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ふわっとスフレパンケーキ

「ねえ、春那(はるな)。見た目ってそんなに大事?」

「はい?」


 見た目だけなら最上級だと言ったって誰も疑うことのない美貌を持っている人が、いったい何を言っているんだろうか。

 思わず目を細めてそんな爆弾発言をしてくれた神様を見たが、当の本人はあたしの表情に気づくと慌てて両手を横に振った。


「違う違う! えーっと、見た目でこれが好きなのはおかしい、とか言われるんでしょ?」

「ああ、見た目で好みを判断されるってやつですか」

「それだ」


 実は、近所にお裾分けに行った時に何度か体験している。一時期洋菓子作りに凝ったおばあちゃんがあたしが好んで食べそうなスイーツをたくさん、それはもう食べきれないくらい作ってくれたことがある。

 レシピの関係上、ケーキはホールだし、サブレだって十枚単位のものしか載っていなかった。しょうがないといえばそうなんだけど、母親はほとんど食べるタイミングがなかったから基本食べるのはおばあちゃんと二人、といってもおばあちゃんはどちらかといえば和菓子の方が好み。当然、作った側だけでは消費しきれずに近所に食べてもらおうと配り回った。

 その時に、よく言われたのだ。春那ちゃん、こんなに手の込んだものまで作れるようになったのね、と。

 おばあちゃんが作ったのだと説明すれば笑っていたけど、驚いたように目を丸くしていた人だって少なくない。実際、おばあちゃんからのお裾分けは和食がほとんどだったから。

 まあ、一度知ったら今度はどっちが作ったのか、なんてクイズにされていたくらいだけど。


「春那がそういうことしないってのは、今までで分かっているけど。念のためね」

「そういう人が次に来るって事?」

「そんな感じ。びっくりしないでね」


 神様からあたしに教えられるのは、ここに来る人の名前と性別だけ。だから、ハッキリと言い切る事はしないけど今回のは答えを教えてくれているのと同じだと思う。ついている担当さんによって、その辺の対応はかなり変わる。神様に事前に話を通してあるというとは、それだけ次に来る人の事を心配しているんだろう。

 一体どんな人が来るんだろうと想像しながら過ごしていると、あっという間にその日がやって来た。


「初めまして。お世話になります」

「初めまして、こちらこそよろしくお願いします」


 入って来るなり、直角に腰を折った男性が、その態度と同じくらい礼儀正しい挨拶をしてくれた。はきはきとした口調に少しだけ上げた口角が、体の大きさからくる威圧感を和らげてくれる。

 担当さんも同じような笑みを浮かべているし、この二人の関係は悪くなさそうだ。それなら、一緒のテーブルに案内しても問題ないだろう。

 いたんだよね、お互いに関わりたくないと思っているだろうなというのが丸わかりの態度でいた人達も。テーブルでも落ち着いて二人で会話をしているのを神様も見ているし、それっぽいことは何も言われていないからこのままでいいはずだ。


「何か食べたい物、ありますか?」

「あの、笑わないで聞いていただけますか」

「ええもちろん」


 薄く切ったレモンとミントを入れたピッチャーを持って行きながら、リクエストを聞く。男性はちょっと恥ずかしそうにしていたけれど、あたしが質問に迷うことなく答えたことで、少しだけ肩の力を抜いたようだった。


「パンケーキ、を作っていただきたいのです」

「どんなパンケーキか、詳細を聞いてもいいですか?」

「詳細? パンケーキ、だけじゃダメなのかい?」

「だって神様、一口にパンケーキって言ったっていろいろあるもの。ふわふわがいいのか、しっかり焼き色ついてたほうがいいのか、とか。何枚重ねるかも大事よ」


 首を傾げた神様に、あれこれ説明しながらもあたしが知っているパンケーキ、を並べていく。改めていろんな種類があるんだなとは思うし、生地に味付けたりデコレーションしたりと焼いた後にも変化を加えられるんだから、いくらでもアレンジが利く。スイーツとしても、食事としても楽しめるし。


「スフレ、は出来ますか。それを二つ……」

「お店で出せるレベルのものじゃなくてもいいなら、できます」

「それでお願いします! 一度食べてみたかったんですけど、この見た目でお店に入るのは勇気がいりまして……」


 思っていた以上に食いつきが良かったのは、本人も分かったみたいだ。さっきからずっと恥ずかしそうにしていたけれど、担当さんはもちろん、あたしと神様だって男性が何を言っても笑ったり冷やかしたりしていないからか、パンケーキ、と言ってからずっと俯きがちだった視線をようやく上げてくれた。


「何か運動でもされていたんですか?」

「学生の頃にラグビーを少々。おかげで体はしっかり作れましたが」


 肩幅もしっかりしていて、足もスーツの上からでも分かるくらい筋肉がパンパンだ。元々よく焼けていただろうと感じさせる肌。あたしが最初に威圧感があるように思ったのだって、その体付きが主な理由だろう。

 前に神様が言っていたことは本人も分かっているみたいだし、食べたい物を口に出すことだって、きっとからかわれたことがあるのだろう。

 好きな物を食べたいだけなのに、見た目と合わないと言われたらそりゃあ遠慮がちになりますよね。ここに来てくれた以上、そんなことはさせませんから。そんな思いを込めて、あたしはにっこりと笑顔を浮かべた。


「スフレパンケーキ、二段重ねですね。お待ちください」

「よろしくお願いします」


 とりあえず、と出来上がるまでの繋ぎとしていつものクッキーをお皿に並べて置いていく。ピッチャーにはお水満タンに入れてあるし、クッキーを食べきるまでには作れるだろう。

 なにせ、材料は思っているほど多くない。卵と薄力粉、そしてグラニュー糖にベーキングパウダー、牛乳。ベーキングパウダー以外は家にある材料がほとんどだからプリンと同じように思い立ったらすぐに作れるんだけど、焼くまでにいろいろと頑張らないといけないところがあるだけだ。

 まずはお湯を沸かして、ベーキングパウダーと薄力粉を合わせて一度振るっておく。あとは、フライパンに油を馴染ませておくか。

 当たり前のようにエプロンを着けてキッチンに一緒に入って来た神様が、興味深そうに手元を覗き込んでいる。


「まずは卵を分けるでしょ」

「分ける?」

「卵白と卵黄に分けるの。こうやってね」


 卵を割って、その殻を使って卵黄だけをうまく転がしていく。殻から漏れた卵白は下に置いたボウルが受け止めてくれるから、卵黄を傷つけない事だけ気にしていればいい。ペットボトル使うと簡単だよなんて言われたけど、殻を使って分けるやり方に慣れたあたしには、そっちの方が難しかった。


「器用なもんだね」

「初めは卵黄を潰したけどね。おかずの卵焼きが良く増えたのよ」


 分けた卵黄には、牛乳と合わせておいたベーキングパウダーと薄力粉を振るっていく。粉っぽさが無くなるまでよく混ぜておけば、こちらはちょっとお休みだ。

 次にやるのは卵白。これから頑張らないといけないんだけど、ハンドミキサーがあればだいぶ楽は出来る。グラニュー糖を分けて入れるたびに、どんどん固く重くなるメレンゲをしっかり作らないといけないから、大変な作業であることに変わりないけど。メレンゲの出来でこのあとの食感が決まるんだから、手を抜くつもりはない。


「おお、ふわふわだ」

「焼いてもふわふわだから、楽しみにしてて」


 しっかり立てたメレンゲにさっき休ませていた生地ををざっくりと混ぜれば、ところどころにメレンゲが残っている。全体的に綺麗に混ぜるのではなく、この方が焼き上がりにふわふわが残るんだから不思議なものだ。

 深めのフライパンを温めて、生地をこんもり盛るように置いていく。広げ過ぎでもひっくり返すのが大変だから、フライ返しに乗せられる程度の大きさに。

 この時にあんまり火を強くすると表面だけ焦げてしまうので、注意が必要だ。そうして沸かしておいたお湯を少し入れて、弱火でじっくり蒸し焼きにするために蓋をする。透明な蓋だと、焼き加減が良く見えるのでやりやすい。そこに焼き色がついたらひっくり返して、同じようにお湯を入れて焼いていく。両面に良い色がついて、側面に触れても生地がくっついてこなければ焼き上がりだ。


「神様、お皿をお願い」

「りょうかーい。これでいいかな」

「ばっちり! さすがです」


 せっかくふんわりと焼き上がったから、上ではなくて横に並べるようにして少しだけ縁を重ねていく。

 神様が用意してくれた正方形のお皿にパンケーキを二枚、それから切ったバターを添えて、メープルシロップは好きにかけられるように瓶で持っていこう。ちょっと飾り付けようかと思ったけど、上手く焼けたからこれはシンプルに味わってもらった方がいいだろう。粉砂糖を少しだけ振るえば、綺麗に焼けたところに白が映える。


「お待たせしました」

「うわあ……、素敵ですね。いただきます」

「バターとシロップはお好みでどうぞ」


 目をキラキラさせた男性がスッとパンケーキにナイフを入れると、とろんとした断面からふわっと湯気が上る。担当さんも観察するようにパンケーキを見ているけど、男性はその様子に気づくことなく切り分けたパンケーキを口に運んだ。


「美味しい!」

「良かったです。お二人もどうぞ」


 ちゃっかりとテーブルについていた神様、そして担当さんにもパンケーキを渡す。二人には一枚ずつだ。まだ生地は残っているから、足りなかったら焼けばいいんだけど。あとからあたしの分も焼く予定だし。


「おもしろいね、これ。口の中でなくなっていく」

「でしょ? クリームも合うのよ」


 その一言に、神様だけでなく男性も反応したので、キッチンに戻って急いで生クリームを泡立てる。小さいカップに入れてそれぞれの前に出していけば、全員が違った反応を返してくれた。

 もちろん、一番喜んでいたのは男性だった。パンケーキが好きならばトッピングのクリームを思いつかないはずはないだろうに、遠慮していたのかもしれない。それなら、とついでとばかりに溶かしたチョコ、簡単に用意できる果物も切って出していけば、男性はそのどれもを嬉しそうに食べてくれた。


「ありがとうございました、本当に。こんなに食べられて幸せです」


 三回ほどお代わりをして、用意したトッピングも全部使いきってくれた男性は、満足そうな笑顔を見せてくれた。甘い物続きだからと途中でお水からスープに変えたけど、しょっぱいものを出したのはそれだけだ。

 何を出しても美味しいと言ってくれるから、とあたしも調子に乗った自覚はあったけど、それ以上に何かを出すたびに男性がとても喜んでくれたのだ。隣の担当さんもずっと微笑んでいたし、神様も見ているだけだった。だからこそあたしと男性を止める人がいなかったんだけど。


「今まで我慢してきた分、とは言えませんけど」

「おかげで今こうして、美味しいパンケーキが食べられました」


 男性からしたら我慢した、とは思っていないのかもしれないけど、どこかできっと無理はしていたはずだ。それでもこうして今、パンケーキを食べて笑顔になってくれて、幸せだと思ってもらえる手伝いが出来たことが、嬉しい。


「いってらっしゃい。好きなものが自由に食べられる世界でありますように」


 だからこそ、願ってしまう。次があるのだから好きなことを、好きなものを誰からも咎められなく生きられる場所でありますようにと。

 出ていく前に一度振り返った男性は、あたしの言葉に応えるように、一番の笑顔を見せてくれた。



シンプルにバターも好きだし、ジャムを添えるのも好き。つまり、なんでも美味しい。


お読みいただきありがとうございます。

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