生姜焼きはキャベツと共に
この間の怒涛のような時間はその後、来ることはなくて。というか、あれは予定外もいいところだと神様が担当に怒りに行ったんだけど。
のんびりできると思っていた時だったから腰は少し重かったけれど、動き始めてみたらまあいろいろ作れたし、神様とあれこれ連携取って料理作るのもとても楽しかったからいい経験になったとは思う。続けてやって来られると、さすがにレパートリーがなくなってしまうから、事前に連絡をくれるなら、まあ、やってもいいかな、と考えられる程度には。
その時のレシピやらをまとめてノートに書いていたら、ちょっと思う事があって前の分もパラパラとめくっていく。
そうして頭に浮かんだ疑問を、相も変わらずこたつでアイスを幸せそうに頬張っている神様に問いかけた。
「ねえ、神様。やっぱ、年代としてはあたしくらいの人が多いの?」
男女はどちらかといえば女性が多いけど、年代としてはあたしと同じかちょっと上の人が目立った。おじいちゃんおばあちゃんのような年齢の人は来ないし、自分で上手く話せないくらいの子供だっていない。何となく話しやすいなという雰囲気の人はだいたい同年代。
「ここに来るのは、そうだねえ」
「あたし、どちらかといえば和食が多かったからちゃんとに出来てるか、心配なんだけど」
ここに来ない人ならその年代を外した人がいる、と言っているようなものだけど。それを深く教えてはもらえないからきっとそんな言い方をしたんだろう。それならそれで、あたしが利いちゃいけない事だと分かったからこれ以上は聞かないようにするけれど。
それよりも、あたしと同年代ということは、友人から言われていたあたしの食生活の偏りが問題になってくる可能性がある。偏っていたとは思っていなかったから、初めは何の事だか分からなかった。
おばあちゃんと一緒に料理をしていたし、あたし自身も好みが似ていたからか、どうしても教えてもらった料理は和食が多い。まあ、これから食べれなくなるだろうから、と今のところのリクエストでは和食もちょこちょこあるから助かってはいる。
だからこそ、バイト先では洋食を中心に教えてもらっていたし、専門学校も洋食に強い先生がいるところを選んでいた。今後、がっつり洋食のリクエストが来た時に、応えられるかどうか、は最近の悩みだ。前に、呪文のようなメニューを出された時は何もわからなかったし。
「心配するのがそこって、春那らしいと言えばそうなんだけど。どんな料理だって、きちんと作ってくれたらそれでいいんだよ」
「そういうものなんだ?」
「そういうものです。それじゃあ、次もよろしくね」
はいこれ、とひらひら振った紙を渡される。年下だけど、括りとしては同年代。召喚先もどういう基準でこの年代を選んでいるのか分からないけど、勇者とか、聖女とか。あなたには特別な力がある、なんて権力者から言われたらある程度の分別がついてない年頃だったらいいように使える、なんて思われてないといいな。
少なくとも、あたしが料理を提供した人たちがそんな目に遭っていないといいなと祈ることしか出来ないけど、そう思っている。
「こんにちわ! お邪魔します!」
「いらっしゃい。どうぞこちらへ」
「はい!」
案内した席に、きびきびと動いて座ったのは、この前神様から渡された紙に書いてあった少年。短く刈り揃えた髪、浅黒く日に焼けた肌、はっきりしっかり通る声。おまけに担当さんへの態度は先輩を前にした時のようで。
「なんか、体育会系の雰囲気なんだけど」
「間違ってないんじゃない? 彼、野球やってたそうだから」
「へえ、どんな料理が好きなんだろ」
テーブルに案内したから、あたしがキッチンに入って声量を落とせ、ば向こうには何を話しているのか届かない。神様からの追加情報から、よく食べるというイメージが増えた。運動部でも野球って、合宿とかやってご飯たくさん食べるってなにかテレビで見たような気がする。夏とかの大会のドキュメンタリーとかだったのかな。あたしは応援に行く友人にクッキーをあげたりしただけで、無縁だったんだけど。
「お世話になります! 駒場翼です!」
「鈴懸春那です。よろしくお願いします。さっそくだけど、何か食べたい物はありますか?」
お水を持って行きながら話を聞こうと思ったのに、サッと立ち上がって腰を折り曲げてくれた少年、翼くんにあたしも自分の名前を名乗りながら、リクエストを聞いていく。
「肉と米があれば十分です!」
「あはは、何というか、予想通りの答えをありがとう。たくさん食べれるもの、作って来るね」
「ありがとうございます」
ちょっとだけ頬を染めて、お礼を言いながらはにかんだその表情は、実際の年齢よりも幼く見えた。うん、お肉とお米、たらふく食べてもらおうかな。
「肉と米、ねえ。丼でもいいけど、野菜も一緒に食べて欲しいからなあ」
「そんなの出来るの?」
「それが出来ちゃうんです。神様もたぶん気に入ると思うよ」
テレビの合宿だと炊飯器、業務用が何個も並んでいたりしたけれどさすがに、ここにそんな数はない。時間がかかるから、最初にお米を炊いていく。早炊きにすればそんなに待たせることもないだろう。
お味噌汁はさっぱりしたいから、大根とわかめ。みょうが入れてもいいんだけど、好み分かれるから今回はなし。
あたしが気に入る、と言ったからだろうか。メインの材料を用意している間にエプロン着けてやってきた神様に、ボウルとおろし金、それから今日一番大切な食材を手渡す。
「生姜、たくさんすり下ろしてね」
こうやって、とちょっとやって見せたら楽しそうに頷いてくれた。うんうん、ぜひとも頑張ってほしい。あたしは他の作業があるから任せるのであって、決して腕が疲れるとかボウルを押さえる手がしびれるからだとかそんな理由でお願いしたのではないからね。
……あとで、お詫びの品は作ろうと思う。
「そのあいだにキャベツを切って、と……」
どれだけたくさんあっても困らないのは、キャベツの千切り。むしろ、食べている途中で足りなくなるかもしれないから多すぎると思うくらいに用意しておきたい。ポテトサラダも好きだけど、なくてもマヨネーズを添えればいける。だけど、キャベツはあたしのなかでは外せない組み合わせだ。このタレに絡まったキャベツを食べたいがために作る、とは言わないけど。
「春那、終わったよー」
「ありがとう神様。腕、痛くなったでしょ」
「まあまあね。それよりも、こんなにキャベツ切って本当に大丈夫?」
「だいじょーぶ」
ボウルを押さえていた手をぐっと握ったままで背伸びをしている神様は、あたしが切っていたキャベツの量にびっくりしているけれど、これは絶対になくなるはずだ。翼くんは肉と米、としか言わなかったけれど、キャベツとの相性の良さもぜひとも味わってほしい。
「豚肉を焼いて、さっきすってくれた生姜とお砂糖、お酒とみりんにお醤油を合わせたタレで煮詰めて」
「うわ、いい匂い」
じゅわっと肉が焼ける音に、タレを入れると広がるお醤油と生姜の香り。甘辛い匂いだけで、お米が進むのが分かる。匂いが届いたからか、翼くんがそわそわし始めた。そんな様子を担当さんは微笑ましく見ているけれど、その視線はこちらにも向いていて。
「キャベツの上に、お肉乗せたら完成。はい味見」
視線から逃げるようにこそっと背中を向けて、味見用のお肉を神様に差し出す。フライパンからあげたばかりでまだ熱いお肉を我慢しきれないというようにささっと口に運んだ神様が、納得したように頷いた。
「うん、これは米進むわ」
「でしょ? お肉でキャベツ巻いても美味しいから」
試して、という前に翼くんの分はお皿に分けておいて良かったな、と思うくらい神様にもヒットした。まあ、お肉を渡さなければそれ以上キャベツが減ることはないんだけど。
「お待たせしました、豚の生姜焼きです。ご飯もお肉も、おかわりあるから存分にどうぞ」
「あざっす! さっきから良い匂いし過ぎてもう待ちきれなくて。いただきます!」
お肉、それからお米。嬉しそうに頬張った翼くんは、一口目を味わっていたかと思うと、次は大口でお米をかき込み始めた。
「めっちゃくちゃ美味いっす!」
「良かったー!」
お肉とお米、時々思い出したかのようにお味噌汁を飲んでから、ようやく翼くんはキャベツに箸を伸ばした。
たぶん、あんまり食べないだろうなと思ったから一応控えめにしてあるし、好きじゃなかったら食べなくてもいいとは言ってある。
だけど、神様が肉で巻いて食べると美味しいよなんて言ったものだから、目上の人だと思っている手前、試さないといけないと感じたんだろう。
「え、うま……」
思わず漏れただろう、その一言がなにより翼くんの気持ちを表していた。
「でしょ。苦手だって思っていても意外と食べれたりするんだよね」
「俺、野菜嫌いだって言いましたっけ?」
「ううん? だけど、そうじゃないかなあって」
ただ何となく、だったけど当たったようで翼くんは目を丸くしていたけれど、ちょっと恥ずかしそうに笑ってからまた、生姜焼きを食べ始めた。今度は、おかわりしたキャベツも一緒に。
生姜焼きはとても喜んでくれたから、ほとんど残らなかったので神様にはまた作ると約束し、翼くんには口直しのみかんシャーベットを渡す。
綺麗に完食してくれて、来たときみたいに礼儀正しい挨拶を残して翼くんは帰っていった。
食わず嫌いはしないことにする、と笑いながら。
生姜焼きの時は、キャベツをたくさん食べれる気がするのは何故でしょう。
ポテトサラダがないときは、マヨネーズに七味唐辛子をちょっと混ぜるのが好き。
お読みいただきありがとうございます。




