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憧れランチ・前

前後で続きもの。


春那(はるな)、今日また来るって」

「了解ですー! 焼き菓子多めに作りますね」

「いつもありがとう」


 おやつを気に入った担当さん、顔を出すのが事前に分かっている時は神様に一言伝えているみたいだ。こうやって来ると先に伝えておけば、おやつが少し豪華になると気づいたとも言う。

 前にふらっと立ち寄りました、みたいな時にはちょうど何もなくて、神様に慌ててカステラを用意してもらった。それはそれで美味しいと言っていたけれど、間違いなく物足りなかったんだろう。神様のように整ってはいるけれど表情が分かりやすい担当さんは、明らかに気落ちしていた。

 普段の姿からは想像できなかったその時の様子に、なんだかこう、罪悪感というか申し訳ない気持ちがむくむくと湧き上がってしまったので、神様にさりげなく前もって言ってくれたら準備できるんだけど、と伝わるようにしてもらったのだけれど。即座に反応してきたので、こうも効果があるとは思わなかった。

 そうして、申告通りに現れた担当さんは、いつものお茶とおやつを楽しみにしているような笑顔ではなくて、難しい顔をしていた。



「変な事を聞いて申し訳ないのですが」

「落ち込んだ女性を慰めるのは、どうすればよいのでしょうか」

「……はい?」


 お茶を出した手が、思わず止まる。難しい顔をしていた理由、予想外だわ。神様含めて、ここにいる人達がそういった感情を持っていたこともあんまり感じていなかったから。

 担当さんはそのままお茶を一口飲んでから、組んだ指におでこを乗せて俯いてしまったけれど、その隣に座っていた神様が、あたしの気持ちを呼んだように、苦笑しながら口を開いた。


「彼の担当じゃないけれど、一人ね。どうにも、このまま何もしないと消滅しそうなのを保護しているんだよ」


 ああ、恋愛のもつれではなかったのか。その手の話に対してアドバイスする程の経験をしていないから少しだけ安心したけど、言われたことを理解したら、背中に冷たいものが走った。

 ここで保護をしているのなら、きっとその人は次の世界で役割を担わないといけない人。なのに、消滅というのはどういうことだろうか。


「こっちも消滅させたくないから、手は尽くしているんだけどね」

「ですが、どうにも我らは感覚が違う。知っているつもりでしたがこうも時間がかかってしまうと……」


 魂が消滅してしまうと、異世界であろうがなかろうが転生の輪、というものから外れてしまうらしい。そうなるとその人が積み重ねた記憶とか、感情とかいろいろなものが無くなってしまうので世界にとっては損失になるそうだ。

 そうさせないために魂の傷を癒すために様々な手段が用意されているらしく、だけどそれをもってしても保護している人は回復していないと。

 担当さん本人も分かっているけれど、あたしと感覚が違うと感じることは今までもあった。それはしょうがないことだろうけど、なかなか埋められることではない。だからこそ、担当さんも苦労しているんだから。


「それなら、お菓子少し持って帰れませんか?」


 担当さんが来るから、と焼き菓子は多めに作ってある。いつもあるのはクッキー。今日はパウンドケーキもあるから包めばちょっとしたお持たせにはなる。疲れた時に甘い物はたぶん有効な手段だろうし。

 あたしとしては自分の出来る中ではいい手段だと思ったんだけど、それを担当さんも神様も思いついていないはずはなく。二人してクッキーをかじっているのに、苦いものを食べた時みたいな顔をしている。


「服に隠せば可能でしょうが、難しいのでは」

「ああ。それなら僕が言ったことにして、ここに連れておいで」

「ですが」

「君は僕と部署が違うけれど、逆らえない。そうだろう?」


 言葉が少ないのは、あたしがいるからだろうか。担当さんがその中からでもちゃんと意味を汲み取れる人だからこそ、成立しているんだろうけど。

 そして恐らく、あたしが作ったものをここから持ち出すことはあまりよろしくないようだ。まあ、外がどうなっているのかは知らないけれど、神様を訪ねてくる人がだいたい決まった顔つきなのも理由のひとつかもしれない。


「……分かりました。では、この後すぐに」

「頼んだよ」


 珍しく出したお菓子を残して席を立った担当さんに、労わるような声をかける神様。だけど、その顔には何の感情も浮かんでいない。


「神様、いいの?」

「いいのいいの。たまには、“神様”らしく自己中心的に振る舞わなきゃね?」


 ひらひらと片手を軽く振って答えてくれる神様、さっきと打って変わってにこやかな笑顔を浮かべているその姿に、初めと同じようにノリが軽いな、と思ったけれど。言葉の裏には神様なりに思う事があって、そこには分かりづらい優しさがあるのだと最近になってようやく読み取れるようになった。


「俺は、連れてくるまでしか出来ない。どんな状態なのかは報告を聞いているけど、回復できるかどうかは、春那に任せるしかない」

「分かりました。やれる限りの事はしてみせます。神様にしか出来ること、やってくれたんでしょ?」

「ああ、助かるよ」


 そうして、担当さんに連れられてきたのは、確かにこれはまずい、と一目で分かるくらい憔悴した女性。肩より少し伸びた黒髪は、後ろで一本に結んであるがそれだってただまとめただけ、という感じで梳いていないんじゃないだろうか。目元は赤く、恐らく泣いていただろうに隈はハッキリと見て取れる。シンプルなシャツとパンツはところどころ泥で汚れているし、小さな穴が開いたり裾が解れたりしている。

 担当さんに肩を支えられてこの空間にやって来た女性は、辺りを伺っていた視線をすぐに下げてしまった。


「ここの説明はしてあります。気分転換に、と来ていただいたのですが」

「そうだね。せっかく来たんだ、お茶くらいはいかがかな?」

「……いえ、わたしは……」

「飲みたくなったら、どうぞ。これなら冷めても美味しいですよ」


 個人的に、温かい麦茶の香りってなんだかホッとするんだよね。紅茶や緑茶も好きだけど、温かいまま飲むつもりだったらともかく、もしかしたら手を付けられないかもしれないなら、時間を置いても気にせず飲めるお茶の方がいいだろう。

 担当さんに促されて椅子には座ってくれたけど、お茶に手を付ける様子はない。膝の上でぎゅっと握った拳は固く、そう簡単にほどけないだろう。

 あたしには女性がどうやってここに来て、どんな次の世界が待っているのかを聞くことは出来ない。出来るのは料理を出すこと、それなら。


「何か食べたくなったら、教えてください」


 こういう時は何を言っても響かない。女性の気分が変わって何かを食べたいと思った時のために料理を作るだけだ。それに、担当さんと神様は女性がどうしようが食べるだろうし。こういう時に感覚の違いって出るなと実感するけど、その姿につられて女性もお茶に手を伸ばしてくれないかなとも思う。


「お腹に優しいもの、スープかなあ」


 風邪をひいた時の定番はお粥だったけれど、神様と担当さんにはあっさりメニューだろう。それならスープを作って、食べ応えのある物を追加すればいい。そうと決まれば野菜を保管してあるところからきゃべつ、じゃがいも、人参、玉ねぎを持って来よう。それから、とうもろこしも使いたい。


「手伝うよ」

「ありがとう。一緒にいなくていいの?」


 ちらりと様子を伺ったけれど、まだ女性は椅子に座ったままだし、担当さんはその隣でどう言葉をかけるべきか悩んでいるようだ。

 そんな状況で神様がいれば、会話の糸口くらいは簡単に作れるでしょうに。


「見た目で圧倒しちゃうでしょ。いない方がいいの」

「自分から言える事じゃないよね。確かにその通りなんだけど」

「動いていたら気になるだろうからね」


 ここに来てからほとんど上がらない視線。理由がどうであれ、神様だって気にはしているんだろう。それで、自分の出来る範囲でやれることを考えてくれた結果が、この行動なわけで。

 自分の顔が整っているのも分かっているから、近くにいたら緊張してしまうのも、動いていたら気になってしまうというのも間違いではない。


「それなら、皮むきお願いできる?」

「仕方ないな」


 口ではそう言いながらも、さっとエプロンを着けたので人参とピーラーを渡す。包丁は、あんまり得意ではなさそうだったから。練習したいとは言っていたけれど、さすがに今のタイミングではないのは分かっている。

 神様に人参の皮をむいてもらっている間に、あたしはじゃがいもの皮をむいていく。丸いから、ピーラーだと手を切ってしまいそうになるんだよね。人参は真っすぐだからやりやすいはずだ。

 皮をむき終わったじゃがいもは一口大に切って、お鍋に入れる。きゃべつは適当な大きさにざくざくと。火が通ればくったりしてかさが減るから、ちょっと大きくても問題ない。


「はい、春那」

「わ、綺麗にむいてくれてありがとう。神様」


 とうもろこしは芯から身を削いでバラバラにしてあるから、一口大に切った人参と一緒にお鍋へ。水とコンソメを入れてから火をかけて、しばらく煮込む。ウインナーは用意してあるから、こっちはちょっと放置だ。


「その間に、玉ねぎを切ってっと」


 トロトロにしたいから、なるべく早く火が通るように薄くスライスしていく。さっきのお鍋の隣にもう一つ用意してもらって、そこにバターを落とす。溶けたバターで玉ねぎを炒めて、透明になったくらいでクリームのコーン缶と、さっき削いだとうもろこし、牛乳を入れてコンソメと塩コショウで味付けをしていく。

 時間がなければクリーム缶と牛乳だけでも出来るんだけど、玉ねぎを使うやり方でずっと作っていたからか、何となく手に取ってしまう。とうもろこしを入れるのは、単純に食感が好き。クルトンとか、とろりとしたスープの中にある歯ごたえのあるものって余計に美味しく感じるんだよね。


「こっちは何にするの?」

「コーンスープにするよ。ポトフは、具材が大きいから」

「ああ、そういうこと」


 食事をしなくても、ここでは生きていける。だから食べていなかった胃が驚く、というのも顎が疲れるというのもないのかもしれないけれど。あとは、匂いが違うから、どっちかに反応してくれないかなという願望もある。

 コーンスープを沸騰させないようにして、ウインナーを入れたポトフも同じように弱火にかける。

 さて、様子はどうだろうか。

スープだけでは終わりません。憧れのランチ、なので。


お読みいただきありがとうございます。

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