カリカリ大学芋
こたつで寛ぎながら、甘い物を楽しむ。あたしのお供はコーヒーだったり紅茶だったり、作り置きお菓子だったり作り方を忘れないように、と手を動かしたケーキだったりとその時によって違う。神様のお決まりはアイス、だったんだけれど最近はあたしが食べたり飲んだりしているものに興味を示したらしく。あたしが用意したお菓子をそっと掠めていくものだから、最初から二つ用意するようになった。
心境の変化から行動まで変わるようになった神様だけど、まだ甘い物の方が好きみたいだ。今日のおやつがしっかり苦味の残ったコーヒーゼリーだったからもしれないけど。アイス乗せたり、クリーム絞ることを前提として作ったから、そのまま食べたらそりゃあ苦いだろう。
「春那、アイスちょうだい……」
「自分で用意すればいいでしょうに」
コトン、と小さい音を立てて目の前に現れたアイスを半分すくって神様のゼリーの上に落とす。アイスがまだ残っていることをちらりと見られたけれど、気づかなかったことにして自分のゼリーにもそっと乗せる。ゼリーを砕いて牛乳に入れようかなとも思っていたんだけど、アイスがあるのならそれでも十分だ。
「これ食べ終わったら、次の人呼んできてもいい?」
「もちろんですー。だけど、これ食べ終わってからね」
急ぐわけでもなく、かといってのんびりしすぎるわけではない時間でコーヒーゼリーを食べきってから、神様はのんびり出ていった。いつもよりも時間がかかっていたのは、きっとまだ苦いものを食べきるのに慣れていないからだろう。次にコーヒーゼリーを作るときには、もうちょっとお砂糖を入れようかな。
そうして、神様と共にやってきたのは、ちょっとだけ髪の毛を逆立てた男性。ワイシャツを着ているけれど、ネクタイはしていなくて、袖も半分ほど捲っている。パンツはわざと下げたりしないで穿いているから、足の長さが目立っている。ちょっとうらやましいなあと思って男性を見ていたら、視線に気づいたのかあたしの方にすたすたと歩いてきた。
「料理、作ってくれるんですよね? 俺めっちゃ楽しみにしてたんで!」
「あ、はい……」
久しぶりにぐいぐい来る感じの人だったから、圧倒されてしまってそれだけしか返事が出来なかった。男性はにこにこしているし、あんまりあたしの様子を気に留めていないのか、ストンとカウンターに腰掛けて頬杖をつく。
隣に立って入り口の方を見たけれど、いつもならいっしょに来るはずの担当さんの姿が見えない。理由を知っていそうな神様に目線を送ってみたけれど、人差し指を立ててしーっと合図を出されたので、気を取り直して男性にいつもの質問をする。
「好みが古いって同僚には笑われたんっスけど。
でも、やっぱ食べたいんで!」
うーんと、悩んだそぶりを見せながらあれこれと料理の名前を口にしていたけれど、きっと最初っからこれをリクエストするのだと決めていたんだろう。
料理を作る場所だと聞いていても、食べたいと思っていても、たぶん同僚に笑われた。それだけで口に出すのには少しだけ勇気が必要だったのかもしれない。
「大学芋! お願いします!」
悩みながら教えてくれた食べたい物を告げた男性の顔は、笑顔だったけど。
「春那、必要なものはこれだけ?」
「うん、少ないでしょ」
神様が首を傾げながらも、手に持っているのは立派なさつま芋。これがあれば、あとは家の調味料だけで作れてしまうから部類としてはお手軽な方だと思う。油を使って飴を絡めるから、材料の下準備とかの手間がかかるというよりは、作る時間がかかる。そんな認識の大学芋。
「おかずになるかおやつになるかで、好みが分かれるんだけど」
「春那はどっち?」
「あたしはおやつ、かなあ……」
畑から取ってきて、それをおやつにして夕食のおかずを考える、なんてよくやっていた。次の日だと飴がパリッパリになって、お芋はしっとりしていてまた違った食感になるから、大量に作ってもわりとすぐになくなる料理のひとつ。
ただ、今回はおやつの扱いにしていいのかおかずにしていいのか分からないんだよねえ。とりあえず、大学芋だけ出してみて、それからまだ食べられそうならおかずを作ればいいかな。
そうと決まったら、さつま芋を準備しますか。
「神様、皮も食べるから良く洗ってね」
「え、皮も食べるの? これを?」
「そうだよ。栄養あるし」
「ふーん」
今まで使って来た芋は、だいたい皮を剥いていた。だから神様の手元にはピーラーが用意してあるし、本人ももちろんそのつもりだったんだろう。だけど、大学芋にした時には、皮の紫色が飴で艶めいて美味しそうに見えるんだよね。
もちろん、皮を剥いて金色でほくほくした中身に飴がかかっていたって、美味しそうに見えるけど。
「これくらいでいい?」
「ありがとう、十分だよ」
ちょこちょこ飛び出していたひげも綺麗に取り除いてくれたさつま芋を、一口かちょっと大きいくらいのサイズで乱切りしていく。最後に飴を絡めるのと、油で揚げ焼きのような作り方をするから、少しだけ尖ったように切っていく部分も作る。こうするとカリカリを楽しめるところが増えるからだ。
「それじゃあ、神様はこのさつま芋をボウルに入れてくださーい」
「お水は、浸るくらいだっけ」
「うん。十分くらいはつけるから、ちょっと深めのボウルでね」
男性がどれだけ食べるか分からないから多めに用意はしておく。あと、ここにいない担当さんにも、持って行けるようなら食べてもらいたいし。
別に仲良くなろうと思っているわけじゃないし、なれるとも思っていないけど、自分だったら知らないところで知らないものを食べていることを不安に思ったりするだろうと考えたから。そんな単純な理由で、ここに来る担当さんにも料理を出しているんだけど、今のところ神様から止められたことはないから問題にはなっていないんだろう。
「二人とも、めっちゃ手慣れてる感じー! 楽しみだなあ」
「楽しみにしててくださいねー!」
驚いた。今まで、カウンターに座っていて、キッチンの様子が見えるからってここにいるあたし達に声をかけてきた人はいなかったのに。
これも、担当さんがいないからだろうかなんて思ったけれど、それは男性にも聞こえてしまうだろうから口にはできない。
この人が帰ってから、神様に聞くしかないな。答えてくれるかどうかは別として。
「さつま芋の水気を、よく拭いて」
「これ全部かい?」
「この後、油使うから。跳ねて火傷しないようにね」
揚げる時ほど大量に油を使う訳じゃないけれど、それでも水気が残っていると跳ねて熱い思いをするのはこっちだ。なので、ここは丁寧に、出来るだけ拭き残しがないようにさつま芋にキッチンペーパーを滑らせる。
油に、同じ量のお砂糖を入れてからそっとさつま芋を入れる。甘じょっぱくしたいなら少しだけお醤油を。
重ならないように入れていかないと、火の通りがよくなくなってしまうから、緊張するのはここだ。じわじわ鳴っている音が、バチバチと激しくなったらふたをして、火を弱める。ここからはさつま芋の中まで熱が通るようにじっくりと炒っていく。
竹ぐしを刺して、すっと通るのを確認したら火から下ろして、ゴマを振りかければ完成だ。
「お待たせしました」
「うわあ、いい色!」
おやつ、カウントでいいのだろうか。小鉢で出して、お茶も淹れたけれどおかずだと思っていたならこの量では足りない。
男性がどう出るか、様子を伺っていたけれど飴色のさつま芋に夢中な男性は、あたしの視線にはまるで気づいていない。
パクパクと食べ進める姿は、見ているこっちも気持ちいくらいだけど。そして、隣で神様がまだ熱い大学芋に慌てて息を吹きかけているけれど。
「うまっ! 大学芋って周りではあんまり食べてる奴いなくてさ」
あっという間に小鉢を空にした男性に、お代わりを出しながら頷いた。あたしの周りでも大学芋を定期的に食べていた人がいたか、と聞かれたら思い当たる人はいない。あたしがお裾分けで持って行ったりしていたから、友達は食べていた方だと思うけど、自分で作っていたわけでもない。
「好みが古い訳じゃないと思います。あたしも、よく食べてましたし。だから手早く作れたんですけどね」
男性が最初に言っていた、おそらくそれは小さな棘だったんだろう。ここではその事をわざわざ指摘する人はいないんだから、好きな物を好きに食べてもらえればいい。
だから、これはあたしのお節介だと言えばそれまでだ。
自分もよく食べていた、それも手慣れていると思えるほどに。直接ではないけれど、そう意味を込めたあたしの言葉は、どうやら正しく伝わったようだ。
男性は、大学芋をリクエストした時と同じように、青空が似合うような爽やかな笑顔を見せてくれた。
「それじゃあ、僕は送って来るから」
「はい、行ってらっしゃい」
戻って来た神様に、担当さんが一緒にいなかった理由を聞いて、思わず声を上げてしまった。だって、まさかあの男性の明るさが自分の性格と合わないからって直前になって逃げだす担当さんがいるなんて思わなかったし。
「春那のご飯は、ご褒美扱いになっているんだ。だけど、あいつには当分の間巡ってこないけどね」
神様は仕事放棄だ、なんて明らか怒っていますと分かる笑顔で戻って来たし。いない事は聞いていても、理由までは知らされていなかったそうだ。
おかげで、また一つ神様の好みも分かったし、怒るポイントも知ったから、あたしには収穫しかなかったけど。取っておいた大学芋はあたしと神様のおやつと消えた。
おかずか、おやつか。食べたいときが美味しい時と思って時々食卓に並びます。
だけど、まあ食後にお茶と一緒に摘まむことが多いかな。
お読みいただきありがとうございます。




