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みんなで、しゃぶしゃぶ

「それじゃあ、ここからは好きにやりましょうね」


 みんなでテーブルに座って、それぞれの前には自分で好きなものを用意した小皿が置いてある。

 テーブルの中央でくつくつ煮えているのは、お鍋。中にはだし汁を入れてあるし、具材もたくさん準備した。だけど、それが終わってしまえばあとは個人で自由に楽しめるし後片付けだってわりと楽。


「では、しゃぶしゃぶ開始です!」


 どうして、一緒にお鍋をつつくことになったのか、は……本人がそう望んだからだとしか言えないけれど。



 *



春那(はるな)、こんなに同じお皿が必要?」

「あー、そっか。あんまり使う機会ないもんねえ」


 食材の保管庫は定期的に掃除をしているけれど、そういえば食器とかを入れているところはここしばらく掃除していないなあ、と思ったので。

 やる気が無くならないうちにと腰を上げたのが起きてすぐ。そうしたら最初の頃に自分の家にあったのを参考にして用意した食器類のうち、あんまり使うことのなかったものが出てきた。

 今神様が手に取って首を傾げているのは、そのうちのひとつ。お鍋セット、と称して置いてあった小鉢とれんげ、タレを入れるのに使っていたちょっと深めの間仕切り皿。穴あきお玉はとっくに活躍しているから、ここにはない。


「せっかく出て来たし、今度お鍋しようか」


 ついでに使い方も見せようかと思っての提案だったのに、神様はあたしの言葉を聞いたとたんにギョッとした顔をした。


「お鍋って、鍋を食べるんじゃないよね?」

「いやいや、神様何言って……」

「春那?」

「そうだよね、お鍋って言ったらまあそっちを思い浮かべるよね」


 知識はある人だから、勝手に伝わるだろうと思っていたけれども、神様は見たことがない物だとその知識と結びつかない事がある。それは、初めの頃に会話をしていてなんだか食い違っているな、という小さな違和感から分かった事だったんだけど、最近はほとんどなかったから思い当たるのに時間がかかってしまった。


「食材をね、お鍋で煮たのを自分で取って食べる料理なんだよ。さすがに鍋そのものは食べられないかな」

「そう、だよね。ちょっと安心した」


 神様、わりと本気でドキッとしたんじゃないだろうか。口ではちょっとなんて言っているけれど、ふーっと思ったよりも長く息を吐いているし。


「近いうちに作るよ。そしたら、どんなものか分かるでしょう?」

「ああ、それは楽しみだ」


 そんなことを話しながら食器の整理を終わらせて、こたつでアイスを食べていた時に神様は打ち合わせがあるから、と出ていった。いつも思うけれど、時計もないのにどうやって担当さんとの打ち合わせのタイミングとか合わせているんだろう。

 帰ってきたら聞いてみようか、なんて考えながらあたしもアイスを口に運んだ。


「春那、さっき言っていたお鍋ってやつは大人数で食べるものなのかい?」

「んー、人数の調整はしやすいし、あたしはおばあちゃんと二人が多かったけど」


 お鍋の活躍する季節は冬、母親の仕事は季節関係なく忙しいけれど、特に冬は年末のご挨拶、とかでお得意様を回ることが多かったからそのまま食事、なんてことがほとんどで。

 滅多にいなかったけれど、記憶の中でも数えるくらいしかない一緒にお鍋を囲んだ時には、とても嬉しそうな顔をしてあたしを見ていたことは覚えている。


「それがどうしたの?」

「料理の希望が、みんなで一緒に食べられる物、だそうだ」

「みんなって、神様とか担当さん含め?」


 聞いたことのないリクエストだなあとか、そんなのもありなんだとか思う事はあったけれど、一番はそれ。聞いてみたら、神様は少しだけ面倒くさそうな顔をしてから頷いた。

 担当さんが、担当についてからは取り繕わなくなってきたけれど、あたし以外の誰かと食卓を共にするときの神様って何と言うか、見た目から抱くイメージそのままの食事姿、なんだよね。丁寧で上品な感じの。別に普段が雑だって訳じゃないんだけど。

 ただ、あたしと一緒の時とは違う所作に、自分には気を許してくれているんだなんて嬉しくなったりもした。

 食事は楽しむもの、なんて初めにあたしが言ったからか、今も神様は料理を作っている時からずっと楽しそうだから。それを気を遣わなくてはいけなくなるんだから、気持ちは分からないでもない。だけど、それがリクエストならば叶えない訳にもいかないってところだろうか。

 無茶ぶりをされているわけでもない、ただただ一緒に食卓を囲みたい、というささやかな願いごと。

 こんなにタイミング良くリクエストが来る機会なんてないだろうし、近いうちと言いながらも思っていた以上に早かった機会を逃す手はない。


「それなら、これ使ってお鍋しよう!」



 *


 そんな感じで、あたしの提案は無事に転生者にも受け入れられたので本日しゃぶしゃぶの会をすることになった。

 あたしは直接聞いていないけれど、どうやら今回の転生者、誰かと一緒に食事をするってことがほとんどなかったらしい。詳しい事情は聞いていないけれど、日にほとんど当たっていないんじゃないかと思うくらいに白い肌、ショートカットの黒髪、女の子だって事を差し引いても細い手足から推測できる部分はある。


「しゃぶしゃぶ……」

「自分の好きな具材を好きな火加減で食べてくださいね」


 こんな感じ、とあたしがまず箸をつけたのはちょっと厚めに切ったぶり。生でも食べられるから、三回くらい左右に振ったくらいで自分の小鉢に上げる。昆布でだしを取ってあるから、まずはタレをつけずにそのまま。


「え、ちょっとそんな皆に見られると照れるんですけど」

「ああ、すいません。私も初めて見たので」

「ねえ春那のおススメはどれ?」


 女の子と担当さんはたぶん、どう食べるかを見ていたんだろうけれど、一度説明して準備も一緒にした神様は、どれを食べようかを見ていたんだろう。だけど、決めきれないからあたしのおススメを聞いてきた、という様子。だけど、たぶん女の子がどれを食べていいか悩まなくてもいいようにあえて聞いて来たんじゃないかなあとも思う。神様の優しさは時々、分かりづらい。


「どれも美味しいと思うけど、最初はさっぱりしたいんだったら魚かな?」

「なるほど。では私は魚にします」

「わたしはお豆腐……」

「へえ、ならこっちを試してみようかな」


 担当さんはあたしと同じぶりを、女の子はお豆腐をれんげでそっとだしに入れた。神様はおススメと聞いてきたのに丸っと無視して豚肉を取っていた。

 どう楽しんでもいいのがしゃぶしゃぶの良いところだと思うから、自分の食べたい物を好きに調理してくれたらいい。意外な組み合わせだって見つけられるだろうから。


「肉で野菜を巻くのか」

「そう、固めの野菜は先にお鍋に入れてからね」

「これ、ふわふわでこりこりしてて美味しいです」

「つくね、ちゃんとに丸く出来てるじゃないですか。上手ですねー!」


 次はどれを食べようか、なんて楽しそうにきょろきょろしている視線とばっちり合ってしまったので、にっこり笑ってみた。すぐに視線を逸らされたけれど、それは嫌な感じではなくて、自分の楽しんでいる姿を見られて少し恥ずかしいという雰囲気だったので全然気にならない。

 それよりも、もっと食べて欲しいとばかりにあれこれ食材を勧めてしまった。

 きのこは葉っぱで巻いて食べると逃げないし、ピーラーで薄く切った大根と人参でもいい。春雨とお餅は気を抜くと溶けてお鍋の中からいなくなっているけれど、そのタイミングさえ逃さなければ、だしを吸ってとても美味しく出来上がる。

 お肉だって野菜と一緒に食べればどれだけでも食べられるような気がしてくるのだから不思議だ。


 なによりも、あれが美味しいというきっかけから始まる会話が、箸を進める手を加速させる。だって、美味しかったなんて聞いたら自分だって食べてみたくなるじゃない。

 女の子も、自分が食べておいしかったものは教えてくれるし、担当さんがその一言一言に微笑んで次に試していくのだから、勧めた側だって嬉しいだろう。


 肉に魚、野菜と一通りみんなが試していったところで好きなものが分かり始めるのも面白い。まあ、神様は最初に味見である程度食べているし、普段の食事でも好きなものが何となく分かっているからああいつも通りだなあなんて感想しか持たないけど。

 担当さんは肉より魚、女の子は肉も魚も野菜も、と満遍なく取っているけれど、レタスは特にお気に入りみたいだ。


「さて皆さん、まだお腹に余裕はありますか?」


 たくさんの食材を煮た、ということはだしにはその旨味がたっぷりと残されている。これを使わないなんて、と用意したのは中華麺。雑炊も考えたんだけど、女の子は割と早い段階でお腹が満たされていたみたいだったから、こっちの方がするりと入るんじゃないかなんて思って用意してもらった。まあ、お米はあるから後で雑炊を作ってもいいんだけど。


「はい、食べられる分だけ取ってくださいねー」


 煮えた中華麺にネギとごまを振りかけてから、そっとごま油を垂らす。これだけでお腹いっぱいなはずなのに、小鉢分くらいなら食べられそうな気がするんだから、香りの誘惑ってすごい。


「お腹いっぱいだと思ったのに、食べられるんですね」

「でしょう? 美味しかったですか?」

「はい! とっても!」


 残っただしもきれいに飲み干してくれた女の子は、白い肌を赤く染めた笑顔を見せてくれた。ぎゅっと、まるで宝物のように小鉢を手で包み込んで。


がっつり大根おろしてみぞれにするのも好きです。お餅と春雨はよく消失させてしまいます。だけど、入れるのを止められない。


お読みいただきありがとうございます。

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