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番外編 お手軽カップラーメン

神様目線。

イラッとした時の解消法、人それぞれありますが今回は。

短めです。

「お粗末さまでした。どうぞ、お気をつけて」


 いつものように癒す必要のある魂を連れて来て、希望の料理を出す。そして、見送るときの言葉はその人ごとに変えているのに、今回に限っては決まった文章を読み上げているだけのような、感情のこもらない言葉。

 まあ、そうなる理由は俺にだって薄々どころじゃなく、ほぼ確実にこれだろうというものが分かる。


「あーー! もう! なんなのよ!」

「は、春那(はるな)……?」


 貼り付けた笑顔と、棒読みの言葉。それも、さっきまでの男がいなくなって姿が見えなくなった瞬間に春那は速攻で投げ捨てた。あまりの早さに、こっちがびっくりしたんだけど。


「何が『ママの味付けは最高だったんだよ』だっての! 作る人が違うんだから、違う味になって当然でしょうが!」

「ああ、やっぱりそこか」

「そんな事言いながらしっかり完食してるくせにー!」


 文句を言うなら食べるな、なんて本人に言えるはずがないからこうしていなくなってから口にしているんだろうけど。仕事だと俺からも言っているし、春那本人もそう思っている以上今までの態度は間違いなく正しい。だけど、気持ちは収まらないのだろう。


「神様!」

「はい!」


 いつもよりも荒っぽい手つきだったけど、ちゃんとに使った食器類も片づけて、シンク周りも綺麗にした春那が、こちらに振り向いた。それはいいんだけど、なんだか春那、いつもと違う目つきに見えるのは気のせいじゃないような。


「こういうときは、アレに限ります!」

「あれ?」

「だから神様お願いね!」


 うん。そう言われて春那の思い描いた物が、自分の頭にも次から次へと流れてくる。映像がバーッと流れていく中で、必要な情報を選び取っていくのには慣れているんだけど、ちょっとばかり多くない、か?


「これよこれー! ふふ、ここにいる限りカロリーなんて気にしなくていいのは素敵よね……」


 呼び出したものを両手で持って大切そうに頬ずりをしている春那。かろりーというのは知識としては知っていても実際に自分にどんな影響があるのかは知らない、というか興味がない。

 俺たちには春那のいう食事、睡眠、そういうものは必要ない。だけど、春那と共に過ごすようになって俺は食事の楽しさを知った。

 これは、知識だけでは文字通り味わえなかったものだ。その楽しさを教えてくれた春那は、大量に呼び出したものを抱え込んで、さっきまでの不機嫌さがまるで嘘のように飛び跳ねて喜んでいる。


「それじゃあ神様、あたし準備してくるから選んでおいて!」

「選ぶって、あ、行っちゃった」


 上機嫌でキッチンに戻っていった春那、選んでおいてって言いながらもまだまだ頭の中の映像が止まる気配がない。一体どれだけ思い浮かべているんだろうかと苦笑が漏れるけど、それだけの苛立ちを我慢していたのかと思えばまあしょうがないかとも感じる。それくらい、さっきまでの男の態度は酷かった。


 春那には伝えていないけど、あの男の次の世界での役割は、噛ませ犬。幼なじみである勇者の踏み台とでも言えばいいのだろうか。無意識に人を見下す態度を取るから、幼なじみが勇者に選ばれても自分の方が強いという意識を変えられず、最終的に無謀な相手に戦いを挑んで退場するという役割だ。

 勇者が成長するのには必要な犠牲で、転生した男が考えを変えて自分も努力するようになるのなら、勇者の背中を預ける存在として生きる道も用意はされている。あの担当と、男。二人のここでの様子を見るに、そうはならないだろうけど。


「俺もまあ、苛立ってたけどな」


 連れて来た担当も、春那に料理だけ出せばいいみたいな感じの態度を取っていたから、俺の事を聞いていないのかもしれない。一応、そこそこ上位にいると自負はしているんだけど。部署が違っても名前は通っていると思っていたのに、珍しく強気な態度を崩さない奴だったからそれはそれで面白いけど。もちろん、俺の事を知った時の反応が。


「それで選ぶって、どんなんだろ」

「お待たせー! いろいろ持って来たけど、決まった?」


 トレイに乗せて来たのは、たくさんの小皿。テーブルにどんと置いて、真ん中にはお湯を出すケトル?

 小皿にはなんだかたくさんの食材が乗っているけど、それを見たってどう使うのかは、俺に見当がつくはずもなく。


「ねえ春那、選ぶって言われても俺よく分からないんだけど」

「あ、そうか。神様、カップラーメンって初めて?」

「うん」


 知識はあるけど、実物を見るのはもちろん、手に取るのも初めてだ。こうやって、春那が詳細に思い描いてくれないと俺の力で呼び出すことは出来ないんだから。

 その中で何となく味とか、食感とかも想像がつくけれど俺にとっては未知の料理、になるんだろうか、これ。


「お湯を入れて、だいたい三分待てばラーメンが出来る。お手軽ストレス発散法だよ」

「それが、どうしてストレス発散に繋がるのか分からないんだけど」


 作り方は分かった。この蓋をめくって、内側の線のところまでお湯を入れる。そうして待っていればラーメンが出来る、というんだね。お手軽というのは分かったけど、どうしてストレス発散?


「ん? なんか、自分の欲望のままにご飯食べてるなーって感じするでしょ?」

「そういうもの?」

「そういうものです。さあさあ、選んでー」


 にこにこと笑顔のまま選んでいる春那には、もはや目の前に山のようになったカップラーメンからどれを最初に食べようかという考えしかない。

 その切り替えの早さに、単純だなという感想を抱いたけれど言葉にしたらまた機嫌が急降下してしまうのは明らかなので。


「俺は、この赤いのが気になるな」

「一個目からそれにいくなんて、神様やるなー!

 ……後悔しないでね?」

「え、料理なんだよね……?」


 真っ赤な見た目に興味を惹かれて手に取ったけれど、蓋を開けたら香辛料の香りがぶわっと広がった。お湯を入れてくれた春那が、手渡してきたときににこにこしていた顔から何か企んでいるような顔に変わっていたのは、ばっちり確認した。


「小さいカップで出してもらってるから、食べきれると思うよ」


 春那も自分で選んだラーメンにお湯を入れている。どっちも三分待てば出来上がると書いてあるので、その間は他愛もない会話をしながら待つことにした。


「はい、それじゃいただきまーす!」

「いただきます」


 春那は最初はシンプルにしよう、なんて言ってたからどれがどんな味なのか分かっているんだろう。俺の選んだラーメンを見て告げてきた言葉の意味を知るのは、一口目を口に入れてから。


「っ!」

「辛いよね、それ……」

「なん、これ! うわあ、ピリピリする……」


 真っ赤なスープに真っ赤な麺。香辛料の香りはそのまま刺激となって口の中に広がっていく。これも、知っているだけだったなあ、なんてどこか冷静な考えも浮かぶけれど、体は正直に反応してじわっと視界が滲む。自分の限界の辛さを超えると涙が出て来るなんて、初めて知った。


「チーズ入れると、少しは食べやすくなると思うよ」

「そういうことか……」


 開いて空気が通ることすら刺激だと感じるくらいひりひりした口、だけど落ち着くと何故だか次が食べたくなるという不思議な感覚。

 そして、さっき春那が大量に持って来た小皿は、こうやって味を変えたりするのに使える食材だと知った。


「神様! 次はどれにする?」

「……辛くないのが良いな」


 笑いながらも、これがいいよと選んでくれたのは、お湯ではなくて温めた牛乳で作ったもの。その組み合わせはありなのかと思ったけれど、食べてみたら想像以上に優しい味わいで、あっという間に食べてしまった。

 自分が、こうして誰かと共に過ごすことを、心穏やかな時間を送れることを受け入れている自分の変化に、それも悪くないと思いながら食べたラーメンは、恐らく忘れることはないだろう。

 そう思えば、あの男の失礼な態度も許せるような気がして。三個目のラーメンに手を伸ばした。



常備しています、各種カップラーメン。

袋麺も好き。作る気が起きない時、何もやりたくない時に大変お役立ち。


お読みいただきありがとうございます。

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