大量依頼は突然に
「春那、これ持って行くよ!」
「ありがと神様ー!」
「す、すいません……」
「そんな事言う暇あるなら動く!」
キッチンはフル稼働、そしてカウンターにいる担当さんは頭を下げようとしたが、それを神様が料理を渡すことで留める。
どうして、こんな忙しなく動き回る羽目になったのか、それはこの担当さんがやって来た時に遡る。
*
「まったりできていいねえ」
「仕事が来るのもちょっと落ち着いたからねえ」
仕事が舞い込んで来ない限り、基本的にここでは自由に過ごしている。神様は呼び出されたり、自分の担当する仕事がないときはお気に入りのこたつにいる事が多いし、あたしはキッチンの掃除をしたり、のんびりとお風呂に入ったりしている。
レンジは使えるから電気は通っているのに、テレビやスマホは使えない。あたしの時間はもう前に進まないから、新しい情報を手に入れる手段、はほとんどない。まあ、あたしの場合はここに来た人が話したことに関してはお咎めなし、という事になっているけれど。
そんなわけで、料理の試作をする、のんびり過ごす、神様とだらだら話す、基本的にあたしの過ごし方ってこのくらい。
「すいません、よろしいですか」
「話聞いてないんだけど……なんだい?」
アイスを食べていた時間を邪魔されたからか、ちょっと不機嫌そうに対応に立った神様。あたしも今日は特に予定がないからのんびりできると聞いていた分、少しだけ動きたくないなあという気持ちでこたつに突っ伏す。
「春那、残念だけど予定変更」
「お仕事?」
「しかも、大量にね」
担当さんがここを訪ねて来る、ということは仕事が入るという事で。分かってはいたから残念な気持ちは押し込めて、こたつから出たのに。神様のすごく嫌そうな表情と、告げられた言葉が理解できずに、首を傾げてしまう。
「え、どういうこと?」
「あの担当の管轄で、学校のクラス一つ召喚されるんだって」
「え、そんなのありなの?」
「滅多にないけど、なくはないな」
今までここに来た人は毎回一人ずつだったから、あんまり気にしたことなかったけれど、二人とか何人かで召喚されるパターンもよくあるらしい。一人で召喚されるより、二人三人と人数が多い方がダメージを分散できるから、癒しが必要になるにしても料理よりも単純な手段で対応出来たりするそうだ。
「もしかして、大量っていうのは……」
「そう。召喚の手段がだいぶ強引だったから、人数多いのに消耗がひどくて。料理を振る舞った方が手っ取り早いと判断したそうだ」
「ちなみに、どの世代で何人くらい?」
クラス一つ、っていうのが小学生だったらそこまで苦労はしないだろうし、逆に大変なのは高校生。人数だって、気になるところ。あたしのところは子供が多かったからクラスはだいたい三十人超えていたし。
「高校生、二十六人だって」
「う、うん……頑張らないといけないやつだ」
食べ盛りの学生、それも自分の予想よりも少なかったけれど、まあまあ多い。そこまで大量の料理を作ったこともなければ、一人でその人数を捌いた経験だってない。
「手伝いって」
「俺だけ、だね。料理を持って行くくらいだったら、まあどうにか出来るかな」
ここの空間、さすがに二十六人も入れはしない。別の場所を用意しているそうで、それはもちろん有難いんだけどそこはただの待機場所だから、料理をするような設備が整っているわけではない。
「それじゃあ、春那。頑張ろうか」
「よろしくお願いします!」
気弱そうな担当さんは、色白の顔からさらに顔色悪くしていたけれど、ゆっくりと頭を下げてから、一度説明してくる、と去って行った。
それを見送ることもせずに、さっとキッチンに走って材料の確認をする。それから、手早く大量に作れそうなものもリストアップしていく。
「うーわー、休みだと思っていたときにこの忙しさはしんどいよー」
とりあえず、色々使えそうなミートソースを作ろうと、ひき肉を深鍋に入れる。炒めるのは神様に任せて、スープを作るためにじゃがいも、にんじん、玉ねぎを一口大に切っていく。
これ、火を通した後に、肉じゃがにもカレーにも、シチューにだって使えるからかなり便利なんだよね。
「春那、あんまり無理はしなくていいからね」
「ありがと。まあ、出来る限りはするよ。何だか楽しくなってきたし」
あたしはバイトだけでまだちゃんとした仕事をしたことはなかったし、別に、仕事大好きという訳じゃない。だけど、この感じはランチタイムが長引いたり、雑誌に載った後にめちゃくちゃ問い合わせが来た時に似ている。手は休みなく動かさないといけないし、頭では何個も同時に考えないと間に合わない。だけど、それを乗り切った時のやりきった気持ちはとても清々しいものだった。
「料理の配膳は、さっきの担当に任せるから。春那と、俺で調理だね」
「頼りにしてるよ、神様」
「指示はよろしくね」
炒めたひき肉に、みじん切りにした玉ねぎときのこを入れて、トマト缶、お水、コンソメ、それからとろみをつけるために小麦粉。しばらく煮込んでから味見をして、ケチャップとかソース、お砂糖とお塩で調えればいい。
パスタと、ゆでたじゃがいもを潰してからソースとチーズをのせて焼けばグラタンにもなる。大皿料理を何個も作って持って行ってもらわないと、たぶん間に合わない。
パンは大量に用意してもらって、バターとジャムは作り置きから出すとして、ご飯系は炒飯にしようかな、お肉入れたら食べごたえあるだろうし。
「卵、茹でておいたよ」
「それじゃあ半分はマヨネーズとあえてくれる? パンに塗れるように」
「もう半分は?」
「切ってサラダの飾りに使うよ」
シーザーサラダだったらレタスとベーコン、卵があれば見栄えもいいだろうし。冷蔵庫に入れておけばさっと出せる。
スープにしようとした鍋はいい感じに煮えてきたから何にしようかな。サラダ、パスタと炒飯しか献立決まってないからこのままスープだな。ベーコンを切ってコーンも入れて、コンソメと一緒に味付けする。
「ちょっと、時間に余裕ありそう?」
「戻ってこないから手間のかかるものは今のうちだよ」
「そうだよね。それなら、揚げ物の用意しちゃおうか」
出来れば、温かいうちに食べて欲しいものだから担当さんが戻ってきてからにしようと思っていたんだけど、出来る準備はしておいていいはずだ。というか、しておかないと後から苦労するのが目に見えている。
「もも肉に、下味つけて」
「こっちの魚は?」
「一口大に切ってくれる?」
お醤油、お酒にちょっとだけごま油、それからにんにく……は控えめにしておこう。適当な大きさに切ったもも肉を袋に入れて調味料をもみ込んでいく。味が染みるまでの間に神様に切ってもらった魚の大きさに合わせて、パプリカ、玉ねぎ、なすを切っていく。
「こっち、あんかけにするから先に揚げようか」
「分かった」
はい、と揚げ物用の準備を終えてくれた神様と場所を交代する。下ごしらえまでは難なくこなす神様だけど、揚げ物の感覚はまだ分からないそうで、担当はあたし。たまに油を使うときは隣で観察しているんだけど、さすがに今日そんな余裕はないから、切った野菜を炒めておいてもらおうかな。
じゅわあっといい音を立てている油と格闘している間に、担当さんが戻って来た。タイミングが良いのか悪いのか、よく分からない。
「冷蔵庫のサラダと、このスープ、運んで」
「わ、分かりました!」
ささっと神様が指示を出してくれたので、あたしはありがたく調理に専念する。揚げた魚は、傷めた野菜と一緒にしてからオイスターソースとお酢、お醤油で作ったあんかけを絡めていく。
炒飯があるなら中華風のおかずが欲しいよね、と思って作ったけど、色合いも良く出来たからこの忙しさの中でも少し、誇らしくなる。
まあ、そんな思いに浸っている暇なんてないんだけど。
「神様、はい味見」
最初に揚げて、ちょっと冷めた唐揚げを神様に差し出した。あたしもさっき食べたけれど、味も染みていたしにんにく控えめにしてもごま油の風味もあるし美味しかった。
「ありがとう。サクサクしてて美味しいね」
「衣に片栗粉も入れてるからね。あとちょっと、頑張ろうね」
オーブンやレンジ、コンロもフル稼働させて料理を作り続けることしばらく。最初に作った分では当然足りず、何度もおかわり要求をされ、そのたびに担当さんに走って持って行ってもらって。デザートに牛乳寒天を作り終えたところで、ようやくもう大丈夫だと声がかかった。
「急に休み潰れたから、しばらくはのんびりしようか」
「あー、うん、さんせーい……」
キッチンで手を動かしていた時には楽しかったのに、今はもう神様と二人、こたつでぐったりだ。いつもと違う状況に興奮していて疲れなんて感じなかったんだろうな。あとは、神様がすごくいいタイミングでサポートしてくれていたっていうのもあるけど。
「神様、すっごいいろいろやってくれてありがとう。おかげで助かった」
「いいんだよ、お礼なんて。俺はこれだって仕事なんだから」
照れたようにふい、と視線を逸らした神様の反応がいつもよりも素直なのは、きっと神様も疲れを感じているからだろう。だっていつもだったらこんなの余裕で取り繕っているもん。
作ったものが残らないのもなんだか残念だったから、味見用と残しておいたものをゆっくりと摘まみながら、たまにはこんな忙しさも悪くはないかな、と少しだけ思った。
大量に作れるミートソースは冷凍しておくと便利。
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