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あっつあつのグラタン

「うん、今日も気持ちよく起きれた」


 学校に通っていた時よりもゆっくり起きて、のんびりと身支度を済ませる。最近、新しく習慣になったヘアピンをするりと撫でてから部屋を出る。


「おはよう、神様」

「おはよう春那(はるな)。ああ、今日も似合ってる」

「ありがとう!」


 伸ばしかけていて、俯いた時に少しだけ目にかかるように揺れていた前髪。それを耳の上でしっかりと留めてくれているヘアピンは、神様からプレゼントされたものだ。丁寧に磨かれた表面はつるりとした手触りで、なににも引っかかることはない。神様の着ている服を思わせるような白は、きらきらと輝いている。

 担当さんからもらった髪飾りをなかなか使っていないあたしを見かねて、普段にも使いやすそうなヘアピンを選んでくれる辺り、神様はあたしの事をよく分かっていると思う。あと、単純にあたしの髪の短さだと髪飾りよりヘアピンの方が使いやすい。


「試験も無事に終わったし、そろそろ仕事が回ってくると思うよ」

「それはいいけど、結果はどうだったの?」

「さあ? 俺はまだ何も聞いてないな」

「そっか」


 そもそも試験を受ける側ではない神様だから、試験がいつ行われていたとか、どんな内容で結果はいつ出るとか、詳しい話は知らないそうだ。あたしは気にはなっていたけれど、わざわざ神様に聞きに行ってもらうのも申し訳なかったし、きっと担当さんが顔を出してくれるからその時に聞けるのを待つしかないと思っている。


「試験だって本当に久しぶりにやったから。昔の書類を引っ張り出してたくらいだし」

「え、それ本当に神様何もしなくてよかったの?」

「いいの。むしろ、俺が出ていったらよろしくないから」

「それならいいけど」


 あたしがいたから神様が試験に関われないのだろうかとかちょっとだけ思ったけど、それを伝えたところできっと素直には答えてくれないだろう。これも担当さんが来てくれた時に確認することとして覚えておかないと。

 ほつれてもいない髪の毛を直すようにヘアピンに触れて、気持ちを切り替える。今は次の仕事の話だ。


「お仕事は、いつから再開する予定?」

「とりあえず春那の予定を聞いてからにしようかと思って。それで、どう?」

「え、いつでもいいのに。ありがとう」


 それからそんなに時間を空けずにここにやって来た、という事は試験で待たせていた人達がそれなりにいるってことだろうか。忙しくなりそうな気がしたけれど、料理を作っている時間は全然苦じゃないし、喜んで食べてくれる顔を見れるのはやっぱり嬉しいことだと実感した。



「お邪魔しまーす。わ、素敵な場所!」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると作った甲斐があります」


 最初だけは様子を伺うようにそろそろと、だったけど入ってからは目を輝かせてあちこちに視線を巡らせている。料理だけでなくて、こうやって内装を喜んでもらえるのも嬉しいことのひとつだ。


「ねえ、なんて呼んだらいいの? あ、わたしは結美(ゆみ)でいいよ」

「春那です。よろしくお願いしますね、結美さん」

「敬語もなしでよろしく! 同い年くらいでしょ?」

「……たぶん?」

「それじゃあ、普通に話してよー! こうやって話せるのなんて、もうあと何回もないんだから」


 にこっと人懐こい笑みを浮かべたと思ったら、次に聞こえてきたのは寂しそうな声。ここに料理を求めに来ているなら、もう次に転生する世界は決まっているしその時間も迫ってきているという事だ。

 担当さんはその人によって対応は違うけれど、どうやらおしゃべりな人は少ないらしい。ここに来て、神様と話している姿をよく見るからあんまり考えたことはなかった。


「分かったよ、結美。これでいいでしょ」


 それなら、あたしが料理以外にも出来ることは全部やっておくべきだ。限度はあるけれど、小さな悔いでも残さずに、旅立ってもらわないといけないらしいから。


「それで、食べたい物は決まってるの?」

「いろいろ考えたんだけどさ、グラタンが食べたいの」

「任せて!」


 にっこりと笑ってカウンターに座った結美に、あたしも笑顔を返す。そしていつものようにエプロンを身に付けている時にそっと隣にやって来た神様。何も言わなくても、エプロンをサッと着けて手伝う気満々だ。差し入れは作っていたけれど、最近は二人だけのご飯だったから神様の興味の向くままに手伝ってもらっていたから、少しはゆっくりしてもいいのに。ポツンとテーブルに座っている担当さんがいるんだから。


「それじゃあ神様、玉ねぎよろしく。薄切りね」

「こっちじゃないのか」


 まあ、やる気があるのだったらお任せしよう。玉ねぎはブンブンとみじん切りじゃなくて薄切りにしてもらいたいんだけど。少しだけ残念そうな顔をした神様にそっと包丁を差し出した。どれだけ対策をしたところで、結局涙が出てくるのだったら、切り方を覚えた神様に初めから任せてしまえばいいと思ったのは、割と最近。本人が楽しそうにしているから任せられるんだけどね。


「さて、と。あたしはマカロニを茹でておこうかな」


 グラタン、とだけで中身を指定されなかったから、作り慣れているし、あたしが好きなエビグラタンにしようと思う。口の中を火傷しそうなくらい熱々にして、それをふうふう息を吹きかけながら食べるのが好きなんだよね。


「切り終わったよ」

「わ、早い! 手慣れてきたね、神様」

「ここのところ、玉ねぎはずっと切っているからね」

「あはは、バレてたか……」


 涙が出てしまうのは知ってるから、こうは言っていても神様が本気でないことは分かっている。最初の頃が嘘のように、均等に薄く切れている玉ねぎを受け取って、フライパンの用意をする。


「バターが溶けて来たら玉ねぎとエビを入れて、っと」


 じゅわあとバターの香りが広がるだけで、くうと鳴りそうなお腹をそっと押さえる。これからもっと美味しくなるようにするんだから。

 良く炒めたところで一度火を止める。個人的にはちょっとだけエビに焦げ目がつくのが好きだから、そこが目安。小麦粉を茶こしで振りかけながら、全体をよく混ぜる。細かく入れた方が、この後にダマが出来にくい気がしているから茶こしを使っているけれど、別にそのまま入れてしまってもいいと思う。

 あたしは、なめらかな方が好みだし、自分の食べたい物の為だったら手間を惜しまない、言い換えるならば食欲に忠実、だということだ。せっかく作って食べるのだから、美味しい方がいいじゃないか。


「これ、どうするの」

「牛乳入れて、火にかけるよ。大丈夫だから」


 神様が、真っ白く染まった玉ねぎとエビを見て何とも言えない顔をしている。これから、どんな料理になっていくのかが想像つかないらしい。バターの香りがするのに、ここだけ見たら確かにあんまり美味しそうには見えないから笑って返す。

 弱火でゆっくりと牛乳を注ぎながら火を通していけば、だんだんともったりとしてくる。とろみのかかったソースが出来上がるので、茹でてあったマカロニを入れて、コンソメ、塩胡椒で味を調える。


「これ、オーブントースターで焼くんだけど」

「だけど?」

「チーズの量のお好みは?」


 好き嫌いというものが出て来た神様に、自分の好みを確かめるために、時々問いかけること。ちょっとしたトッピングとか、後から卵乗せるとかそんな簡単なことからだけど、神様が楽しそうだし、そうして食べたもので自分の好みを見つけていく姿を見るのも、最近のあたしの楽しみだ。

 そして、今日忘れてはいけないのは。


「結美ー? チーズどのくらいー?」

「たっぷり!」

「はいはーい」


 カウンターで料理を作る音と、匂いを楽しんでいた結美はすぐに答えをくれた。カウンターにいるからもちろんあたしが料理を作っている姿は見えているのに、そこに座る人は必要な時以外は声をかけてこない。例外もあったし、疑問のひとつではあるんだけど、答えは自分で見つけないといけないことだから、もう少し頑張っていろいろと探っていこうと思っている。


「はい、出来上がり!」


 そんな事を考えている間に、トースターが軽快な音を立てて焼き上がりを教えてくれた。思っていた通りの焦げ目がついて、湯気が立つお皿を待ちわびている結美の前に差し出した。

 早速スプーンを手に取った結美に、サラダとお水も出してから声をかける。


「お待たせしました。どうぞめしあがれ」

「ありがとう。いただきまーす!」


 ざくっと大きく入れたスプーンの割れ目から、ほかほかとした湯気が上がる。ふうふう息を拭いて、少し冷ました中身をそっと口に入れた結美の目が大きく開く。


「美味しい! あー、幸せ」

「ありがとう」


 冷ますのも待ちきれない、とばかりに結美が口に運んでいくものだから、あたしの方が火傷の心配をしてハラハラしてしまう。上の皮がペロンとめくれる感覚、あんまり好きじゃないんだよ。


「うちはマカロニの代わりにじゃがいもだったな」

「その辺のアレンジ考えるの楽しいよね。あたしはここにブロッコリー入れるのが好き」

「え、なにそれ美味しそう」


 おっきなエビを見てニコニコしていた結美の動きが止まる。エビとブロッコリーは間違いない組み合わせなんだから、もちろん美味しいなんて想像しているんだろうな。

 今からグラタンに入れることは難しいから、代わりに作り方を簡単に説明した。


「マカロニとコンソメだけどうにかなれば、きっと作れると思うけど」

「それを覚えてられるかどうかは別問題じゃないの。でも、忘れたくないかなあ」


 そうなんだよね、難しいのはそこだ。自分が覚えていたいとどれだけ願ったところで、ここのことを覚えていられるかどうかは運にかかっている。転生した時に覚えていることもあれば、途中何かのきっかけで思い出すことも、思い出すことすらないことだってあるとは聞いているから。


「春那のことも含めて、だからね」

「うん、ありがとう」


 でも、たぶんだけど。きっと結美は覚えているんだろうなと思った。それは、グラタンの味や作り方だけではなくて、本人が言ってくれている通りあたしの存在と一緒に。


缶詰のホワイトソースを使うともっと簡単。市販のドリアソースとかも。

暑い時でも無性に食べたくなって、口の中を火傷するまでがお約束。


お読みいただきありがとうございます。

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