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りんご尽くしの食卓

今回は料理の話は少なめ。

後半、ちょっと重い話になります。

「りんご、りんごねえ……」


 知らない訳ではない、むしろ子供の頃に熱を出した時のお供は、すり下ろしたりんごとヨーグルトだった。

 そのままでも食べられるし、焼いても煮ても美味しいりんごには、たくさんのレシピがある。あるから、料理するものには事欠かない、んだけど。


「あたしが作れるもの、全部作るしかないかなあ」


 確か、お菓子に使うのにはあんまり甘くない品種が良かったんだよな、と思いながらも、あたしが知っている品種はさほど多くなく。これがアップルパイを作るのには良い酸味なの、と近所のおば様が言っていた名前を記憶から掘り起こした。

 どうしてりんごの品種で頭を悩ませているのかというのは、こたつのぬくもりを堪能している男性の、リクエストだからだ。



 *



春那(はるな)、次の仕事なんだけど」

「うん、どんな人?」


 前回からちょっと時間が空いたから、冷凍庫にはそこそこストックが出来ている。ミートソースとか、ホワイトソースとか。ちょっと使うには便利なものは手が空いた時に作るようにしているから、今なら余裕がある。というか、何かしていないと自分の考えがドツボにはまってしまうような気がしていたから、手を動かしていたからストックにせざるを得なかった、というのが本音なんだけど。


「用意できているならこれから呼ぶよ。はい、これ」


 いつものように、名前と年齢を書かれた紙を渡されてから、神様は出て行った。これから呼ぶ、ってあたしの準備を待っているような言い方していたけど、本当ならあたしの方が合わせないといけないんじゃないだろうか。

 凄く今更な疑問だけど、帰って来たら神様にその辺りどうなっているのか聞いてみよう。そう思いながらエプロンを身に着けた。


「俺さ、りんご農家だったんだよね。んで収穫したりんご運ぼうとしていたらここにいたって訳」


 テーブルを案内したのに、慣れているからこっちは使えないか、と笑顔で聞かれて、一瞬神様が反応したけれど。それを見てあたしは断りの言葉を告げようとしたけれど。もはや所有者のようになっている神様からの許可が下りたので、男性はいそいそとこたつに潜り込んだ。

 耳の下まで伸びた髪を結んでいるけれど、長さがほとんどないから本当にちょろっとしたしっぽにしかなっていない。聞けば、作業中は手拭いで髪の毛を纏めてしまうから、このくらいの長さがちょうどいいらしい。

 がっしりした体格をしているから、体を使う仕事をしていたんだろうなとは思ったけれど、農家か。


「あそこにはもう戻れないのは、踏ん切りをつけた。だけど、最期だっていうならりんご、食べてから行きたいんだよ」


 へらっと笑っているように見えるし、踏ん切りをつけたなんて言っているけれど。こたつにだらりと体を預けている様子は、寛いでいるようにも見えるんだけど。


「だから、俺からのリクエスト。りんご使った料理、食べさせてくれ」


 頬杖をついて、こちらを見ながらにやりと笑った表情は、そうやって強がっているようにも見えた。


 そんなやり取りがあってりんご料理で頭を悩ませる羽目になっているんだけども、問題は相手がりんごを作っている農家、という事だ。だって、あたしよりも断然りんごに接する機会が多い。つまり、りんごを使った料理にも慣れ親しんでいる、はず。目新しいを作り出せる自信はないし、どちらかといえばりんごにはお菓子作りでお世話になっていた。


「やってみるしかないかなあ」


 定番だろうけど、ポテトサラダにレモン汁をかけて、色が変わらないようにしたりんごを入れるだけだ。人によって好みは分かれるけど、さっぱりとしたいときにりんごの歯ごたえが良いアクセントになって、あたしは好きだった。

 それから、ジャーマンポテトに、玉ねぎの代わりにりんごを加える。粒マスタードは控えめにして、マヨネーズで炒めたりんごは甘みが増して、意外な組み合わせにびっくりしたけれど思っていたよりも悪くなかった。

 あとはリンゴ酢でピクルス。これは今からだと浅漬けもいいところだから、ただの箸休めというかまあ間違いないだろう、で手を付けてくれないかなあというところを狙ったもの。


「確実、ならこれもかな」


 角切りにしたりんごを煮込んで、ごろごろした果実感が残るジャムにする。保存目的じゃないから、あんまりお砂糖入れなくてもいいし、好みならシナモンを振りかけてもいい。その場で食べる分だけだったら、あんまり量も必要ないから煮込む時間だって短くて済む。

 男性が食べるにはちょっと甘めのメニューが多いけれど、りんごと言えばアップルパイだって欠かせない。これは男性が食事をしている間に作ればいいだろう。焼きたてはもちろん美味しいし、冷えたアイスを乗せたっていい。ちょっと冷めてしっとりとしたパイ生地も、なかのりんごの味が染み込んでいてまた違った味わいになる。


「お待たせしました」


 今回、男性はこたつに陣取っている。しかも、神様と担当さんも一緒にというお願いもあった。担当さんはもちろん側にいるつもりだったらしくてすぐに頷いていたが、神様はあたしの料理の手伝い、というか食材の補充もあるので簡単には首を縦に振らなかった。

 だけど、それなら男性が帰ると言ったり、あれこれ質問して、神様をキッチンに立たせないようにしているうちに折れたんだろう。今回は神様、キッチンに来れずにずっとこたつにいた。いつもだらけている背中が、今日は真っすぐなのを、珍しいもの見たなと少しだけ観察していたら、あたしが不安に思っていると感じたのか、声を出さずに口の動きだけで大丈夫かと問いかけてきてくれたけど。

 ソース類のストックは使わなかったけれど、野菜はたくさんあったから困らないし、何よりも癒しが必要な目の前の男性よりも、あたしのことを気にかけてくれたことが嬉しくて。

 こたつを譲ったことからも、神様は優先順位を違えない人だと思っていたから余計に。


 あたしが次々にこたつに並べていく料理を見て、目を丸くしたのは男性だけではなくて神様もだった。あたしが作ろうとしているもの、何となく分かっているのに実際に見ていないから、どんなものか分からなかったのかもしれない。


「さあ、どうぞめしあがれ!」

「……いただきます」


 担当さんは誰が来てもあたしと話すことはほとんどないからあんまり気にならないけど、リクエストしてきた男性も、あたしの料理を見慣れているはずの神様だって、お皿を並べても何の言葉も発しない。

 自棄になったと思われてもしょうがないけど、誰も動きもしないんだから声がでかくなっても許されるだろう。

 その声に反応したように、男性がのろのろと箸を持ったし、神様と担当さんもハッとしたように視線がこちらに向いた。

 ポテトサラダを口に運んだところを見届けてから、あたしはキッチンに戻る。まだアップルパイも途中だし、せっかくなら飲み物だってこだわってやろう、という気持ちも出てきたからだ。ただ紅茶を入れればいいかな、と思っていたから、一手間加えてアップルティーにしよう。冷たいのが良いのなら、濃い目に入れて炭酸で割ればアップルティーソーダにも出来るし。


 そうして、あらかた食事が片付いたタイミングでデザートだと持って行ったアップルパイも綺麗に食べきってくれた男性が、だらけていた姿勢を正して頭を下げた。


「まさか、こんなに作ってくれるとは思わなかった。ごめんな、無理を言った自覚はあるんだ」

「りんごを食べ慣れている人に出すのは、ちょっとドキドキしましたけど」

「どれも美味かったよ。ごちそうさん。

 ……だけどさ」


 さすがにこたつには、あたしの入れるスペースは残っていない。だから自然とこたつの隣にクッション持って来て座ることになったから、男性の様子が良く見えるようになった。

 料理の感想を教えてくれるのは、嬉しい。それが農家で、親しんでいる人の口にもあったのだと思えるようなものだったら尚更。でも、だったらどうして男性はだけど、なんて言って俯いているのだろうか。


「諦めようと思ってたのに、こんな美味い料理食べたら、気持ちが戻ってきちゃうじゃねえか」


 ぎゅっと握った拳が、震えている。吐き出すように告げられた言葉に、その態度に、男性がここに来てからずっと見せていた強がりの奥底にあったものが分かってしまった。


「諦めなきゃならないんだよ、俺はもうあの先には進めない!」

「……そうですね、あたしも同じ」


 あたしは、ここで男性よりも長い時間を過ごしているはずだけど、生活している時に髪の毛や爪が引っ掛かって気になると思ったことはない。髪の毛は伸ばしかけていたから気にならないのかもしれないけれど、前髪だけは定期的に自分で切っていた。まあ、たまに失敗してかなり短くなったりしたときもあったけれど、それなりに上手に出来ていた部類だと思う。それが、ない。

 あたしも、男性も。あたし達の時間は、止まっている。それを理解したのは、いつだったか。


「なあ、なんで俺たちは歩みを止めなきゃならなかった? なんで、違う世界じゃなくてあの場所で生きていけないんだ?」


 神様も、担当さんも、男性からわずかに視線を逸らしている。その質問に、答えを持っていても答えられない、もしかしたらそんな思いもあるのかもしれない。男性の問いかけは、あたしも神様に投げたことがあったから。


「俺は癒しなんて求めてない! ただ、あの場所で、生きていたいだけなのに……!」

「戻れるならあたしだって戻りたいですよ」


 だから、だろうか。男性の叫びに返してしまったのは。

 え、と震える声だけが聞こえ、のろのろと男性が顔を上げる。その表情は、強がっているようにも、料理をおいしそうに食べている時とも違って、ただの迷子の子供にしか見えなくて。

 きっとあたしもあの時、神様に縋りついて泣いた時に同じような顔をしていたんだろうなあと思うと苦笑いがこみ上げる。


「それじゃあ、なんで」

「どう頑張ったって、叶わないからです」


 あたしは、幸運だったのかもしれない。いや、間違いで命を落としておいて幸運も何もないんだけど。だけど、理由を知れた。その先の選択肢も与えてもらった。

 こうやって、他の人に、冷静に話せるようになるだけの時間も、もらった。


「あの日、あの時間に戻ったところで、あたしは絶対に生きていられない。悔しいですよ、怒りも、八つ当たりだってしました。まだやりたいことはたくさんあったのにって」


 背中を押されたとは分かっていても、それが誰だったのかまでは分からない。あの時、間違ったと焦る表情は覚えていても、それがどんな服を着て、どんな髪型だったのか、男性だったのか女性なのかすら、今は思い出そうとしても靄がかかる。

 時間は止まっているのに、記憶は思い出せない事が出て来るなんて矛盾しているようにも感じるんだけど、あたしは変わらないのに、新しいものがやってきたらそりゃあ入れる場所から何かを出さないと入らなくなるよなあ、とぼんやり思った。


「だけど、あたしはここで形は違ってもやりたいこと、やっています。途切れたと思った道は、細かったけれど通れる場所があったんですよ」

「抜けたら、どうなってたんだ……?」

「うーん、まだまだ開拓途中、ってところです。だけど、居心地は悪くないですよ」


 まだ残っていたアップルティーをグラスに注いで、氷も入れる。それだけで温かかったアップルティーは冷えて、グラスに水滴がつき始めた。冷やしておいた炭酸水も入れて、ミントを添えればアップルティーソーダの完成だ。

 はい、と男性に差し出せばおそるおそる、だけどしっかりとグラスは持ってくれた。食事にはあんまり興味を示していなさそうだった担当さんも、そっと視線を上げてこちらを見ていたので、同じように作ってから渡す。気恥ずかしそうに、だけどちょっとだけ弾んだ声でお礼を言われたので、小さく頭を下げて返す。


「……なあ、ここの記憶ってなくなるかもしれないんだろ」


 しばらく、誰も動かずに時折氷がカラン、と音を立てるだけの時間が続いた。グラスが空っぽに近いくらいまで無言だった男性から、さっきまでの感情を乗せたように荒げた声ではなくて、冷静な響きが聞こえた。


「どうにかして、持ったまま異世界? ってやつに行くことは出来ないのか」


 それは、担当さんと神様に向けて投げられた問いかけ。あたしも最初に聞いた説明だ。覚えているかどうかは、その人次第で選べるものではないと思っていたんだけど。


「俺と、この子。どっちが開拓した景色が綺麗か、見比べてみたくないか」

「出来るの? 神様」


 どうだ、と挑戦するような笑みを浮かべた男性に、思わずあたしの声も上ずってしまう。あたし達からの視線を受け止めた神様は、香りを楽しむように持っていたカップを置いてから、ふーっと長く息を吐きだした。


「君が得るはずだった恩恵、それがなくなってもいいのなら口添えはしてあげる」

「構わないさ。元々農家だ。汗水たらすのには慣れている」

「そう、なら一緒に行こうか。ただし、確実に出来るとは言えないよ」


 担当さんが引き留めようと動くよりも早く、男性の腕を取った神様がささっと立ち上がる。今の流れですぐに行くとも思わなかったあたしは、誰よりも遅く立ち上がったけれど、もう三人の背中は空間の出口に近い方へと移動していた。


「春那、ちょっと出て来るよ。すぐに戻って来るから、アップルパイの準備、よろしくね」


 心配させないようにか、いつも以上に軽い調子でそう告げてきた神様に、あたしは頷くだけしか出来なくて。

 すぐと言ったのにお皿洗いも片づけまで済んで、二杯目のアップルティーを飲もうかと立ち上がった時に神様は帰って来た。


「ただいまー。春那、疲れたから甘い物ちょうだい?」


 アイスを乗せたアップルパイを二切れたいらげて、アップルティーソーダもお代わりした神様からはただ、大丈夫だよとしか聞けなくて。それ以上のことはどれだけ聞いても教えてもらえなかった。


 それから、しばらくして神様が小さいりんごを持って来た。どうやら、お供え物として捧げられたものが届いたらしい。

 それは、手のひらに収まるほどの小ぶりで、甘みも水分もあまりなかったけれど。今まで食べたどのりんごよりも、記憶に残る味だった。



おかずに果物、ありかなしか。作者はあり派です。ただし、自分が食べられない果物を除くなら。

アップルティーソーダは一時期ペットボトルが発売されたときに嬉しくて買いましたねー。いつでもあの味が楽しめるって素晴らしい。


お読みいただきありがとうございます。

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