甘くないケーキ
「あ、しまったもうストックないんだった」
リクエストに応えると決めたけれど、担当さんはもうこの場所にいない。あたしはここから出る事はないし、出たとしても担当さんがどこにいて何をしているのか分からない。だから、差し入れは神様に持って行ってもらうしかない。
まずは簡単に服に隠して持って行けそうなクッキーから試してもらおうかと思って、冷蔵庫に向かったんだけど。
「春那? 冷蔵庫とにらめっこしてどうしたの?」
「いやね、担当さんにお菓子を差し入れるのにクッキー焼こうと思ったんだけど」
「だけど?」
「いつも冷凍にしてあった生地、この間焼いたので終わりだったんだよね」
そう、まずは焼いてみて神様にどのくらいの量なら持って行ってもらえるかを確かめようと思っていたのに、そもそも焼く予定だったクッキーの生地は冷凍庫に残っていなかった。
冷凍しておくと食べたいと思った時に切って焼くだけだし、何よりお手軽なのでちょっと必要になった時に便利なんだよね。だからこそお茶請けに上がる回数が多くて、今ストックが無くなっているんだけど。
「作る?」
「そうだねえ。神様がどのくらいの量を持って行けるかを確かめたいっていうのもあるし」
「この服、たくさん隠せるよ?」
ほら、と両手を広げた神様の服は、確かにふんわりしているところが多いし、布を重ねているから体型がハッキリと分かるものでもない。何かを隠し持っていたって、気づきにくいだろう。
「すぐに作れるから、まずはそれをどのくらい隠せるか試してみようか」
チョコチップとアーモンドを飾ったけれど、シンプルなバタークッキーを作ることにした。ココア生地とプレーン生地でそこまで複雑でもない模様を作ったクッキーを気に入ってくれている担当さんだから、きっと喜んでもらえると思うんだけど。
五枚くらいを一組として袋に詰めていく。とりあえず、神様の服にそっとしまえるくらいにしか作らなかったし、これ以上は無理だろうと判断して残った分はあたしと神様で味見用になった。
そうして、クッキーと紅茶で一息ついてから、当初の目的だった差し入れをしてもらうべく、神様にクッキーを託した。
「おかえりー! どうだった?」
「あのくらいなら余裕だったね。あと、試験が迫ってきていて何かを持っている奴が多かったから、別に服に隠さなくても大丈夫そう」
隠したクッキーを全部渡せたことを教えてくれるように、ひらひらと服を揺らしながら戻って来た神様は、周りの様子も観察してきたようだ。試験が迫っている時に何かを持つ、というのはどこでも誰でも同じようだ。あたしは友達から借りたノートだったり、辞書だったりとその時によって違っていたけど。板書を写していると先生の説明を聞き逃すから、それをきちんと書き残せていた子のノートは、テスト前に順番待ちが出るくらい人気だった。
「それで、何でそんな顔してるの」
「甘くないお菓子、悩んでるんだよね」
担当さんは喜んでいたそうだ。神様が美味しかったと味の感想まで添えてきたから、その場で一枚食べて、それ以上食べないように堪えていたくらいだと教えてくれた。
それなら、クッキーは定期的に届けるとして、あとは望まれていた甘くないお菓子、が気に入ってもらえたらいいんだけど、これというものがどうにも思いつかない。
「和菓子にはあんまり興味持っていなさそうだったから」
「お団子、美味しいのにね。甘じょっぱいの」
「神様はそう言ってくれるよね。ありがとう」
初めに作ったのがみたらし団子だったからか、神様はアイスの次にお団子を気に入っているみたいなんだよね。タレの味を変えたり、あんこ乗せたりずんだを作ったりしてバリエーションがあるから飽きずに食べられる、というのもお気に入りのポイントだそうだ。
「うーん、アップルパイもだし、見た目が綺麗なものが好きみたいなんだけど」
「ああ、あいつはどちらかといえば見た目もこだわるタイプだからなあ」
「それなら、ケークサレにしようかな」
神様はきょとんとした顔をしていたけれど、中に入れる食材を変えれば色合いもきれいになる。ケーキと名がついているけれど、スイーツではなくて軽食の扱いだったから思いつくまで時間がかかったけれど、甘くないお菓子、というのならいい案だと思う。
よし、と立ち上がってキッチンに向かう。
「ケークサレ、ってどんなお菓子なんだい?」
「甘くないケーキ、かなあ……」
作ればわかるよ、と神様に笑えばそれもそうだと納得してくれた。
玉ねぎを細目にスライスして、パプリカは細かく。黄色い生地に映えるように、赤いパプリカを用意してもらった。
塩気が欲しいからベーコンとほうれん草をちょっとのバターで炒めておく。生地はホットケーキミックスを使うし、ちょっと甘めになるから塩胡椒は強く振っても大丈夫だと思う。その辺は好みがわかれば調整できるんだけど、担当さんはどちらかといえば甘い物が好きだという印象しかないから、そこまでしっかりとした塩味はつけないようにしておいた。
「これ混ぜればいいの?」
「そう、よく混ぜてね」
ホットケーキミックスに卵、牛乳とマヨネーズを入れてよく混ぜる。この作業は神様に任せることにした。なんだかんだでこういう単純作業は神様、楽しそうにやっているんだよね。その間にあたしは中に入れる具材を準備しておく。といってもさっき切った玉ねぎとパプリカ、炒めておいたほうれん草とベーコンを自分の傍に寄せておくだけだけど。
神様が混ぜてくれた生地に、具材を入れて軽く混ぜながら型に入れる。パウンドケーキの型を使うと切った時の断面がきれいだと思う。あと、単純に摘まみやすい。今回は気っと勉強の合間に食べることがメインになるんだろうから。
「これで三十分くらい焼けば出来上がり」
「へえ、なんか思ってたよりも簡単」
焼き加減はオーブンにお任せなので、その間に使った器具の片付けを済ませてしまう。途中漂ってきたいい香りに、神様がそわそわしているのが少しかわいらしい。あたしもきっと小さい頃におばあちゃんと一緒にお菓子を作っていた時には、ああやってオーブンの前で膨らんでいく生地を見ていたんだろうなあと思い出すくらいに。
作り方は知っていたけれど、あんまり自分で作ったことはなかったからちょっと不安だったんだけど、焼き具合を見る限りは大丈夫そうだ。
味見用に切り分けて、神様と二人でこたつに潜り込む。
「うん、美味しい。これが甘くないケーキか」
「そうなの。食事をしなくても大丈夫だとは聞いているけど、美味しいもの食べたら勉強とか頑張れるでしょ?」
試験がどんな事をするのか分からないし、勉強が必要な物かどうかも知らないけど、美味しいものがあれば頑張れるというのは誰でもどこでも通じるはずだ。
担当さん一人だけにこうやって差し入れをするのはどうなんだろうか、とも思ったけれど、今までここに来たことがある人がそれを知って、神様経由で依頼が来たら作ればいいか、と思う事にした。
だって、いきなりあたしから試験頑張ってくださいなんて差し入れをされても困るだろうし。ご飯を食べる、という事が日常ではない担当さんの方が多いみたいだから。
「春那がこれだけやってくれてるんだから、いい成績が取れないなんて言わせないよ」
「あー、うん。神様ほどほどにね……」
試験もだけど、いろいろ頑張った後の甘い物は体に染みわたる気がするのです。
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