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2.

「え、真っ白……?」


 ぎゅっと瞑った目を開けて、とびこんできたのはただただ真っ白な空間。


「ああ、目が覚めたんだね」

「誰!? ここ、どこ?」

「はい、まずはこれ飲んで落ち着こうか」


 どこから現れたのか、ちょっと視線を外しただけで目の前に立っていたのは、これもまた白い服に身を包んだ男性。なんだろ、男の人が着るにしてはちょっとふわっとしているというか、ひらひらが多いというか。所々にある金の装飾が、どことなく近寄りがたい人に思わせる。

 色素の薄い髪は、茶色よりも金髪に近い。少しだけ下がった目尻は柔らかい雰囲気を持っているけれど、言われたことには何故だか従ってしまうような響きがあった。

 何もない空間だったのに、目の前の男性が手を差し出した瞬間にはテーブルの上にいいにおいを漂わせる緑茶があった。おばあちゃんとベランダの日が当たるところでよく飲んでいたから紅茶よりも馴染んでいるけれど、この場の雰囲気で緑茶が出てくるなんて思わないでしょうが。


「はい、どうぞ」


 家具も置いてないし、真っ白な箱だって言われても納得するくらいに何もない。あたしが寝ていただろうベッドだっていつの間にかなくなっているし、座っている椅子と肘をついているテーブルだって、白い。そもそも、なんであたし寝ているような事になっていたんだっけ、あれ……?


「待って、あたしあの時……」

「やっぱり覚えているんだね。それ以上、思い出すのはやめておいた方がいい」


 耳に残る甲高い金属音、宙に浮いたあたしの体、いたのは駅のホーム。思い出さなくたって、その先は簡単に想像が出来てしまう。


「だって、あたしこれからおばあちゃんと一緒に、ねえ、なんでよ……!」

「ごめん、それは答えられない」


 目の前の男性が誰だろうと、無関係だというのは分かっている。だけど、そんな簡単に感情を整理できるほど、大人じゃない。

 久しぶりに、大声をあげて泣いた。人前だとか、恥ずかしいとかそんなのはどこかにいってしまって。ただ、自分がもうあの場所に帰れることはないと、おばあちゃんとの約束も、母親に背中を押してもらった夢も、叶うことはないのだと。理解してしまったから。


「落ち着いたかな」

「スッキリは、しました。納得するかと聞かれたら答えられないけど」


 真っ白な空間だから、時間の経過は分からない。だけど、差し出してくれたタオルはぐしょぐしょに濡れているし、声はガラガラだからきっとそこそこの時間は経っているはずだ。あたしが落ち着くまで待っていてくれた男性からかけられた声に、ようやくまともに返事をすることが出来た。


「そう。それじゃあ、話をしようか」

「話?」

鈴懸 春那(すずかけ はるな)。将来の夢は自分のお店を出して、そこで料理を作ること」

「なんで、あたしの名前!」


 にっこりと、さっきよりも笑みを深めた男性の口から出て来たのは、この場で一度も話していないあたしの名前、それから夢。


「まずは、質問に答えていこうかな」


 それから、たくさん話をした。

 あたしが泣きわめいている間、ずっと目の前で見守ってくれていたこの男性、なんと神様だそうだ。


「見えない? よく言われるからそれっぽい口調に直してるんだよ」

「普通に話したら?」

「え、なになに春那ってば俺のことが気になっちゃう?」


 ちょっとだけ興味が出て聞いてみたけれど、口調が変わっただけでさっきまでの空気が変わって軽いノリのお兄さん、になってしまったのは、どうしてだろうか。聞いたあたしが悪いのか。


「今まで通りの方が神様っぽい」

「ほらー、みんなそう言うんだってー。ま、どっちでもいいけどさ」


 こんな口調で話してくるものだから、初めに感じていたこの場所の息苦しさとか、窮屈な気持ちは、あまり感じなくなっていた。だから、あたしも気兼ねなく疑問に思ったことを尋ねることが出来た。


「なんでここ、真っ白にしてるの?」

「異世界転生、知ってる?」


 最近流行ってるんだよね、なんて言われたけれど料理に関する本ならともかく、あまり他のことに詳しく調べるような事をしていなかったから、流行っていると言われてもいまいちピンとこない。


「あ、うん。分かってた。初めから説明するね」

「お手数おかけします……」


 テーブルに手をついて、深く頭を下げた。流行っているというのなら、きっとそれだけで説明をしなくても済むはずだったんだろう。

 そうして、いろいろと例を出されながら説明されたけれど、最後の方にはただ頷くだけになってしまっていた、と思う。だけど、異世界で記憶を持ったまま新しい生を迎える、というのが流行っている、というのは物語の世界の話だけじゃないのか。

 そうなると、あたしが今ここにいるのもその、異世界転生、になるんだろうか。


「それでだ、春那。ものは相談なんだけど」


 自分がどうしてここで神様とのんびりお茶をしながら話をしているのか、と考えていたら少しだけ反応するのが遅くなった。慌てて顔を上げたけれど、神様はさっきまでの目尻を下げた笑みを消して、すっと真面目な顔をしてあたしの方を見ていた。


「君の料理、ここで出してみない?」


 真っ白なこの場所は、転生する前に傷ついた魂を休める場所なのだということで、刺激になるようなものを極力なくしていったらこのようになったらしい。ただただ白いだけだから逆に構えてしまうような気もするけれど、神様がここに呼び出した魂は、安らぎを感じるそうだ。

 だけど、ただ休んでいるだけでは回復が遅く、世界に求められている時期に間に合わなくなってしまうので、少しでも早く回復できるような手段を探していたそうだ。


「僕の権限で、それなりの物ならこの場に用意できる。もちろん、君が望むのなら」

「やる」

「うわあ、思っていた以上に早い返事」


 そう言いながらも楽しそうに笑っている神様の表情につられるように、あたしの顔にも笑みが浮かぶ。だって、もう出来ないと思ったことが出来るチャンスが、目の前にある。


「あたしの夢、叶わないままで終わらせたくないの」

「それでこそ、ここに連れてきたかいがある」

「何か言った?」

「んー? 助かるなって言ったんだよ」


 真面目な顔はすぐにどこかにいってしまって、さっきまでの笑い方に戻ってしまったけれど、言っていることに嘘はない。都合の悪いことを黙っている、という可能性も考えたけれど、今のあたしの状態よりも悪くなることなんて、ないだろう。


「それじゃあ、春那。これからよろしくね」


 思い描いていたような状況ではないけれど、あたしの料理を出す機会に恵まれたのだ。喜んでもらえるように、全力を尽くすだけ。



お読みいただきありがとうございます。

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