ごろごろミートボールのパスタ
「春那は食べられないものとか、あるの?」
この前に、バニラアイスに何かを乗せるという事を学んだ神様が、最近気に入っているのは砕いたアーモンド。食感が違って食べていて楽しいそうだ。それから、熱いコーヒーをかけるアフォガートにも興味があるらしい。これは、どちらかといえばあたしが平気な顔でブラックコーヒーを飲んでいるのに、神様はあまり進んでいなかったから、こういう食べ方もあるよと紹介してから興味を持ったみたいだけど。
そんなやり取りをしたのは、ほんの少し前。きっとこの質問も、その流れで思ったことなんだろう。
「アレルギーでってこと? それとも、好みの方?」
「アレルギー、ってああ。体の拒否反応ってやつか。それは食べられない、じゃなくて食べちゃダメでしょ」
俺らにはそういうのないけど、なんて笑いながらアイスを頬張っている神様は、確かに何でも食べる。というか、今まで出したもので手をつけなかったものはない。見た目が、とかこの食材は、なんて話だって一切聞いたことはない。
それよりも、アレルギーに対しても知識があることに驚いた。サラッと言うけれど、アレルギーのことを好き嫌いだと理解している人だっているから、気をつけないとね、とバイト先の店長にはそれこそ耳にタコができるくらい聞かされたから。
感心していたら、不思議そうな顔で神様がこちらを見ていた。そうだ、質問は食べられないものだったよね。おばあちゃんのおかげか、小さい頃からいろんな食材を工夫して食べられるようにしてくれていたから、ハッキリと苦手意識を持っているものはそう多くないんだけど。
「絶対食べられないものはないかな。あんまり得意じゃないものならあるけど」
「ふーん。どんなの?」
「教えるだけならいいけど、物は呼び出さないからね。出してもらったところで消費できないから」
神様が食べてみたいって思ったものは出していいよ、と言ったけれど、あたしが料理しないならあまり興味が持てないそうだ。まあ、作ってみても消費できないと初めに言ったからというのもあるんだろう。
食材の話をあれこれしている間に、今日の約束をしていた人が、担当さんに連れられてやって来た。
肩よりも少し伸びた黒髪、ストライプ模様のシャツに、ベージュのジャケットを羽織り、紺のタイトスカートは膝が少し見えるくらい。ローヒールのパンプスで動きやすい恰好をしたその女性は、あたしよりも少し年上。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「えーっと、よろしく、でいいんでしょうか」
戸惑った声を上げた女性に、テーブルかカウンター、どちらがいいか聞けば少し悩んだ後にカウンターを指差した。担当さんは、少し離れたテーブルに、神様が案内している。
ここでは、担当さんとは離れて座ってもらう事が多い。目を覚ましてから一緒にいるから、知らず知らずのうちに緊張しているだろう部分を、少しでも和らげて欲しいという思いもあるそうだ。あとは、単純に神様が担当さんと話している場合。こっちはどちらかといえば連れてきた人の状況確認も兼ねているから、業務連絡みたいなもの。とはいっても、最近の神様はあたしの隣にいる事が多いから、担当さんとの会話はちょっとの時間だけで済ませてしまっているけれど。
「好きだったもの、というよりは食べてみたかったもの、なんですが。
ミートボールのパスタ、お願いできますか?」
神様が話している間に、あたしも食べたい物のリクエストを聞けるから今のところ、特にそこの問題はない。ここに連れて来れる人もかなり絞っているみたいだからね。だって、嫌な思いをしたことってほとんどないもの。それはきっと、神様が事前にある程度の人を振るい落としているからだと思うんだ。
「映画で観てから、憧れていて……あの、大丈夫ですか?」
「あ、ごめんなさい。もちろん、大丈夫です!」
カウンターの前で女性が不安そうに俯きそうになったのを、慌てて返事をすることで遮る。神様の事を考えるのは、今やるべきことじゃない。あたしが今やらないといけない事は、目の前の女性のリクエストを聞いて、それに全力で応える事だ。
それにしても、映画でミートボールのパスタ、ね。あたしも好きだった映画があるし、何なら料理を再現しようと作っていた時期があるから何だかそのリクエストが嬉しい。
上手く作れたら、映画の話もしてみようかな。
「それじゃあ、待っててくださいね」
カウンターから貯蔵庫に向かう姿が見えたのだろう。神様もささっと寄ってきてくれた。もちろん、エプロンを着けて。ゆるっとした白い服に、黒いエプロンはもう見慣れたけれど、初めの頃はエプロンしていてもふわりと揺れる服に汚さないかどうかとハラハラしたものだ。
「さて、と。やりますか」
パン粉を牛乳でひたしてから、玉ねぎに向き合う。みじん切りにしないといけないんだけど、どうにも最近涙が出るんだよね。冷やすとか、レンジでちょっと温めてからとか、割りばしくわえるとか、はたまたゴーグルすれば大丈夫だとか。いろいろ裏技的な話も出たし、試しもしたけれど、あたしに向いていたのはレンジでチンする方法。もちろん、生で食べる場合は除く。
出来るだけ手早く、そう思いながら手を動かしてみじん切りを終わらせる。それから、しんなりするまでしっかりと炒める。この後にひき肉と一緒に混ぜるから、冷ましておかないといけない。
ひき肉は、牛と豚の合い挽きにしようかな。お肉食べてるって感じ、欲しいんだよね。個人的に、さっぱりしたお肉を食べたいときは鶏、がっつりと食べたいときは牛だと思っている。今回はミートボールがメインになるから、がっつりいきたいので牛を少し多めに。
そしたらパン粉入れて、卵とさっき炒めた玉ねぎを混ぜていくんだけど。
「神様、ごめん。調味料入れてくれる?」
「任せて」
ケチャップとお塩に胡椒を入れてもらって、粘りが出るまでよく混ぜる。何だか面白そうな顔で神様がこっちを見ているけれど、これ意外と大変なんだからね。そうだ、と思いついたことを神様に問いかける。
「交代する? もう少し混ぜたら一口サイズに丸めて欲しいんだけど」
「このくらいに丸めたらいい?」
「うん、そのくらい。神様上手になったね」
「本で読んでいたよりも楽しいものだからね」
そう、初めはあたしがキッチンに立ってもただ眺めているだけだった神様。それが、様子を見るように隣に立つようになり、エプロンを着けては喜んで、簡単な作業なら手伝ってくれるようになった。今では、こうして自分が面白そうだと思ったことには率先して動いてくれる。
本で読んでいただけで知っていた知識。それを活かせることと、実際に体験して違いを知ることも楽しいのだと、前に笑っていたっけ。
「それじゃあ、あたしは別の用意をしておくね」
ミートボールを焼くフライパンは、この後にパスタも一緒に入れるので大きいサイズの物を。
トマトソースの味付けになるから、トマト缶、コンソメ、ウスターソースに、ちょっとだけのおろしにんにく。パスタは乾麺から戻すから、お水も多めに用意しておく。
「春那、全部丸め終わったよ」
「わあ、綺麗に同じ大きさ。神様って手先器用だよね」
「それじゃあ、これで小麦粉振るってくれるかな。薄く白くなるくらいでいいから」
神様が綺麗に作ってくれたミートボールを出来るだけ崩さないようにフライパンに並べていく。この後、長めに煮込むからどっちにしろ崩れちゃうんだけど、その崩れ具合がいい感じにパスタに絡まるんだ。
両面にしっかりと焼き色がついたら、出て来た油を少し拭いてから用意したトマト缶とかをどんどん入れていく。パスタを半分に折って、ちゃんとに全部がひたるように。しばらく煮込んでいって、水分がなくなれば出来上がりだ。
まだゴロゴロと残っているミートボールが目立つようにお皿によそえば、映画で観たような出来のパスタが完成。あたしも、映画で観て食べたいと思ったから作るようになったんだよね。
「お待たせしました」
カウンターでそわそわしながら作業を見ていた女性に、パスタを差し出した。まだほかほかと湯気の上がっているパスタを見て、表情を緩ませた女性が、さっそくフォークを手に取った。
「いただきます」
「どうぞ、めしあがれ!」
神様は、自分が作ったミートボールをじっと見つめていたので、少し多めによそってからテーブルに移動した。担当さんの分も持たせたけれど、明らかに神様の持っていたお皿の方がミートボールの個数が多い。作ってる時も楽しそうだったけど、自分が作った料理って、美味しそうに見えるし実際美味しいことを知っているから、止める気はならなかった。
神様が着々と料理上手への道を歩んでいる、というか歩ませているのはあたしのような気がしたけれど、本人が楽しんでいるんだから、いいだろう。
「美味しいです。映画でも、美味しそうに食べていて」
「そう、あたしも美味しそうって思って何度も挑戦したんですよ。しばらくパスタもミートボールも食べたくないなって思うくらいには作ったかも」
あたしが観たのは、いつだったか。あの時は、パスタよりもそれを食べる様子が微笑ましくて、流れていた曲もずっと口ずさむくらいに気に入ったシーンだった。大きくなってから見返していて、今ならあのパスタを再現できるんじゃないだろうか、と思い立ってからレシピをあれこれ探したっけ。
実際に作ってみると、ミートボールは崩れてただのミートソースになったし、あのごろっとした感じもなかなか上手く出せずに終わったことだってあった。
それでも、何回も作って、自分の中でこれだ、と思ったレシピで今回提供したわけなんだけど。きっと女性が思い描いているものは同じものだろうから、ここで美味しいと言ってもらえたことであの時に頑張っていてよかった、と思えた。
「憧れを、現実にしたんですね」
「大袈裟ですよ。あたしは、食欲に勝てなかっただけで」
ミートソースだって、美味しかった。ミートボールが小さくても、トマト味が薄くても絶対食べられない、というものにはならなかった。だけど、それで良しとしなかったのは、単純にあたしがもっと映画のなかのものに近くて、美味しいものを食べたかったから。
だから、きっかけというか原動力になったのは本当に単純で。そうやって女性から言われると照れてしまう。
「憧れって、目標にもなるんです。あたしの場合はあの料理を食べてみたかった、から始まりましたけど」
あの料理が食べたい、そう思って作ったものは他にもある。ここまで上手くいったのはあまりないけれど。だけど、一歩踏み出してみたらそれは憧れへと近づける一歩だと分かったから。
料理がどんどん楽しくて、もっといろんなことを知りたい、と思うのだって憧れに近づける手段のひとつ。きっと他にもやり方はあったけど、あたしに合っていたのが料理を通して、という事だった。だから、こうやって今、誰かに喜んでもらえているのだから、あたしのあれこれは無駄ではなかったんだろう。
「私も憧れを現実に出来るように、頑張ってきます」
パスタのシーンを語り合い、同じだと思っていたのに違う映画だったと知ったのは、この後すぐ。
星夜の下でスパゲティを食べていてキスしてしまうのも、泥棒と早撃ちが奪い合うように食べている映画もどちらも好きです。
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