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番外編 真夜中のパフェ

神様視点。

「えっと、これはどういう事でしょうか」


 戸惑ったような声を聞いて、ああそうか、とうっすら思った。自分の元についたのは割と最近だったし、ここしばらくはこれもやっていなかったな、と。


「どういうって、見て分からない?」

「パフェを作るんですよ? 自分好みの」


 だからといって馬鹿正直に全部を告げても面白くない。というか、あの試験で直属の座を勝ち取ったというのに、そこまで察しが悪いとも思わない。

 春那(はるな)がグラスを掲げて見せたので、パフェがどういうものか分からずともあれに詰めていくもの、だとは理解できただろう。

 そこまで伝わればもう十分。話があるというからここに呼んだけれど、今はこっちが優先だ。


「そうそう。あ、春那そこのバナナ取ってくれる?」

「はーい! チョコソースは?」

「もちろん、必要だ。分かってるだろ?」

「……随分慣れていらっしゃる」

「「だって定期的にやってるし」」


 意図せず、春那と二人で重なった声に、にいっと口元が上がる。眼鏡の奥の瞳が引きつっているような顔は珍しいと思ったが、さらに気分が高揚するだけだ。

 ああ、こいつも春那と接するようになってから変わったのだ、と。


「神様がこの時間って指定したんでしょ? 担当さんも食べますか?」

「ええ、せっかくのお招きですのでご相伴に預かりましょう」


 俺が目元と見ているのが分かったからか、すっと眼鏡を直すようにして表情を隠す。別にさっきの顔を誰かに言いふらすような事はしないつもりだが。

 春那があれこれと説明しているのを聞き流しながら、自分の手にあるグラスをくるりくるりと遊ばせる。

 底に砕いたコーンフレーク、それからチョコソースと生クリーム、アイスとバナナを詰めてさらに上からソースをかけてある。

 そんなに大きくもないグラスだから、これだけでほぼいっぱいになっているんだけど、どうにもなにか物足りないような気がしてしまうのは、目の前に広がる食材の多さからだろうか。


「ふふふ、この為にたくさん準備したんですよ。どれでも好きなものを好きなように詰めてください!」


 はい、と手渡されたグラスとテーブルを埋め尽くすように並べられた食材を交互に見ながらも、あいつの顔に広がっているのは、まぎれもなく歓喜の表情。

 試験前に俺を使いにしてまで春那のお菓子を求めていたのだから、この提案に気分が乗らない訳がない。


「春那、この上に乗せるんだったら何が良いと思う?」

「わー、やっぱり神様が作るときれい。断面じゃないから、断層萌え?」

「……意味が分からないんだけど」

「だってこの狂いもなく整った層! バナナが入ってるのに崩れることなくきれいにまとめてあってすごいんだもん!」


 手元からグラスを預かるときに、やけに慎重に受け取るなとは思ったけれど、まさかそんな事を考えていたとは。しばらくじっくりと見て、春那の言う断層萌え、とやらを堪能した後にグラスは戻って来た。


「重ねるとしたら、これかなあ」

「ああ、それでアイスを掬っても美味しいな」

「よかったー!」


 一番上のアイスにそっと添えるようにしたビスケットはちょっと固めに焼いてあるもので、アイスと一緒に食べても味の喧嘩をするようなものでもない。

 春那は自分の提案が受け入れてもらえたことに安心したのか、ホッとしたような笑みを見せている。

 何を言われようとも、今日に限っては春那の提案をなしにすることなんてしないけれど。本人には伝えていないから分かりようもないか。

 一瞬だけ、背中にチリッとしたものを感じたが、それは黙殺する。ここで反応してしまえば、春那にいらぬ心配をかけるだけだ。


「あたしは何にしようかなー。苺ジャム、美味しく出来たし使いたいんだよね」

「それなら、ヨーグルトと生クリームを合わせるのはどう?」

「あ、それいい! あとはスポンジカットしたのを入れてっと」


 楽しそうに春那が層を重ねている間に、あいつも自分の分は作り終えたみたいだ。初めてだから買っても分からないだろうに、手元のグラスはまあそれなりに見栄えが整ったものだった。


「紅茶もコーヒーもおかわり自由ですよ! それでは、いただきます!」


 両手で包み込めるくらいの小さいグラス、いくら中身を詰め込んだとはいえすぐに食べ終えてしまう。だけど、ここは店ではないし、テーブルにはまだまだ食材は残っている。


「担当さん、パフェもおかわり自由ですよ」

「あ、ありがとうございます」


 食べ終えたグラスをしょんぼりした顔で見ていたからか、春那がそっと囁いている。ハッとしたように顔を上げてから、ほんのり頬を染めて席を立って行った。


「もう、神様教えてなかったの?」

「いやあ、春那が紅茶もコーヒーも、って言ったから分かるかなって」

「そんな細かいとこまで聞いてないでしょ。目の前のパフェに釘付けだったじゃない」


 隠しているようでも、甘い物が好きだと前情報のある春那にはお見通しだったようだ。あいつの様子を見て、面白そうにカラカラと笑っている。

 それから、しばらくは自分で好きなように盛り付けたパフェを食べながらとりとめのない話をしていく。だいたい話し手は春那で、俺は基本的に頷くだけ。時々、面白そうなところには突っ込んでいくけれど、それだって春那の言葉を深く引き出すためのもの。



「ほら、もう眠いんだったら片づけはやっておくから」

「うー、今日こそ片づけまで……」


 そんな事をしていたら、だいたい深夜を回ったくらいのタイミングで春那の目がとろんとし始める。これも、いつもと一緒。あらかた食材も片付いているし、使ったグラスは都度シンクに持って行って水を浸してあるから、実際に片づけはそこまで時間も手間もかかることではないけれど。


「そんなしょぼしょぼした目で触られる方が怖いって。はい、自室戻ってー」


 はい、とうろうろ彷徨わせている手を取って、春那が自室と区切った方へと誘導していく。本人はそのつもりはないんだろうけれど、こうして手を取ると驚くほど素直に案内されてくれる。


「おやすみ、いい夢を」


 一応、自室になっているから案内するのは区切りとしているドアの前まで。だけど、春那がこのままふらっとベッドに歩いて行って、吸い込まれるように眠りにつくことを、俺は知っている。

 さて洗い物、と思って戻るとさっきまでの表情から一転させて、厳しい目つきをしたあいつが待っていた。


「これが春那なりの息抜きなんだよ」


 別に全部を答える必要はないだろうけれど、これからも春那との付き合いは続くのだからそれなりの情報は共有しておいた方がいいだろう。

 たぶん、今日話したかったのも春那関連の事だろうから。


「夜中に甘い物を食べる誘惑、なんて言ってたけど」

「……あなたは、今までそうやって彼女を守っていたのですね」

「どうかな」


 ここに来て、それなりの時間が経っている。料理を作ったり食べたりすることで傷は癒えてきているけれど、本来残っていた時間の分まで足りているかと聞かれれば、それはまだだ。

 だからこそ、春那は未だに自分の未来が潰えた時の事を夢に見るし、考えに囚われたりもする。

 たまに、自分の中で消化できなくなって吐き出すような声を聞くくらいなら、とこうして定期的に息抜きと称して心の底にある願望をさらけ出させるような事をするくらいしか、出来ることはない。

 キッチンに使った食器をまとめて持って行って、洗い物をする。この程度であんな、血を吐くように告げられる言葉を聞かなくて済むのだったらいくらでもやってやる。


「お時間を頂きたかったのは、その事について報告書を上げないと行けなかったからなのですが」


 空っぽになったグラスを手から奪って、布巾できれいに水滴を拭っていく。初めて隣に立ったのに、その姿はどうしてかすごく手慣れているように見えた。


「そのようなお考えだったのなら、私からいう事は何もありません。ですが」

「ですが?」

「次回も、どうかお呼びください」


 にやり、と春那には見せない自分勝手な一面を少しだけ見せた笑みに、こちらもついついからかいたくなってしまう。


「いいだろう、次回は辛いもので責めるように進言しておこうか」

「!!」


 俺は、俺たちは変わった。この刺激もないもない空間でそれを為したのは、たった一人の少女。



食べてすぐに寝るからカロリーと思いながらも、夜の甘い物、ポテチもなかなか誘惑に勝てず……


お読みいただきありがとうございます。

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