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3.

「それで、具体的には何から始めればいいんですか」


 この場所で、次を迎える人のために料理を作る。それを決めたのは良いんだけど未だにこの場所は真っ白な箱のままで、家具と呼べるのはあたしが座っている椅子と、テーブルだけ。

 さっき神様は手を差し出しただけで緑茶を出していたけれど、さすがにあたしにはそんな芸当出来っこない。


「うーん、そうだな。春那が料理するのに必要だと思うものを、頭の中で想像してくれるかい?」

「想像するだけ?」


 そんな簡単な事でいいのだろうか、でもそれなら自分で想像したほうが手っ取り早いんじゃ、と首を傾げたら、思っていたことが顔に出ていたのか、神様は苦笑いを浮かべていた。


「僕はこう見えてそれなりに力があるけれど、万能じゃない。だから、春那の力が必要なんだ」


 本で読んだ知識はあるけれど、実際に目にしたことがないから質感とか、重さとかその辺りの事は自分の推測でしかないらしく。詳しく思い描いた方が呼び出すときの力は少なくて済むのだと聞いたら、あたしに任されたのも納得だ。

 いくらそれなりに力があるといっても、この空間を料理が出来るところまで整えるのにはかなりの数の調理器具を呼び出してもらわないといけないのだから。どのくらい使えるかは分からないけれど、節約しておくことは大事だ。


「楽は出来ないって事ね。ええっと、それじゃあ何から呼んでもらおうかな」

「ゆっくりで構わないよ。思い描いたものは記憶しておくから」

「え、神様すごい!」

「ふふ、もっと褒めてくれてもいいんだよ? それじゃあ、僕は席を外すからじっくり、考えておいて」


 力がある、と自分で言えるだけあって神様でも忙しいんだろう。さっきからこちらの様子をチラチラ窺っている人がいるし。

 ぽんぽん、とまるで子供をあやすように頭を軽く撫でられて、悩んでも大丈夫だというように緑茶の追加も渡された。

 やっぱり、この真っ白い空間には緑茶はあまり似合わないと思いながらも、その気遣いが嬉しくて早速手を伸ばす。

 ゆらゆら、まるで踊るように動いている湯気をぼんやりと見ながら、あたしの理想のキッチンを思い描いていく。



 *



「それで? 話にならないって言わなかった?」


 春那にこれからの事を告げている時から、堪えきれなかったのか自己を主張するように視界に見切れるように姿を見せていたのは、今回の件をやらかした奴。

 俺の視線に入ろうとしていたくせに、正面切って相対したら受け止めきれないのか即座に頭を下げた。

 ああ、この姿を見るのはもう何度目だろうか。


「この度は、誠に申し訳ありませ……」

「謝罪は聞き飽きた」


 俺の顔を見れば謝って来るばかりで、この先、どうしようかという提案が全くなされないままだったから、謝罪しか出来ないんだったら来るなと言って追い返したんだけど。


「っ! 申し訳ありません! 彼女の件に関しましては」

「本当は消えるはずじゃなかった命の蝋燭を、不注意で消して? 次の行く先も決まっていない魂がどうなるか、知らないとは言わせないけど」


 また謝りそうだったので、言葉を被せるようにして遮る。本人としてみれば、謝った、という実績だと思えるかもしれないが、それを毎回のように受け取らなければいけないこっちの身にもなって欲しい。しかも、中身が伴っていない、ただの薄っぺらい謝罪を。

 分かっているだろう事をわざわざ、しかも強めの口調で淡々と告げれば、俺と同じくらいの身長があるはずなのに頭一つ分縮こまった、ように見えた。


「俺が拾っていなかったら、消滅していたよね?」

「本当に、申し訳……」

「謝罪はもういいって言ってるだろ」


 そう、本来なら春那の命の灯はあそこで消えるはずじゃなかった。それを、不注意で消してしまったのがこの謝りっぱなしの神。位としては同じなんだけど、こうやって不注意なのか時々大ポカをやらかすから、俺の方が力は強い。それだけ仕事とか、責任増えるから煩わしく感じていたけれど、今回の件は力があって良かったと思った。


 実際、春那の蝋燭は長かった。そりゃあもう自分の夢を叶えて、満足して旅立てるくらいに充分だった。それを誤って消した上に、タイミングも悪かった。命の灯がひときわ輝く直前だったから、それと比例するように消耗も激しく、ここに連れて来れなかったら、耐えきれずに消滅してしまっていたくらいに。

 ここで目覚めた時に泣き叫んでいた春那、その姿を見てこいつとは会わせないと決めた。俺の前だってもういいと言ったのに聞き入れずに頭を下げてくるんだ、春那と直接会ったら間違いなく自分が不注意でなんて漏らすに決まってる。

 はっきりとした単語は使っていなくても、自分の状況を察することが出来るのにそれを言葉にされてしまったら、耐えられるか分からない。


「ともかく、彼女の魂だって傷ついている。それも、ここでもすぐには癒えないくらいひどく」

「彼女の魂が抜ける分の補償は、こちらで」

「それは当たり前。用件、それだけ?」


 追い返した時の理由を覚えているか、と含ませてみたら何枚かの書類を差し出された。パッと見たところ、こいつらしい堅苦しい言い回しの文字が羅列している。


「この先の、修正につきましていくつか候補をお持ちしましたので――」

「へえ? 聞こうか」



 *


「あ、おかえりなさーい」

「これはなかなか、楽しくなりそうだね」


 追加のお茶もなくなりそうな頃、神様は帰って来た。こっちに歩いてくる時には眉間に皺を寄せていたのに、あたしの思い描いていたものを確認したのだろうか、口元に僅かな笑みが浮かぶ。

 真っ白い箱だと思っていたのに出入り口があったことに驚いたけれど、そう考えたら料理をする道具だけじゃなくて、もっと必要になるものがあるんじゃないかと思っていたんだよね。


「この空間、何もないじゃないですか。だから食材はもちろん、水道とかガス管とかどうするのかなーって考えだしたらいろんな方向に考えが飛んでしまって」

「そうだったね、それは説明不足で済まなかった。この場で出すものは、そうだね、魔法のようなものだと考えてくれて構わないよ」

「え、神様本当にすごすぎる」


 それなら、水道をどう引いてなんて考えなくてもいいのか。導線を作って、それに合わせてオーブンとかコンロとかを配置していけばいい訳で。

 あ、それなら今まで考えていたものをまたやり直さないといけないかな。こういうの考えるだけで楽しくなってきてあれもこれもって付けたくなっちゃうけれど、神様の力を頼りに呼び出してもらうというのが大前提だ。たくさん設備を用意してもらったって、使うのはあたし一人なんだから、まずは必要最低限があればいいだろう。


「追加が必要になったら、教えてくれればいいよ。この場所は基本、僕ずっといるし」

「そうなの? さっきみたいに呼び出されたりするんじゃなくて?」

「あれは、まあ……たまにあるんじゃないかな」


 ずっといるのなら、ご飯はともかく寝る時間はどうしているんだろう。ここで料理を作っておもてなしをする、といったって、それ以外の時間はあるわけだから、あとで聞いてみよう。あたしだって寝る時間は必要、だよね。


「あ、じゃあかえって来て早々で悪いんですけど出してもらいたい物が」

「いいよー……って、え、これ?」

「ええ、これからの事を考えるために必要ですから」


 緑茶は確かに美味しいんだけど、たくさん考えて頭も使ったし、さっき泣き喚いた分もあって体は何か、エネルギーになる物を欲している。

 時計はないし、ここに来て目を覚ましてからそれなりに時間が経っているはずなのに、お腹が空いたという感覚はやってこないのが不思議なような、当たり前に受け入れているような、自分の変化に戸惑うけれど。


「用意したけれど、本当にこれでいいの?」


 神様に用意してもらったものは、白玉粉とお豆腐。それからボウルにフライパン。それから、コンロ。せっかくだし、三口コンロ。家はずっと二口だったから業務用じゃない三口は憧れだったんだけど、こんなに早く叶うなんて。

 他にも醤油とかみりんなんて調味料も出してもらったけれど、これは今後も使うだろうから一式まとめて用意してもらう。


「大きめのボウルに、フライパンも思ってたよりも軽い!」

「何をしたいかは分かったけど、面白そうだから見てていい?」

「……食べたいだけじゃなくて?」

「バレたか」


 何か考え込むときに、無心になれるものはその時々で違っていたけれど、生地をこねるというのはいつでも一緒。

 今回のお茶が緑茶だったから和菓子、というかあまじょっぱい物が合うと思っただけでこれが紅茶だったらタルト生地を作っていただろうし、烏龍茶だったら、多分肉まんだった。


「たくさん作れるから、せっかくだし味見してください」


 白玉粉とお豆腐をボウルに入れて、ダマがなくなるまでひたすらに練る。それを適当な大きさに丸めて、茹でる。お鍋でも良かったんだけど、このあとタレを作るから洗い物を減らしたいのと、神様の力の節約も兼ねた。

 茹で上がったお団子はお皿にとって冷ましておく。意外と必要な物って多かったな。菜箸も追加してもらったし。

 ちょっとだけ焦げ目が欲しかったから、フライパンを温めながらお団子を何個か焼いていく。神様、初めてみたいだからただ茹でただけのものと、焼いたものを食べ比べてもらおうかな。


「はい、どうぞ。温かいうちに食べてください」

「あー、ありがとう。いただきます」


 神様もいただきますの挨拶は知ってるんだ、という驚きもあったけど、まずは初めて食べるだろうお団子の感想が聞きたくて、ドキドキしながら食べ終わるのを待つ。


「へえ……これ食感面白いし、タレもいいね。うん、飲み物に合うねー」

「良かったー! 食べ物あんまり食べたことないみたいだったから」


 そう告げたらびっくりしたみたいに目を丸くして、次の瞬間には慌ててお茶を手に取った神様の様子を見て、あたしも慌てて背中をさする。


「っ! はあ、これは美味しいけど危険な食べ物だな……」

「よく噛んで食べればいいだけですって」


 お茶でお団子を流し込んだ神様がようやく落ち着いた頃合いで、この調子でこれからよろしく、と言われたけれど。

 むせて涙目だったし、口元には拭いきれなかったタレが残っているしであまり締まらない挨拶だったのは、今後何度もからかうネタになった。



ここで一区切りです。次の話には少しお時間頂きます。

みたらしは、お焦げがついていると嬉しい。

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