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甘いもの、甘くないもの

神様側も、いろいろ事情があるのです。

「あれ、何かありました?」


 女性を見送ってから、キッチンの後片付けをしていたときに、見えた人影。見えたのは、さっきここを出ていったはずの姿。

 珍しく担当さんの後ろを神様が追いかけていったなあとは思ったんだけど、二人揃って戻って来るって事は、何かあったんだろうか。


春那(はるな)、ちょっとお願いがあるんだけど」

「うん? どうしたの神様改まって」


 神様と、担当さん。二人がテーブルに着いたので、あたしも手を止めてそちらに座る。お茶請けでも用意しようかと思っていたけれど、どうやらそんな雰囲気でもない。向かい合った二人の表情がとても真剣だったから。


「相手が相手だし、仕事じゃないから断ってくれたってかまわないんだけど」

「うん、だからどうしたの? そんなに前置きするなんて」


 俯き加減の担当さんは、席に着いてから一言も話していない。だけど、一緒に戻って来たんだからきっと関わっているんだろう。

 いつもの仕事だったらこんなに長く説明ないし、そもそも断ってもいい、なんて言われたことがない。

 腕を組んで、どうしようかとばかりに一度天井を仰いだ神様が、正面を向いた。何を言われるんだろうか、と思わず身構えてしまう。


「こいつに、料理を作って欲しい」

「え、担当さん? 足りなかった?」


 神様が担当さんのところに向かうときに預けたスコッチエッグは二つ。あくまで味見用だけど、ご飯とお味噌汁もつけてあったんだけど。

 それにしても、長い前置きに、言おうかどうしようかを悩んでいたそぶりを見せていたのに、料理を作って欲しい、だけ?


「いえ。十分に頂きました。美味しかったです」

「ありがとうございます。でも、それならどうして?」


 ようやく担当さんが前を向いてくれた。俯いていたから眼鏡に隠れて見えなかったけれど、紫色の瞳は、ここでお茶をしていた時のように優しく細められていた。この人は、美味しいものはきちんと美味しいとその場で伝えてくれる人だ。無意識だろうけど表情にも出ていたから、神様と二人、あとからこれが気に入っていたとあれこれ話していたとは、たぶん本人は知らないだろう。担当さん、顔が緩みそうになると眼鏡のブリッジを押さえるんだよね。あたしも神様からこっそり教えてもらったから気づいたんだけど。


「……実はね、この後に試験が控えてるんだよ」

「試験? 神様にもそんなものあるんだ」


 学生だったんだから当たり前なんだけど、試験はそりゃあもう大変だった。終わったと思ったらまた次がやって来るんだから。そんなことを思い出してげんなりしてしまうと、神様が苦笑いしていた。


「定期的にあるわけじゃないって。今回は、特別」

「あ、はは。だって神様試験って言うからさー」


 確かにここにいる神様が定期的に試験を受けている様子は、まるで見てこなかったけれど。こたつでアイスじゃなくて、書類と向き合っている姿は本当に時々、あったかな、くらいしか見ていないし。


「春那は本当に、俺の事を何だと思っているのかな?」

「神様だと思ってますってー」


 自分の見た目を分かっている人の、にっこりとわざと作られた笑顔を上手くかわすようにへらりと笑う。神様もあまり深く追及するつもりはなかったようで、それ以上何かを言ってくることはなかった。


「……勝手ながら、私から頼んだのです。今回は、どうしても勝ち取りたいもので」


 担当さんが口を開いたと思ったらすっと頭を下げる。あたしが慌てている間に、神様が頭を上げるよう声をかければ、渋々といった様子でゆっくり頭を上げた。

 それにしても、試験があるっているのもそうだし、勝ち取りたいと思わせるような何か、が与えられるようなことっていったいどんなものなんだろうか。あたしが受けていた試験って成績だったり、資格を取るためだったから、そっちが気になってしまう。


「最近、ここに来なかったのも腕を磨いてたって聞いたらなあ……」

「あたしは構わないけど、試験だったら他にも受ける人いるんでしょ?」


 今回、あたしに料理のお願いをしに来たのは、どうやら神様からのアドバイスもあったようだ。あたしが外を出歩くことはないから、ここの情報を手に入れるには神様から聞くしかない。その神様が何も言わなかったら、今回の試験の話だってあたしは絶対に分からなかった。

 どの程度の規模の試験なのか、どれだけの人数が受けるのかは知らないけれど、担当さんはたくさんいるし、ここに来た人だってそれなりにいる。なのに、今ここにいる担当さんにだけ料理を作ってしまうのは、贔屓だとか言われないかどうかが心配になる。


「春那が心配するようなことにはならないよ」

「他の方は、特別あなたの料理に興味を持っているわけではありませんから」

「それなら、何で担当さんは料理が欲しいんですか?」


 味見用として渡しているのは、誰にだって同じことをしている。それが、いつも綺麗になくなっていたけれど、担当さんが食べていなくても神様がこっそり食べていたのは気付いていた。明らかに仕事です、って態度の人だっていたからそこについてはしょうがないと思っていた。

 この人はお茶の時間を狙って神様に仕事を渡しにやってきてはお菓子を摘まんでいたので、出したものを全部食べてるとは疑っていないけど。


「それは……」

「疲れた時には甘い物って、春那のところでは定番って前に言っていたよね?」

「まあ、確かに欲しくなるのは分かるし、言ったね」


 あの時の事は、まあ神様だって覚えているだろうなあと思い出したら苦笑いしか出てこない。あんまり仕事に慣れていなかったのと、そういう気持ちをスルーすることが出来なかったから、神様を巻き込んでたくさん甘い物を作って、太らないのを良いことにヤケ食いした。

 その時にお裾分けをして、バラの髪飾りをもらったのもこの担当さんからだ。確かにそれからどんな担当さんが来ても、お礼を頂くような事はない。もちろん、仕事だし向こうだってそう思っているんだろうから、期待をしているわけではないけれど。


「あの」

「いいから。合わせろ」

「それじゃあ、簡単に摘まめる甘い物、でいいですか?」

「ええ、ぜひお願いします」


 お礼を頂くくらいに気に入ったお菓子があるのなら、試験に向けて頑張ろうと思う気持ちになるのかもしれない。確認のために担当さんに問いかけたら、神様とこそっと話していたから、割って入ってしまったようになってちょっとだけ申し訳なくなってぺこりと頭を下げる。

 一瞬だけ目を丸くした担当さんは、直後にふんわりと笑みを見せてくれた。きっと甘い物、を想像したんだろう。食べている時の嬉しそうな顔に似た笑顔だったから。



「私はもう戻らないといけませんので、失礼します」

「次にここに来れるのは、試験終わってからだろうから、俺が届けるよ」


 そこまで送って来るね、と立ち上がった神様にゆるく手を振って返す。仕事も、連れている人もいないのに、ここに来る人はいないらしく、あんまり長居をするとあらぬ疑いをかけられてしまうそうだ。打ち合わせ、と言って出て来たからそこまで気にかける人はいないかもしれないけれど、今は試験前でみんなピリピリとしているらしい。担当さんには悪いけど、その辺りはどこでも一緒なんだと逆にほっとしてしまった。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま。何個か、欲しいもの聞いておいたよ」

「さすがー! ありがとう神様」


 あの人なら甘い物を食べている姿を見ているから、何となく好みそうな物は分かっている。だけど、試験といったら机に向かって勉強することがほとんどだったあたしが望む摘まめる物と、どんな内容か分からない試験で摘まめる物、は違うかもしれない。

 だから、帰ってきたら神様に聞こうと思っていたんだけど、送りがてら食べたい物を聞いてきてくれた神様は、とてもよく分かっている。


「他の人の目もあるんでしょ? あんまり大量に作らない方がいい?」

「ん? いいよ好きなように作って。俺なら出歩いていても何も言われないし、ここに隠せるからね」

「……その服は、そうやって物を隠すためにぶかぶかになっているんじゃないと思うの」


 リクエストされていたのは、いつもお茶請けに出していたクッキーにお気に入りのバラの花びらを模したアップルパイ。それから。


「甘くないお菓子?」

「ああ、それは俺が言ったからかも」

「え、神様何を言ってきたの?」


 甘くないお菓子、おせんべいとかだろうか。それならお茶請けで神様とバリバリ食べていたことがあるから分からなくもないけれど。あとは、抹茶使ったものなら甘さ控えめだし、みたらし団子も甘くない方になる、のかなあ。


「この間、塩キャラメルって食べたでしょ。あれの話してさ」

「神様、いったい何の話をしてきたの……」

「ん? 春那のお菓子は美味しいって話?」

「ありがとうございます。それは素直に嬉しい」


 最近は好みの味が出て来たとはいえ、神様は基本出したものは全部美味しいと言って食べてくれる。誰かのために作ったものもそうだし、自分が好きで作ったものを美味しいと褒めてくれるのは、すごく嬉しいことだ。神様は、その言葉を省略しようとはしないし、ちゃんとに伝えてくれるからまた作ろうと素直に思える。


「んー、でも塩キャラメルは置いておくにはあんまり……

 あ、パウンドケーキは大丈夫かな?」

「あいつも知識だけで、実際に食べたことないだろうからたぶん、としか言えないけど」

「そっか、ここの人達ってそうだっけ」


 食事も睡眠もなくても生きていけるって聞いているし、実際に神様もあたしが来るまでは知識だけだった一人だ。今ではこたつもだけど、アイスがない生活は信じられないと笑っていたけれど。

 担当さんもそうなら、試験を乗り切ってもらうまでにやる気を回復できるようなお菓子を贈りたいよなあ。まして、今回はどうしても勝ち取りたい、と言っていた試験だ。きっと一位になったらもらえる何か、がとても魅力的なんだと思う。


「仕事は今ちょっと落ち着いている、というか、試験があるってなってからそっちは優先度が低くなってるからあんまりここにも来ないはずだ」

「それって大丈夫なの?」

「ここに魂がある時点で、それ以上は傷つかないから。ゆっくりとだけど、回復もするよ」


 だから放っておいても大丈夫、とはならないと思うんだけど。こればかりはあたしが何を言ったってどうしようもないことだからぐっと口を噤んだ。その代わり、次にここに料理を求めてやってきた人にはたくさんサービスしよう、そう決めて。


「それじゃあ、甘い物たくさん作りますか。神様も手伝ってね」

「もちろん。味見も任せて」


 慣れた様子でエプロンを着けた神様に、頼もしいと笑う。さて、リクエストに応えましょうか。


試験と分かっていながら部屋の片づけをしてみたり、頭を使うからとお菓子を買い込んでみたり。

最近は受けていませんが、試験前の独特な緊張感は嫌いではありませんでした。


お読みいただきありがとうございます。

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