おかずに果物、ありかなしか
「へえ、なかなかおしゃれじゃないの」
入ってきてくるりと視線を一周させてから一言、告げられた感想に頭を下げれば訝し気な視線が向けられた。
「素直に褒めてるのよ」
「素直に受け取ってますって」
あらそう、と気を悪くした様子も見せずに、目の前の男性は自分の興味の向いたまま歩き回っている。そっと棚の上に指を滑らせているのは、掃除が行き届いているかどうかを確かめているのだろうか。来る前にちゃんとに掃除したけれど、その様子にドキドキしてしまう。
スーツを着ているけれど、シャツの首元は緩められていて、ジャケットのボタンは留められていない。ズボンは細身、履いている革靴の先は少しだけ尖っている。
茶色く染めた髪は、肩に届くくらい。結わずに遊ばせているので、彼が歩き回るたびにふわっと揺れる。長めの前髪から覗くタレ目は、髪よりも暗いけれど茶色に近い。
口を開けば飛び出すのは、柔らかい口調の言葉。なのにそれはしっくりくるほどに似合っている。
「お酒は、未成年だったので出せないんですけど……」
「いいわよう、別に大好きってほどでもないもの」
一通り見て満足したのか、カウンターの椅子を引いて腰掛けたのであたしも隣に座る。なんだか手元が寂しそうだったからレモネードを出したけれど、こう、アルコールが入っているように見えてきてしまうのは前の職業を聞いたからだろうか。
申し訳ないと思って一言添えたんだけど、ひらひらと軽く手を振るだけで応えられた。
「え、だって職業だったんじゃ?」
「ノリと流れでやってただけよ。まあ、居心地は良かったけどね」
話し口はとても柔らかいし、何を言っても受け止めてくれるような感じはあるから、向いていたんじゃないかなとは思う。本人はノリと流れ、なんて言っているけれど、表情はとても優しいしタレ目は細められている。
居心地が良かったのなら、男性が周りからその口調なんかをからかわれるような事もなかったんだろう。それを、きっと本人も分かっていたはずだ。
「さ、それじゃあご飯ご馳走になろうかしら。何を作ってくれるの?」
「食べたい物でいいんですよ?」
「それねえ、聞いていたんだけど特にこれって思いつかなくて」
顎を手に乗せながら、細い指で自分の頬をトントンと叩きながら悩む姿は、とても絵になっているけれど、神様と担当さんは全く気にすることなく奥のテーブルで寛いでいる。
美を競ったら間違いなく頂点に君臨するであろうあの人たちと比べたらいけないんだった、と目の前でうーんと悩ましい声を上げている男性に視線を向ける。
神様とかとは違って、男性は親しみやすい空気を持っているから、どっちも素敵だとは思う。
「あ、一つあったわ」
「何ですか?」
「果物入りのおかず」
ひとつ、と言われたからてっきり料理の名前を言われるのかと思ったのに、考えていたのとは全然違うことを言われたので、きょとんとしてしまう。
それを見た男性が、少しだけ苦笑いをしてから言葉を続けてくれた。
「ほら、アタシこんなでしょ。だから何だかねえ、気になっちゃって」
作ろうとしても美味しく出来る自信はなかったし、あんまり料理の腕もないから作ったところで食べきれないかもと思ったから、自分から手を伸ばす気にならなかったそうだ。コンビニでは、あんまり果物が入ったおかずは売っていないし。
「好みが分かれるのって、料理でも人でも一緒なのよ」
「ああ、これは確かに好み分かれますね」
「あんたはどうなのよ?」
「あたしですか? ええ、ありだと思いますよ」
食べず嫌いはなかったから、今あたしがあんまり得意じゃないものは全部、一度は食べたことがある。もちろん、果物をいれて作ったおかずだって何回も食卓に上がったことがある。
それに、ものによっては果物を入れた方が美味しかったりしたからあたしは果物が入っているおかず、好きな物もある。
自分の事をこんなと称しているくらいだから、おかずに入っていて好みの分かれる果物のことを、男性の姿で女性の口調を使っている自分みたいに受け入れられる人が限られている、とでも思っているんじゃないだろうか。
「食べて美味しいと思ったの、用意しますから!」
「そ。期待して待ってるわ」
あたしの考えたことが合っているのだとしたら、好みは分かれるかもしれないけれど、絶対に好きだって思ってもらえる味があるんだと知ってもらいたい。
期待してなんて言いながらも、本当にそうとは思っていなさそうな顔をしているので、絶対に美味しいと言わせたいと思って、ぐっと気合を入れた。
「定番としては、ポテトサラダにりんご、酢豚にパイナップル、お肉にベリーソース、とかかなあ」
「へえ、しょっぱいのに甘いのか……」
「あとね、柿の白和えとか」
「うん、もう分からなくなった」
あたしがキッチンに入ったのを見ていたのか、すぐにエプロンを着けて隣に立っていた神様に、あれこれと料理名をあげていったけれど、味の想像がつかないみたいだ。
しょっぱいのに甘いもの、というか少しの酸味があるならまだ分かるみたいだけど。
「そうだよね。せっかく作るんだから、食べてみてから決めたらいいんじゃない?」
「で、だ。春那、白和えってなんだい?」
「そこからかー。そしたら、先に作ろうか」
まさかの白和えからだったのか。確かにここに来てから作ってはいないから、神様が知っていたとしても現物と知識は結びついていなかったんだろう。
「まずは、お豆腐をペーパーで包んでくれる?」
「こんな感じ?」
「そうそう。それをレンジで一分くらいチンして、水切りするの」
ペーパーで豆腐を優しく包んでくれた神様が、レンジの中を面白そうに見ている。
「初めから水のない物を作ればいいのに。面白いよね」
「乾燥させたのだったら高野豆腐があるけどね」
「へえ」
興味を持ってくれたみたいだし、今度は高野豆腐を煮てもいいかもしれない。考えたらあたしも食べたくなってきた。煮汁が口の中でじゅわっと染み出してくるの、美味しいんだよね。戻した高野豆腐はお肉のような食感になると聞いて、一時期唐揚げの代わりにならないかなと試したこともあったっけ。美味しかったけど、なんかこれじゃないよね、ってなってすぐにやめてしまったけれど。
「それじゃあ、神様。その豆腐を混ぜて。熱いから、火傷しないように気をつけてね」
ミトンを着けていたから、そのまま外さないように伝えておく。混ぜる時に豆腐がうっかり跳ねると熱いし、それで手元に余計な力が入っちゃうとボウルごと転がしちゃった、なんて事にもなりかねない。最近のかなり手慣れてきた神様だったらそうはならないだろうけど。
「お砂糖と、すりごま、それからお醤油を入れます。柿を入れた後はそこまでしっかり混ぜなくていいから、ふわっとね」
角切りにしておいた柿を、神様が混ぜているボウルにそっと入れる。それから言われたとおりにふわっと混ぜた神様が手を止めて、味見だと分かるくらいの量をそっと取った。
「あー、うん。悪くないかも」
「でしょ? それじゃ、他のも作ろうか。たくさんやることあるからね!」
さっき出した料理は作りたいし、お肉を柔らかくするために下味として果物を使ってもいい。意外と、果物を使ったおかずってたくさんあるんだなあと思ったのは、作った料理をカウンターにどんどんと並べていった時だ。
「あら、こんなに作ってくれたの?」
「その代わり、どれも少しずつですけどね。食べてみて美味しい物見つけましょ!」
はいどうぞ、と小皿とお箸を渡したら、男性はにやりと笑ってから受け取ってくれた。
カウンターに料理を並べたから、どこかの小料理屋さんのようになっているけれど、それも距離が近くなったような気がして楽しくなってきた。
男性はたくさんの人と話してきたからか話題が豊富だし、どの話もとても楽しそうに語ってくれる。あたしがあれこれと質問しても嫌な顔をすることもなかったし。
神様と担当さんも混ざって、どの料理に何の果物を使っているのか、なんて話しながら食べていたからか、それなりに用意できたと思っていたのにお皿はきれいになっていた。
神様に宣言した通りの料理は作ったうえで、かぼちゃサラダのレーズン入り、桃のカプレーゼ、梨と牛肉炒めも出してみた。男性はどれも一通り箸を伸ばしてくれたし、取った分は全部綺麗に食べてくれたから、そこまで口に合わないってものはなかったと思うんだけど。
「どれもまずくなかったけど、一番はこれかしら」
「白和えですか」
「なによ、意外って思ってる?」
「まあ……お肉系のほうが食いつきよかったもので」
そうなんだよね。特に柔らかく焼けたお肉とか、ひょいひょいっと食べていたから。白和えは割と早めに手を付けて、それから間にちょっとだけ摘まんでいたくらいだったから気に入ってもらえているとは思っていなかった。
「そりゃあこんな口調してたって体は男だもの。お腹に溜まるものの方が好きよ」
味付け、というよりも単純に食事量の問題だったのか。四人で食べたと言っても、たぶん量は一回に出す食事分くらいは余裕であったと思うんだけど。細身だからあんまり食べないのかと思ったけれど、これはあたしのミスだ。
誤ったけれど、それは別に大したことじゃないとケラケラ笑うだけで済まされた。
「だけどねえ、こう素朴な味付けでほっとしたものだったら、ずっと食べていられるかなって」
ちらちらっと何かを期待するかのように向けられてくる視線に、わざとらしく大きく息を吐いた後に、神様を連れてキッチンに戻った。
それから、二回お代わりをして白和えを存分に食べた男性は、それはもう満面の笑みを浮かべていた。
個人的にはありです、果物使ったおかず。柿はクリームチーズと挟んだものを食べてから美味しいと思えるようになりました。ただし、レーズン。君はまだ相性がよろしくない……
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