ピーマンの肉詰めと苦手な物
「お願いします! ピーマンを食べられるようにしてください!」
「え、ええ……」
「……想定外のところがきたなあ……」
あたしの目の前には、頭を下げる男の子の姿。後ろにいた担当さんは慌てたように眼鏡を押さえているし、隣の神様に視線を向ければ、いつもはちょっと気だるげに細められている瞳を見開いている。この二人にとっても、今の発言は思ってもいなかったものだったのだろう。
混乱する頭を整理するために、今までの流れを思い出すことにした。
*
「春那、次の仕事の相談だけど」
「はーい、何でしょ?」
いつものように、こたつでアイスを楽しみながら告げられた、仕事の話。今日はあたしも甘い物が食べたい気分だったので、カップのバニラアイスにチョコソースを追加している。神様がチラチラと視線を送って来るけれど、前にあるのはいつもの大福アイス。それにかけたら食べづらくなると分かっているから手を伸ばさないんだろうけど、そんな視線で見てくるくらいだったらちょっとだけでもかければいいのに。
「どうも、食べることに関してはあまり積極的ではないみたいなんだよね」
「え、それならここに来ない方がいいんじゃないの?」
大福の皮とアイスの間にチョコソースを垂らし、いつもよりも慎重に運んでいた神様の口元には、少しだけソースが残っているけれど、指摘することはしない。さっきよりも多めにチョコソースを垂らしているから間違いなくまた口元にソースが残るだろうし。
そんな事をしながら言われたのは、そもそもここに連れてきてもらう意味があるのだろうか、という転生者の様子。
「そうなんだけど、順番ずらせないって言うから」
「ああ、それで担当さんとちょっと揉めてたんだ」
「別に食事だけが癒しになるわけじゃないから、無理してここに来なくてもいいとは言ったけどね」
この空間以外の事情に詳しくないあたしでも疑問に思う事を、神様が思わないはずはなかった。食べる、というのは何かを体の中に入れるという事で、それが一番回復には効果があると言うけれど、別にそれをしなければならない、という訳でもない。だから、ここに来て食事をしてなくてもどこかの世界に転生をしていく人だっているとは聞いている。
「だけど、何だか心残りになるというか転生してもそれがトゲになりそうだって不安視しているらしい。
それで、とりあえずここに連れて来てから考えようかって流れになったんだけど」
「そういうことなら、あたしは構わないけど」
チョコソースは美味しく食べたけれど、口の中をさっぱりさせたかったので、コーヒーを淹れて一口。うん、残った甘さも全部押し流してくれて、ほんのり残る苦味がちょうどいい。
「ただ、連れてきてもらっても料理、食べてもらえないかもしれないんだよね」
「それならそれで、しょうがないよ。あくまでも転生者の意志で食べてもらわないといけないんだから」
*
そう、そうやって二人で納得して担当さんに話を伝えてもらったから、この場に男の子はいるわけなんだけど。
「まさかの、蓋を開けてみたら嫌いな食べ物を克服させてほしい、なんて悩みだったなんて」
それが、ピーマンだったのは定番だと思えばいいのか。得意じゃない野菜はどれ、なんて質問したらたぶん上位に食い込むだろう緑のつやつやした野菜。あたしは畑で作ってたから好きだよ。さすがにまるかじりをするような野菜ではないけれど。
「まあ、あれじゃないの? カッコつけたいお年頃ってやつなんじゃない?」
「え、神様そういうの分かるの?」
「この間読んだ書物にそんな記載があったよ」
「へえ、神様もそういうの読むんだ」
こたつでアイスを食べながら、よくいろんなものを読んでいるなとは思ったんだけど、それは仕事に関する資料とかだと思っていた。
どうやら、それもあるけれどそれだけではなかったようで。
「そこにあれば何でも読むよ? 春那が書物を増やせないのは残念だよね」
「活字中毒者……」
一言一句違わずに覚えていたら、本という形で呼び出すことは出来るみたいなんだけど、あにくとあたしにそこまで読み込んだ本はない。
だけど、たまにおとぎ話とか、昔見たドラマのあらすじなんかを話すと楽しそうに聞いていたのはそんな理由もあったのかと納得する部分もあった。それなら、今度時間を見て覚えているお話を何か、形に残してもいいのかもしれない。時間はあるんだから、ゆっくり書き進めていけばいいだろう。
「ま、いいや。それじゃあピーマン料理作りましょ!」
「苦手だって言ってるのに、食べられるのかね」
「それを決めるのはあたし達じゃないよ」
担当さんと二人で向き合って、緊張したようにテーブルの下でこぶしを握っている男の子。ここに入って来た時から顔は強張っていたけれど、今もそれは変わっていない。さっきお水を渡しに行った時にはむしろ悪くなっていたような気もする。
「頑張っているみたいだし、助けになればいいよね」
あたしも頑張ってピーマン料理作るか、と気合を入れていたら呆れたようなため息が聞こえた。
「ま、それでこそ春那か。それじゃあ、何をすればいいの?」
「とりあえず、ピーマンをたくさん切ります。こうやって切るとあんまり苦くないって聞いたんだけど」
横じゃなくて、縦に切れば、ピーマンの細胞を壊すことが少なくなって苦みを抑えることが出来る、と何かで聞いた覚えがある。あたしは食べられる人だからあんまり気にしてなかったけど、苦手な人には少しでもそういう要素を省いていった方がいいだろう。
「切ったピーマンをレンジでチンして、ナムルにする分とおかかじゃこで混ぜる分で分けて」
「え、これだけでいいの?」
「そう。簡単でしょ?」
まあ、これはメインになるような料理ではない、小鉢用というか味見用というか。とにかく出来るものを用意してみよう、という気持ちで作ったものだ。
ナムルは鶏ガラとごま油で混ぜるだけだし、おかかとじゃこはそのまんま。ちょっとお醤油と砂糖で甘辛く味付けすればあんまりピーマンの味はしなくなると思う。
「冷ましている間に、肉詰めしようか」
「これもピーマンは縦?」
「そうだね。丸ごとお肉詰めてもいいんだけど、半分に切ろうか」
本当は丸のまま蒸すなり焼くなりした方が一番苦味が少ないらしいけど、苦手な人にとっては見たまんまピーマンがどん、とお皿にあるのも手を伸ばすのを躊躇うところのようだ。まあ、鮮やかな色をしてるしそこはどうしようもないんだけど、工夫は出来る。
「小麦粉、うっすら白くなるまで振ってくれる? お肉がはがれないようにするから」
「はいはーい」
ひき肉を混ぜながら、塩胡椒とケチャップで味付けをしていく。玉ねぎのみじん切りとかを入れてもいいし、お豆腐を入れるとふわふわになったりするけれど、今回はシンプルにお肉とピーマンだけ。なので、味付けはちょっと濃いかな、と思うくらい。
「お肉、ピーマンに詰めていってくれる?」
「これは思ったよりも楽しいね」
「あ、しっかり入れてもいいけど、あんまり力入れるとピーマン割れるからね」
ぎゅぎゅっと楽しそうに詰めていく神様の隣で、あたしもピーマンに手を伸ばす。これで食べられなかったらみじん切りにしたピーマンをひき肉に混ぜてハンバーグとかかな、とも思ったんだけど、たぶんあの男の子の感じはそうやって誤魔化して食べたところでピーマンを食べることが出来た、という気持ちにはならないだろう。そう感じたからこうやって見た目がっつり分かる料理しか作っていないんだし。見当違いだったら申し訳ないんだけどね。
「少しだけ、食べやすくなるようにっと」
「へえ、そういうのも出来るんだ?」
「最終的に美味しかったら問題ないと思っています!」
ひょっこりと手元を覗き込んだ神様がくすくす笑う。組み合わせ的には間違いないし、実際美味しかった。焼くときに少しだけ気をつけないといけないけどね。
「さて、じゃあ焼いていこうか」
「お皿、用意しておくね」
「お願いしまーす」
神様が詰めてくれた分と、あたしが詰めた分。それぞれをフライパンに乗せてしっかり焼いていく。お肉を下にして焼き目がついたらお水を入れて蒸し焼きに。あんまりいじるとお肉もはがれて残念な気持ちになるのでここは焦げないようにフライパンをゆする程度で我慢。
ピーマンがしんなりしてきたらひっくり返して少しだけピーマンにも焼き目をつける。
「おお、卵がきれいだね」
「でしょ? ちょっとは手を伸ばしやすくなるかなって」
「これなら大丈夫じゃない?」
あたしが肉を詰めたほう、ゆで卵の輪切りを飾ってあるのだ。お肉がこんもりと乗っているだけでも食欲をそそるだろうけれど、下にあるのは苦手としているピーマン。食べてもらえなければしょうがないので、どんな小さいことでもやるだけやってみようと思って作った分。神様は手元を覗いてきたときから楽しそうにしていたから、あとでこっちを味見してもらおう。
「お待たせしましたー! ピーマン、どうぞめしあがれ!」
「うわ、ピーマンだらけ……」
自分で言ったことだから、とそれ以上の言葉は飲み込んでいたが男の子はこれがご飯だと出されたらたぶん手を付けないんだろうな、と思うくらいには目が泳いでいる。
無理して食べてもらおうとは思わないけれど、克服したいという気持ちがあるのなら一通り手は伸びるだろう。
「い、いただきます……」
恐る恐る手を伸ばしたのは、肉詰め。他はほぼピーマンだから確かに一番とっつきやすそうなメニューだよね。確かめるように匂いをかぎ、ぎゅっと目を瞑ってから口に入れている。そうして、もぐもぐと動いていた口が、止まった。
「あ、ダメだった? それなら別の料理作るから――」
「うめえ! え、なんだこれ本当にピーマン!?」
もうひとつ、と慌てて取ってからまたもぐもぐして、それでも変わらない気持ちを伝えてくれるのは、ぱあっと弾けるように変わった表情。
おかかじゃこあえにも箸を伸ばし、食べてからご飯をパクリ。それからピーマン以外に何も入っていないのが分かるナムルも一口。
「ねえ、お姉さんこれピーマンだよね? 違う野菜使ってピーマンって言ってないよね?」
「それは間違いなくピーマンです。そっちはともかく、肉詰めはごまかせないでしょ?」
それは男の子も分かったようで、頷いてくれた。肉詰めは味も多少は誤魔化せるから、というのもあったけれど、見た目でピーマンだと分かるから用意したんだもん。別の物で代用しているのではないか、という疑問を潰すために。
「あー、まさか最後の最後で食べられるようになるとは思わなかった」
「役に立てて良かった。これからも、頑張ってね」
「うん! ありがとうお姉さん!」
来た時の緊張した顔なんて嘘のように明るい笑顔でお辞儀をしてくれた男の子は、無事に苦手を克服して異世界に旅立っていくようだ。
コーヒーとビールの苦さが得意ではなかったのですが、ある日突然大丈夫だと思えるようになりました。
これが大人の階段というものか、と少しだけワクワクしたのを覚えています。
あ、ピーマンは小さいころから好きでした(笑)
お読みいただきありがとうございます。