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小さな夏祭り

 ちりん、ちりんと涼しげな音が響く。あたしの手の中にあるのは、小さな風鈴。なんだか無性に懐かしくなって神様にお願いして呼び出してもらったものだ。


「どこに飾ろうかなあ」


 縁側に飾って、スイカをかじりながら音を楽しんでいたのは、小さい頃。畑からもいできたばかりのトマトやキュウリは氷水で冷やして、トウモロコシはお醤油を塗ってこんがりと焼く。それが何より楽しかったんだよね。懐かしいけれど、ちょっと切ない、そんな記憶を呼び起こす音。


春那(はるな)、そろそろ次の……それ、そんなに気に入った?」

「お帰りなさーい」

「はい、ただいま」


 風は自分たちで起こさないと吹かないこの空間だと、どこに飾ったところで自然に音が鳴ることはない。見ているだけでもきれいだけど、風鈴は音が鳴ってこそだ。だから飾る場所をどうしようかと悩んでいたんだけど、そうこうしているうちに担当さんとの打ち合わせに出ていった神様が帰って来た。

 苦笑いを浮かべているのは、出ていった時と同じようにあたしの手の中に風鈴があるからだろう。


「んー、もちろん気に入ってもいるんだけど、飾る場所に悩んでて」

「そうか、この紙を揺らして音が鳴るんだっけ」


 ぐるり、と空間を見渡してみる。あたしがこんなお店にしたかった、という希望を詰め込んだ内装では、風鈴はちょっと浮いてしまう。かといってこたつのある方に飾ったって音を楽しむことは出来ない。


「あ、それならここはどう?」


 神様が示した先に、まあ自分の部屋以外だったらそこしかないよなあ、と思ったので頷いておいた。



「へえ、風鈴ねえ。いい音じゃない」


 来客を告げるようにちりん、と軽やかな音が鳴る。

 扉には風鈴を飾れるような突起は何もなかったけれど、そこは神様。すっと指を動かしただけで小さなフックを作りだしてくれた。そこに風鈴を飾れば、ドアベル代わりに来客を教えてくれる。


「気に入ってもらえてよかったです。飾ったばかりなので」

「あら、そうなの?」


 担当さんに連れられてやって来たのは、ふわっと緩く巻いた茶髪を揺らす女性。あたしよりもちょっとだけ年上のその人は、風鈴の音を楽しむように目を細めた。


「何だか懐かしくなっちゃって。向こうの季節なんて分からないですけどね」

「風鈴が聞こえて来たら夏、それでいいじゃないの」


 カウンターに案内したけれど、入り口にある風鈴から目を離さない女性は、そう言うと少しだけ寂しそうに笑った。


「夏を思い出したついでに、ひとつお願いがあるんだけど」

「料理のご相談ですか?」

「まあ、そうなるのかも。ねえ、私達だけで夏祭り、やってみない?」


 さっきの寂しそうな笑顔から一転、きらきらと目を輝かせている様子は、お祭りを楽しみにしていた小さな自分の思い出と重なった。



「焼きそば、たこ焼き、りんご飴にベビーカステラ。あとはなんだったっけ?」

「え、そんなに作るの?」


 あれとこれと、と指折り料理の名前を挙げていくあたしに、目を丸くした神様が声を上げる。


「他にももう少し、ね。夏祭りって聞いたらテンション上がっちゃって」

「何か、特別なものなのかい?」

「まあ、夏の思い出にはなるよね。大体夜だし、花火も上がったりするし」


 夏休み、ラジオ体操に毎日通っていたのはスタンプを貯めてもらえるお菓子につられて。だけど、大人も子供も関係なく同じ時間に集まって同じことをする、というのは小さい時のあたしにはとても楽しかった。おかげでいろんな人に顔を覚えてもらえて、あれこれと世話を焼いてもらえたりしたことまで含めて、大切な思い出。

 そして、近所の神社で毎年やっていた夏祭りだって、忘れたくない。浴衣を着て、おばあちゃんに手を引かれながらいつもなら寝ている時間まで遊んでいても良かった、一日。最近では友人たちと回ることがほとんどだったけれど、屋台を冷かしたりしながら楽しんで、最後に夜の空に上がる花火を見るのが楽しかった。

 色気よりも食い気だよね、なんて友人たちには笑われたけれど。


「ふうん。また今度いろいろ教えてよ。楽しそうだ」

「もちろん! 神様にも、機会があったら見て欲しいくらいだよ」

「……それで、料理はどれから作るの?」

「あ、えっと……」


 お祭りの楽しかったことをあれこれ思い出していたけれど、今は懐かしさに浸っている場合じゃない。

 品数が多いのだから、手際よく進めていかないと。温かい方が美味しいものはあとにして、まずは冷めても大丈夫な物から作っていこう。


「チョコバナナとりんご飴作って、それからベビーカステラ」

「分かった」

「神様、あれあったよね? たこ焼き器」

「小さい穴がたくさん窪んでるやつ?」


 それ、用意してもらった時にも同じ事言っていなかったっけか。知らない人から見たら確かに何に使うのか分からない形はしていると思うけど。

 だけど、今日はたこ焼き器大活躍だ。ベビーカステラもたこ焼きも作れるし、生地が残ったら中にウインナーとかチーズを入れても美味しいし。


「あ、フランクフルトでもいいけど、アメリカンドッグにしようかな」


 ベビーカステラの生地はホットケーキミックスを混ぜるだけだから簡単だし、たくさん作れる。丸いなかにウインナー入れても手軽に食べられるけれど、夏祭り、だったら大きいのをがぶりとかじりつきたい気分になる。


「それじゃあ、神様準備はいい? 今日はたくさん手伝ってもらうからねー!」

「楽しそうだけど、ちゃんとに指示は出してよ春那?」


 それから、あたしも久しぶりにあっちもこっちも、と忙しなく動きながら屋台料理を用意していく。体を動かし続けて、手もずっと動いているのにどうしてか気持ちがずっと浮き足立っているのを止められない。それは、たぶん夏祭りが楽しかった記憶と、楽しんでもらいたいという気持ちが混ざっているから。

 神様もあたしの指示を待ちながらも、くるくるとベビーカステラを丸めていき、そこでコツを掴んだのかたこ焼きは具材がたくさん入っているにも関わらず、きれいな丸を作ってみせた。


 風鈴がきっかけの小さな夏祭りは、たくさんの料理と共に開始を迎えた。


「さて、これでいかがでしょうか」

「うわあ! すごいすごい!」


 カウンターでは入りきらないので、テーブルを二つ繋げて料理を並べていく。女性がわぁっとはしゃいだ声を上げても、それを咎める人は誰もいない。担当さんも、手伝っていた神様だってこの料理を前にして楽しそうに笑っているのだから。


「チョコバナナには、ナッツを砕いたものとたっぷりスプレーもかけて。りんご飴は大きいと食べきれないから姫りんごを使ってます」

「え、今のチョコバナナってこんなおしゃれなの?」

「あたしが食べたいように作ったら、こうなりました」


 カラフルなチョコでコーティングしてあったり、スプレー振りかけてあるのはよく見るけれど、たぶん屋台で出すのなら採算、というものだって考えている。それを丸っと無視できるのがここの強みだ。だからこそ、あたしが食べたいなと思うものを自由に作ることが出来るのだけど。


「ベビーカステラは砂糖まぶしてありますけど、たぶんそこまで甘くはないです。で、同じ記事を使ってアメリカンドッグ」

「うん、美味しい。手軽に摘まめるサイズなのが良いわ」


 最初の方に作ってもらった、少しだけ歪になったベビーカステラはすでにあたし達の味見となってなくなっている。まあ、それでちょっとだけ手が止まらなくなって余分に作ってもらう羽目になったんだけど、そこまでは説明しなくてもいいだろう。アメリカンドッグにたっぷりのケチャップをかけている時に声をかけるのはよろしくない。


「それから、たこ焼きと焼きそば。これはお祭りの鉄板ですよね」

「具材の少ない焼きそばでも、どうしてだか屋台で食べると美味しいのよね」

「今日は豪華にたくさん具材入れました! しょっぱい思いはさせません!」

「素敵!」


 そう、この場合のしょっぱいは塩辛さ、ではなくて気持ちの方だ。ソースの焼ける匂いに誘われてワクワクして買ったのに、具材と呼べるものは切れ端のお肉に紅ショウガ。あと食感のアクセントになるかな、くらいに細かく切られたキャベツ。

 全部がそうだとは言わないけれど、そういう焼きそばがあったことも事実。美味しく頂いたけれど、期待外れのような気持ちを抱いてしまったことは嘘ではない。


「さあ、思う存分めしあがれ!」


 屋台を巡るときと同じように、テーブルの前であれこれ悩みながら楽しそうに料理を手に取っていく女性を見て、担当さんもそっと肩をなで下ろしていた。

 そうして神様も担当さんも料理に手を伸ばし始め、たくさん用意したはずなのに気がつけばテーブルの上は見事に片付いていた。


「ああ、美味しかった! こんな料理出されたんじゃ、納得するしかないわよね」

「……というと?」


 担当さんの顔が一瞬にして強張った。あたしに事前に説明がなかった、という事はこれは女性から言い出さない限りあたしには伝えないつもりだった情報だろう。


「また来年、この夏祭りで会おうねって約束をね、したばかりだったの」


 それは、風鈴を見た時と同じような寂しそうな表情。あたしが風鈴を思い出したのは全くの偶然だったけれど、もしかしたら神様がそこの飾ればいいと言い出したのはこの話を知っていたからだろうか。

 直前に担当さんと打ち合わせをしていたのだから、知らないはずはない、と思うけど。


「だって、まさかすぐに事故に遭うなんて思わないじゃない」


 それは、夏祭りで酔っぱらった帰りの運転だったそうだ。そのことが、余計に女性を苦しめたのだろう。また来年、と楽しい約束をしたのに、仲間たちは夏に集ったとしても、自分の事を思い出してしまうから、と。


「だから、夏は嫌いになったの。だけど、風鈴はきれいな音だし、割と無茶を言ったつもりだったのにこんなに美味しい料理用意してくれるし」

「無茶、だったんですね」

「ごめんなさい。自分よりも若い子が、ここにいるのに」

「うん、大丈夫。気持ち、分かるもの」


 さらり、と髪を垂らして頭を下げた女性の事を、どうしても責める気にはならない。それは、どうやれば上手く出来るかなんて正解があるものでもないし、誰かから言われるままに出来るものでもない。自分で、納得しなければ進めないところだ。


「私の心残りは、なくなった。彼女が、なくしてくれた」

「ええ、我々も彼女には助けられていますよ」

「それなら、あなた。私の代わりに彼女の事、これからも助けてあげてよ」


 くるりと担当さんに向き合った女性は、料理を楽しんでいた時と同じような芯のある声をしていた。あたしからは背中しか見えないけれど、担当さんがぐっと表情を引き締めたから、たぶん女性も似たような顔つきをしているのだろう。

 隣で、そっと肩を触れてきた神様に、大丈夫だと伝えるように一度だけ頷いた。


「もちろん、そのつもりです」

「そう。それならいいわ」


 それじゃあね、なんて気安い友人との別れのような言葉を残して、女性は旅立って行った。

 扉が閉まるときに響いた風鈴の音は、どこか優しく耳に残っている。





某アイスショップの夏メニューを食べて、しばらく夏祭りにはいけてないなあとしんみりしました。

りんご飴は必ず買います。でっかい袋に入った綿菓子も好き。


お読みいただきありがとうございます。

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