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巻き巻きロールキャベツ

「あ、春那(はるな)。クッキーのストックある?」

「この間作ったからまだ冷凍してあるけど、どうしたの?」


 クッキーある、じゃなくてストックがあるかどうかなんて、神様が聞いてきたことはない。おやつのアイスは、自分のお気に入りをすぐに呼び出しているし、それ以外のお菓子はだいたいあたしが用意するからなんだけど。


「あー、俺が食べるんじゃなくて、あいつに持って行ってやろうかと」

「あいつ……あ、担当さん?」

「そうそう。春那のお菓子が恋しくて仕方ないみたいだから」

「試験前にたくさん食べてただろうからねえ……」


 頑張れるように、と差し入れをしていたのは試験前まで。試験自体は無事に終わっているから、頼まれたお菓子の差し入れも一応、終了している。それだってある日突然、神様から試験が終わったようだからお菓子はもう必要ない、と言われただけ。神様も今回の試験については詳しいことは知らされてないらしく、いつやったのか、は知っていたけれど、結果がいつ出る、までは聞いていないそうだ。

 神様に持って行ってもらえなければ、あたしがあの担当さんに届ける手段はない。試験が終わったという話を聞いてから、担当さんがここに来ることも、神様からお菓子を頼まれることもなかったのに、どうして今更そんな事を言い出したのだろうか。


「ま、今度からは必要ならあいつから来るだろ。……まだ顔は合わせられないだろうからなあ」

「え、なんて?」

「んーん。こっちの都合で悪いけどって」


 にっこり、整っている自覚のある神様からの遠慮なく作られた笑顔に、それ以上言葉を続けることは出来ず。返事代わりにひとつ、深く息を吐いてから冷凍庫に向かう。


「ありがと、春那。帰ってきたら仕事の話しようか」

「りょーかーい」


 冷凍庫からクッキー生地を引っ張り出しながらの返事は間延びしていたけれど、神様は特に気にすることなく、幸せそうにアイスを頬張っていた。

 そうしていつもよりも少しだけ量を増やして渡したクッキーは無事に担当さんの手元に届き、あたしのところには仕事がやって来た。


「し、失礼します……」

「お待ちしてました。ようこ、そ……?」


 声がしたから空間の入り口に向かったのに、最初に目が合ったのは、担当さんだった。来たことがあるような気がするけれど、ここに来る担当さんも顔は整っているし、あんまり区別がつくような服ではないから、別人だと言い切るにはいまいち自信がない。あたしがはっきり認識しているのは、神様とお菓子を差し入れる担当さんだけだ。

 そのはっきり別人と認識していない担当さんの後ろに隠れているのが料理を必要としている人なんだろうけど、今までのようにここがどんなところか興味を持って見ている、というよりもどちらかといえば怯えているような様子で視線をぐるぐる彷徨わせている。


「ああ、彼女の様子はあまり気にせずに」

「そうですか」


 あたしと担当さんの会話も陰に隠れるようにして聞いているし、あんまり人と接するのが得意ではないのだろうか。そうだとしたら、料理のリクエストも聞くの難しんじゃないかな。

 どちらにしても、入り口で立ちっぱなしのままする話でもないので、担当さんと一緒に座れるようテーブルを案内して座ってもらう。


「料理のリクエスト、お決まりですか?」

「あの、私のためだけに作ってもらえるなんて、皆さんに申し訳ないです」


 お水を出しながら、他の人と同じようにリクエストを聞こうと声をかける。ところが、下げられた視線はそのまま、もっと深く頭を下げられた。思ってもいなかった行動に慌てたあたしの言葉を継いでくれたのは、神様。だけどちょっとだけ呆れたような感情がこもっていた。


「いいんだよ。ここはそういう場所で、彼女はその役割を担っている」

「だけど、他にも待っている人がいるのでしたらその、」

「説明、あったはずだけど? こっちで順番も管理してるって」

「それは……聞きました、けど」


 神様の若干苛立った空気を感じ取ったのか、隣に座った担当さんがこそこそっと女性に声をかけている。口調が崩れているだけではなく、神様の表情を真正面から受け止めた女性が、さっきよりも顔色を悪くしている。神様の隣に立って言葉を待っているあたしには、その表情は想像するしかないんだけど、きっと器用に目だけ笑っていないような顔をしているんだろうな、神様は。

 さっきまでの様子といい、きっとそんな状態ではうまい事言葉が出てこないだろうから、少しでも何か思い浮かぶように、答えやすいだろうことを、質問してみた。


「好きだった食べ物とか、ないんですか? あたし、それなりに作れますよ」

「最後に食べたものは、ロールキャベツでしたが……」


 顔を上げた時に少しだけ嬉しそうだった表情は、すぐになにかに思い当たったように曇ってしまう。最後に食べたから続けては食べたくない、って感じではなかったな。料理のリクエストを聞いているこの場で名前を出せるのだったら、好きなものの部類だと思ってもいいだろう。

 入って来た時の遠慮がちな態度といい、言葉の少なさといい、自分の意見とか主張をするのが得意じゃないタイプなんだろうなとは思っていた。だから、ロールキャベツが食べたいのだったらちょっと押してみようかな。


「ロールキャベツ、得意ですよ」

「そうでしたか。それならお願いします」


 明らかにほっとした様子で女性が頭を下げた。きっと、作るのに手間がかかるだろうから遠慮したんだろうな。

 神様がすっと立ち上がってキッチンに向かったので、あたしも女性に頭を下げてからそっちに向かう。女性の隣に座る担当さんが、申し訳なさそうな顔をしていたから、気にしないで欲しいと意味を込めて小さく頷いておいたけど、汲み取ってくれただろうか。


「さて、ロールキャベツね」

「得意って言うのは珍しいね?」

「……神様に隠し事してもしょうがないか。あれね、あの人があまりにもこっちに対して低姿勢、っていうのかな。びっくりするくらいだったじゃない?」

「適度な謙遜、というよりは卑屈に見えるかな」


 たぶんあたし達の会話は向こうのテーブルまで届かないとは思うけど、もしかしてがあってはいけないから言葉を濁したというのに。神様は見事にバッサリと切ってくれた。その正直な言葉に、あたしも苦笑いするしかない。


「あー……まあ、あまりにもあたしに申し訳ないって気持ちがあるように見えたからさ」


 ロールキャベツ、と口に出してからすぐ、表情が曇ったのはたぶん、そこだと思う。手間がかかる料理を言ってしまったことが申し訳ないと思う気持ちに繋がったんだろうとは想像がついたんだけど、本当かどうかは分からない。あの女性から言ってくれない限り、あたしのこの考えは全部、想像なのだから。


「得意だって言えば、リクエストしたことに引け目を感じないんじゃないかと思ったんだけど」

「そういうこと。で、実際は?」

「何回か作った事あるから、レシピは分かってるよ。ただ、得意かって言われると……」


 作ったことがあるというのなら余裕で頷けるんだけど、自分で得意だと胸を張れるくらいの出来が保証できるか、と聞かれたら首を傾げるしかない。


「キャベツで肉ダネを包むんだけど、力加減間違えて破いたりするんだよね」

「それなら、俺も手伝おうか。不慣れなのがキッチンに立っているの見ていた方が、納得するだろ」

「ありがとう。神様が不器用だとは思えないし、そう思わせたくもないけど。万が一の時はお願いします」


 下手したらあたしよりも上手に包める可能性はあるんだけど、ちょっと悔しいからそれは黙っておこう。

 エプロン着けてから、材料を準備する。キャベツは大きくても小さくてもいいけれど、柔らかめの葉っぱが良いんだよな。茹でてから煮るので、結果的には柔らかくなるけども。


「それじゃあ、春那。何からしたらいい?」

「えっとね、みじん切り」

「……玉ねぎ?」


 やる気十分な神様には申し訳ないんだけど、まずは玉ねぎからだ。ぶんぶん切れるとはいえ、玉ねぎのみじん切りはもはや神様の担当になっている部分があるので、にっこり笑って差し出した。あたしが玉ねぎに負けて涙を流すのは、神様だって分かっているので何も言わずに受け取って、皮を剥き始めた。

 手慣れた様子で玉ねぎのみじん切りを量産していく神様に感謝を伝え、あたしはキャベツを一枚一枚、丁寧に剥いていく。そうして、鮮やかな色に変わるくらいまで茹でてから、熱を逃がすようにバットに並べていった。


「もうすぐ終わるけど、次は?」

「それならこっち、混ぜてくれる?」


 こっち、と準備したのは大きめのボウル。ここにひき肉、パン粉、牛乳、卵、それから味付けの塩胡椒を入れて、みじん切りにした玉ねぎも一緒に粘りが出るまでよく混ぜていく。

 ここまでなら、ハンバーグと一緒だし神様にだって手伝ってもらったことが多いから、あんまり戸惑わずに作業は進んでいく。

 その間に、粗熱を取ったキャベツの芯を、葉っぱと平らになるように薄く削いでおく。この削いだ部分も細かく切って肉ダネに混ぜてしまえばいい。


「さて、それではこのお肉をキャベツで巻いていきます」

「これが春那の言う、力加減を間違えるだね」

「そうなの。キャベツは一度茹でてあるから、少し柔らかくなっています!」


 見本、になるかどうか分からないけれど神様の前に、肉ダネとキャベツを用意する。芯の方に手のひらサイズに丸めた肉ダネを乗せてくるりと巻く。横の葉っぱは折りたたむようにして巻き込んでいき、あとから崩れないようにしっかり強めに巻いていく。葉っぱを全部巻ききったら、型崩れを防止するために爪楊枝を刺しておけばいい。


「ああ、なるほど。あんまり強く引っ張ると葉っぱに穴が開くんだね」

「でもそのくらいならこうやって、もう一枚重ねちゃえば大丈夫」


 神様の選んだ葉っぱが比較的小さかったからか、芯に近いところが切れていた。それでも葉っぱは繋がっているし、包んでしまえば見えない部分だからあんまり気にしなくてもいいところではあるんだけど。

 切れたところに最初と同じくらいの大きさの葉っぱを重ねて、そこからまた巻き始めてもらう。一度破いたことで感覚を掴んだのか、神様はそれ以上穴を開けることも葉っぱを千切ることもなく、用意したキャベツを全部巻き終えた。

 あたしも、一応胸を張れる結果を出すことが出来た。


「それじゃあこれ、煮込んでいくけど」

「けど?」

「トマトとコンソメ、どっちが好きかなあ」


 好みを聞いたところできっと素直には答えてくれないだろうけど、この料理を食べて欲しいのは、あの女性なんだよな。あたしはどっちも好きなんだけど。


「コンソメで作っておいて、トマトが良いって言われたらケチャップ足したら?」

「神様ナイス! その方向で行こう」


 お鍋に水とコンソメを入れて、コトコト煮込めば完成だ。彩り用に型抜きした人参とかも一緒に煮込んでもいいし、肉ダネに人参もだけど、キノコとか入れても美味しい。

 今回はシンプルにしたし、また作る機会があったらもうちょっと手を加えてもいいかな。神様、キャベツ巻くの上手だったし。


「お待たせしました! ロールキャベツです」

「いえ、私のために作ってくれてるんですから」

「温かいうちに、めしあがれ」


 まだ何か言いたそうにしていた女性を遮るようにずいっとお盆を差し出した。申し訳ないような気もしたけれど、それくらい強引にしないとご飯を前になかなか手をつけなそうなんだもん。

 隣の担当さんにも同じものを出して、あたしはキッチンに引っ込む。

 神様と一緒に味見だといって、ロールキャベツを口に運んだ。


「うん、美味しく出来た」

「トマトじゃなくて良かったんじゃない? 肉がしっかりしてるし」

「そうかもね。神様のおかげだよ」


 キャベツはもちろん柔らかいけど、コンソメで煮込んだから味もしっかりしみ込んでいる。肉と一緒に噛むとじゅわっと美味しさがあふれ出るんだけど、優しい味でしつこくない。トマトでも酸味があるからそこまでくどい出来になるわけじゃないだろうけど、たぶん女性に必要なのはコンソメのどことなく、ホッとした味わいだ。


「あ、あの。ご馳走様でした。

 ……美味しかったです」

「ありがとうございます!」


 ようやく目が合った女性、栗色の髪と同じ色の瞳を細めて笑う顔は、聞いていた年齢よりも幼く見えるけれど、女性に似合っている。お皿は綺麗になっていたし、来た時にずっと下を見ていた視線は、出ていく時には少しだけ上を向いているように見えた。

この間、おでんに入っていてびっくりしましたが、意外と美味しかった。

自分で作ると中身をいろいろ工夫できるけど、キャベツに穴を開けるのが悩みの種。


お読みいただきありがとうございます。

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