 その背中が光の中に消えていくのを見送ってから、自分に与えられた部屋に戻るべく、足を動かしていく。

 ふ、とその足が分かれ道に差し掛かった時に、もう一方はあの空間へと続いているのだと思うと当たり前のようにそちらへ向かおうとしてしまう自分に苦笑が漏れる。


「よお、上手くいってるみたいじゃないか」

「お久しぶりですね。そちらもお変わりないようで」

「はっ、嫌味かよ。さすが専属になった奴の言う事は違うな」


 お互いに顔見知り、程度の認識しかないのに声をかけてきたと思ったらそういうことか。この間の試験は久しぶりの開催だったからなのか、それともその結果得られるものが魅力的だったからか、かなりの参加者がいたとは聞いている。

 それに試験にあの方は関与できなかったので、この結果は贔屓もなにもない、本人の実力だというのに。私はあの方と多少なりとも関わりがあったから、試験の後にこうして突っかかられることも少なくない。

 ……私に何かを言ったところで試験の結果が覆るわけでもないのに。


「用件がそれだけなら、失礼します」


 あの方のいる空間へ向かうように足を向けてみれば、ぐっと怯んだような顔を見せてから、何かをブツブツ言いながら去って行った。

 つい先ほどまであの空間にいたのだから、こんなすぐに戻ってしまったら彼女に気を遣わせてしまうだろう。自分だって転生者と同じ扱いをされてもいいくらい、むしろそれ以上に傷ついているのに、人の事を当たり前のように気遣える彼女。


 あの場に居合わせたのは、本当に偶然だろう。基本的に自分に与えられた空間から出る事をしないあの方は、呼び出されない限り出歩くことはないのだから。

 そして、手を貸してくれたと言われているけれど、実際のところはどうしてこんな事も出来ないのかと思っていたのではないだろうか。あの方の立場だったら出来ることが当たり前で、そうでなければならないのだから。

 空間を提供したのも、彼女の魂がこれ以上ないくらい傷ついていたのもあるだろう。だけど、気まぐれがなかったとは言い切れない。彼女のことは予定外もいいところだったから、あの方の保護下にならなかったらどなたか、別の方のもとで傷を癒すことになったとは思うけれど。


 誤って命の蝋燭を消してしまったのは誰もが知る所になってしまったのだから、同じ部署にも同じ地位にもいられない。空白となってほどなく、その位を埋めるために試験を開催する運びとなった。

 もちろん、あの方の補佐につけるというのは、魅力的なものだ。試験を開催するのだって久しぶりで、受けたこともない者が大半だったので、どんな内容の試験なのかも分からない。競争率だって高いのは理解していたが、それでも挑戦したいと思えたのは。


「あんな笑顔を、見せたことはなかったはずなのですがね」


 転生者をあの空間に連れて行ったとき、真っ白だった空間の変化にも驚いたが、何よりも驚いたのがあの方が笑っていたのを見た時。彼女の隣で、明らかに気安く接しているのだと分からせる言葉遣いに、態度。


 あの方は、変わった。春那(はるな)さんが変えた。


 ここでの変化は乏しい。それもそうだ。自分の生が何度巡ったのかなど数えるのを止めるくらいに長く過ごしていたら、刺激になるようなものだってほとんどない。

 そんななかで劇的とも言える変化をもたらした彼女に、接してみたいと思ったし、その機会を逃したくないと思える自分の気持ちも、また変化なのだろう。


「私も、変わったのでしょうね」


 だけど、その変化は悪くない。次の転生者を連れていく時には、いったいどんな料理を見せてくれるのだろうかと、自分に生まれてくる新しい気持ち。

 これを味わえただけで、あの試験を勝ち残ってよかったと思える。


「ああ、まだ近くにいたね」

「……何か御用でしたでしょうか」


 何となく、自室に真っすぐ戻る気にならず、かといってあの心地良いと感じる空間にこのささくれ立った気分のまま向かいたくもなく。

 目的もないままにふらついていたら、後ろからかけられた声は、最近よく馴染んだもの。


「……あの子の傷もだいぶ癒えてきたからね。これからの事を話しておこうかと思って」

「畏まりました。では、場所を移動しましょうか」


 ここでは誰が話を聞いているのか分からないから、あの方は彼女の名前を出すことはない。かといってあそこに戻ったら彼女がいる。私達が話していると分かれば、きっと奥の部屋に入って出てはこないだろうけど、それでも何かの拍子に話が漏れ聞こえてしまわないとも限らない。

 だからこそ、この方はわざわざ私の事を探して出て来たのだろうけれど。


「私の頂いている部屋が近くになりますので、そちらでも?」

「ああ、構わないよ」


 位の違うこの方を、部屋に招き入れるのは若干の抵抗があるけれど、あいにくと近くに私が自由に使える空間はそこしかない。


「さて、それじゃ今後の事だけど」


 あの方が、そう話し始めたことで、私にはまたひとつ変化があるのだ、と知ることになった。



もう少し続きますが、物語は終盤になります。どうぞ最後までお付き合いください。


お読みいただきありがとうございます!

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