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包んで楽しい餃子

「へえ、さすが手際が良いなあ」


 カウンターに肘をついているから、そんな素振りには見えないけれど、あたしの手元に向いている視線は真剣だ。自分と違う技術を知りたいからなのか、ただの興味なのかは判断がつかない。


「本職の方に言われると……照れますね」

「本職って言ったって、俺はパティシエだったからなあ。甘いもんは作れるが、それ以外には詳しくないし」


 髪を金色に染めていても短く切りそろえているし、身だしなみだってきちんと整えている。どこから見られても清潔だと思うように、と常に気を遣っているのが分かる。そして、それを当たり前だと思っていることも。

 歯を見せて笑う男性は、謙遜しているでもなんでもなく、本当にそうだと思っているんだろう。全く嫌味を感じない笑顔であたしの作業を見続けている。


「専門学校に入る予定だった、ので独学ですよ」

「こんだけ作れれば十分だろう! なあ、俺も手伝ってもいいかな?」


 こちらを見ながらそわそわしているのには気づいていたので、そう言われるかもしれないなとは思っていたけれど、残念ながら決定権はあたしが持っているわけではない。

 作業の手を止めて、カウンターで目を輝かせている男性の後ろ、一緒に来た担当さんとテーブルに座っていた神様に視線を向ける。こちらの話は聞こえていたのだろう、投げた視線にはすぐに答えが返って来た。


「今回は、特別だよ」

「神様ありがとう。それじゃあ、エプロンはこれです」


 あたしよりも年上なのに、ありがとうと喜ぶ男性の姿は、実年齢よりも幼く見えた。エプロンはシンプルな黒いものだけど、それをうきうきと受け取ってサッと身に付ける様子は手慣れていて、流れるように手を洗い、あたしの隣に立った。


「それでは、リクエストにお応えして、餃子作りの再開です」

「よろしくお願いします!」


 男性にお願いして、あたしが切っていた白菜の水気を切っていってもらう。塩をかけてしんなりさせていたけれど、大きなボウルに山盛りにしてある白菜はぎゅっと握ればそれだけ水分が出てくる。ここでしっかり水分を出しておかないとタネが柔らかくなって包みづらくなるし、味だって薄くなる。


「野菜ってこんなに水が出るもんなんだな」

「そうですよー。頑張りましょうね」


 餃子って、たくさん作ったと思っていても何故だか次の日に残ることなく食べきってしまうんだよね。焼きたてのパリッパリにかみつくのがたまらなく美味しくて、箸が止まらなくなっちゃうし。

 神様と、担当さんも食べるとしたら四人分。自分が考えている以上にたくさん作っておかないといけないから必然的に材料も多くなる。途中で足りなくなって悲しくなるのは嫌だからね。


「白菜は終わったので、ニラとネギも切りましょうか」

「白菜と同じ大きさくらい?」

「そうですね。どっちやります?」


 ニラとネギを差し出したら、そっとニラを持っていったので、あたしは残ったネギをまな板に置く。白いところに十字を切るように包丁を入れてから切っていけば、簡単にみじん切りになる。だけど、白菜の量に見合うようにするにはネギだってそれなりに切らないといけない訳で。


「うう、目に染みる……」


 冷やしておいたりとか、口に何か加えていれば大丈夫とか聞いたことはあるんだけど、今のところあたしはあんまり効果を感じたことがないんだよなあ。大量に切らなかったら大丈夫だったんだけど、小さなボウルに山が出来るくらい切ったんだから、耐えきれなかった。手をしっかり洗って、使っていないタオルで顔も洗う。ちょっとだけさっぱりしたから、残りをやりきってしまおうと思ってまな板の前に戻ったら、半分ほど残っていたネギが消えていた。


「目、真っ赤だよ。俺は終わったからこっちは任せて」

「ありがとうございます」


 ここであたしが、と食い下がったところで何一つ良いことはないので素直に甘えておく。その分、切ってもらったニラを白菜のボウルに入れて、もう一度塩をかけておく。ニラからも少し、水分出るからね。それから、味付け用に鶏ガラスープの素、お酒、みりん、お醤油とにんにく、しょうがを混ぜ合わせておく。


「はい、ネギ」

「ありがたく。こっちのボウルに入れてください」


 野菜の準備は出来たので、次は肉。ひき肉にさっき混ぜておいた調味料を加えて粘りが出るまでしっかり混ぜる。

 ここにさっき用意した野菜を入れるので、ボウルは一番大きいものを用意した。なのに、ひき肉だけで半分くらい使ってしまっている。これで野菜を入れたら混ぜるの大変だろうなあ。その後、美味しく食べるためだからこの作業は苦ではないけれど。


「力仕事なら俺の出番だな」

「まあ、あたしよりは力あるでしょうけれど」

「そうじゃなくてもパティシエは力あってなんぼだぞ」


 あたしがひき肉を混ぜているところに、男性がもう一度ぎゅっと水気を絞った野菜を入れてくれる。段々と重くなるへらにちょっと休憩を入れながら混ぜていたらさっさと野菜を全部絞ってくれて、へらを優しくだけど抵抗する間もなく持っていかれた。

 力が必要だと言っていた通り、あたしがやっていた時よりも危な気なく混ぜていくので、ボウルを固定することに集中することにした。


「餃子ってさ、包むの楽しいんだよな」

「いろんな包み方があるみたいなんですけど、あたしはやっぱりこれが落ち着きます」

「おおー! きれいなひだが出来てる! それなら、俺はこうやって、と……」

「うわあ! 手先、器用なんですね。花が咲いたみたい」


 たくさん作ったのなら、その分たくさん包まないといけない。山のように積み上がった餃子の皮がどんどんと形を変えていく。その中でも男性はさすがに器用で、あたしが作る標準的な形の餃子に比べて華やかで、小ぶりなものが出来上がっていく。

 うわあ、すごいなんて感想をただ口にしただけなのに、男性は今までで一番嬉しそうに笑った。


「嬉しい事言ってくれるねえ。これだけは俺の自慢でね」

「あの、差し支えなければでいいんですけど、どんなスイーツを作っていたんですか?」

春那(はるな)


 さっきまで何も言わなかったのに、鋭く飛んできた神様の声に、男性がびっくりしたように目を丸くした。ああ、びっくりさせちゃったな、とも思うし、楽しくなりすぎて失敗しちゃったな、とも思う。向こうが自分から話してくれるならともかく、あたしからここに来た人に料理に関すること以外であれこれ質問するのはあんまりよろしくないというのに。

 手を止めてから、こちらを見ている神様と目を合わせて口を開く。ごめんなさい、という気持ちを込めて。


「うん、分かってる。手伝ってもらうのはこの作業だけで、これ以上は聞かない」

「……僕はちょっとだけ彼の担当に聞きたいことがある。その間、こっちで何をしていようとも聞こえないんだからしょうがない」


 ふい、と視線を外した神様と、そんな様子を見て笑いをこらえているような担当さん。自分で宣言した通り、あたし達の方に目線を上げることなく担当さんと書類を見て打ち合わせのようなものを始めた神様に、気持ちは伝わっているだろうし見えないだろうけど頭を下げる。


「なあ、あれって?」

「直接言えないから、あっちが話している間に済ませろ、と伝えてくれたんだと思います」

「気楽に見えたけど、なんか面倒くさんだな。まあいいや。せっかく時間を作ってもらえたんだ、何を聞きたい?」


 現役のパティシエから話を聞ける機会なんて、滅多にない。しかも、あれこれ聞いていくうちに、男性の事を名前で呼んで、あっちもあたしの名前を呼んでくれるようになった。

 ジュワジュワと餃子の焼ける音に隠れるように、たくさんの話をした。どこで修業したのか、とかパティシエの楽しいこととか。あたしは、まだ独学だったから専門的な内容を勉強していない。パティシエあるあるのような話を聞くのもすごく面白かった。力が必要な理由も。確かにクリームとかすごく重いよね。混ぜるとさらに重くなるし。機械を使っていても腕がどんどん太くなるんだ、と見せてもらった腕は確かにしっかりした筋肉があった。

 あたしの話も、なんだか楽しかったらしい。製菓に夢中になっていたから、いわゆるおかずのような料理はあんまりしていなかったらしい。キッチンの設備は整っていても、スイーツの研究に使う事がほとんどだったから、器具に偏りもある、と。今のコンビニってすごいよな、と笑っていた。


 そんな話をしながらも大量に作ったタネは全部包んだのに、用意した皮は使いきれず。それなら何か別のもの包むか、と思っていたら面白い提案をされた。


(いつき)さん、このカスタードめちゃくちゃ美味しいんですけど」


 ウインナーにチーズ、キムチ、マッシュポテトなんかの簡単なものを用意してもそれでも余った皮で、デザートまで作ってしまおう、という樹さんの提案に、あたしは当然乗った。あたしの手際を褒めてもらったのが申し訳ないくらいの早さで、樹さんは小さなお鍋にいっぱいのカスタードクリームを作ってしまった。

 それから、角切りリンゴとすりリンゴを合わせたフィリングまで。餃子の皮をパイ生地に見立ててさっと作った、と言っているけれど。


「リンゴとの組み合わせが最強で幸せ過ぎる」

「良かったー! 俺、一応それメインでお店出してたからさ」


 ホッとしたように、だけど、自分の味には自信を持っている表情で。自分がこれだと思ったものでその世界で勝負をしていたんだから自信があるのはもちろんなんだけど、カスタードが美味しくて、りんごと組み合わせていたパイのお店、確か話題になっていたところがあったような。


「リンゴと、カスタードで、樹……?

 まさか、え、嘘でしょ!?」


 手元にある、味見用に小さく作ったパイ。それと樹さんの顔を交互に見比べる。悪戯が成功した時のような、にんまりとした笑顔があたしの予想が正解だと告げている。


「しー、春那ちゃん、あっちに気づかれちゃう。俺のレシピ、残してくれる?」

「もちろんです!」


 ふんわりとしたカスタード、甘さ控えめなのにコクがあると話題になって、一度食べてみたいと思っていたお店のパティシエと出会うことだって滅多にない体験なのに。一緒にキッチンに立ってさらにレシピを教えてもらうなんてそんなこと、ここであるなんて思わないだろう。

 そろそろ神様たちが動きそうな気配がするので、手短に聞いたらレシピは門外不出にはしていなくて、お店で一緒に働いていた人なら誰にでも教えているそうだ。美味しいものは皆で食べるから美味しいんだという樹さんの方針で、お店で修業して一人立ちするパティシエへの餞別も兼ねているんだと。だから、あたしにレシピを残すことも何の問題もないからとさらさらとその場で書き残してくれた。


「まあ、こんなところで出会えたのも縁、だからな」


 大量に焼いた餃子は、四人で食べたらやっぱり残る事はなかったけれど。樹さんの作った餃子の皮を使ったパイも好評だった。担当さんと二人、にこやかに帰っていった樹さんはもう何も言う事はなかったけど。

 あたしには、また一つ大切にしたいものが残った。


餃子はお酢と胡椒で食べるのが好き。最近は小さなピザにしても楽しい。


お読みいただきありがとうございます!

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