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気持ちも握って

イラつき展開です。

「転生、キターー!!」

「!?」


 その時、あたしは初めて転生を望んでいる人もいるのだと知った。



 *



春那(はるな)、楽しそうだね」

「うん、楽しい。あ、お代わりは?」


 今日のご飯は親子丼。卵と鶏肉も好きなんだけど、魚の気分だったのでサーモンといくらの親子だ。

 少し前からごま油とめんつゆで漬けておいたサーモンはしっかり味が染みているのに、大葉を添えるだけでどんどん食べられる気がしてしまうのだから恐ろしい。ご飯の消費が進むという意味でも、体重的な意味でも。ここにいる限り、あたしは体重の心配はしなくて済みそうだけど、それは目の前で美味しそうに頬張っているこの人にも該当するのだろうか。

 ちらりと疑問が頭をかすめたけれど、口にしたのは別の事。だって、たぶんあたしがそう思ったって分かってるもん神様。

 ほぼ空っぽに近い丼が見えたから聞いてみたのに、神様は緩く頭を振った。その拍子に肩まで伸びた金髪がふわりと揺れる。口元にお米粒が残っていなかったら眼福なんだけどな。いや、残っていても目の保養になるのに変わりはないんだけど。


「アイス食べるから大丈夫」


 霞でも生きていけそうな外見によらず、食べること好き、甘い物ならもっと良し、みたいな中身を知ってしまったからか、どうにも微笑ましい気持ちの方が強い。

 ただ、前の感覚から言わせてもらえるなら、しっかりとした食事の後に甘い物、さらにおやつも欠かさずにいるのにこたつの住人になっている現在。糖尿とか、肥満という文字が脳裏に浮かんでいるあたしは悪くない、と思う。


「……神様に生活習慣病というか、そもそも病気になるの……?」

「ちょっと! 困りますよ!」


 すっかり綺麗になった丼を受け取って、浮かんだ疑問を解決してもらうために声をかけようと振り返ったのと同時、焦った人の声が聞こえたと思ったら、すぐにこの空間唯一の出入り口が開いた。バタンッという何とも力任せな音にびっくりして、丼を滑り落してしまった。

 神様はアイスに伸ばそうとしていた手を引っ込めて、一瞬で険しい顔になり、さっとあたしを庇えるような体勢を取る。

 それを呆然と見送ったあたしも少し遅れて両手をフリーにして、どうとでも動けるように足に力を入れる。


 飛び込んできたのは、黒髪を肩で切りそろえてスーツを着た女性。あたしよりも年上だろうけど、何だか興奮しているようで顔を赤らめているからなのか、目をキラキラさせているからなのか少しだけ幼く見える。

 そんな女性を押さえようとして間に合わなかったのだろう、後ろで青褪めているのがたぶん、担当さん。たまに神様を呼びに来る人とは違うから、きっとあたしに任されている仕事とは管轄が違う。

 そもそも、料理が必要な人は神様が連れて来るし。それだって今から迎えに行ってくるという一言が必ずあるのだ。それがない上に、見たこともない担当さん。これはどう考えても間違いなくイレギュラー。


「それで、君は誰だい」


 神様の、ここで聞いたことがない冷たい声に思わず背筋が伸びる。あたしに向けられているものではないと分かっているけど、それでも本能的に感じたものへの反応は、抑えられなかった。

 あたしが思わず後ずさってしまったのに対して、飛び込んできた女性はむしろ神様の方に向かって一歩踏み出した。

 担当さんが泣きそうな顔をしていてもお構いなし、むしろ振り払うようなしぐさを見せているんだけど。それを見た神様から冷気が漂ってきているような空気を感じるのは、気のせいではないだろう。ここ、冷蔵庫のなかだっけか。


「聞いてないの? 美恵子、石津美恵子よ。あなたこそ誰よ?」


 担当さんの様子であったり、感情を感じさせない神様のこの無表情を見てもまだ強気というか、自分のペースを崩さない女性に、すごいと思ってしまう。あたしがこの状態の神様と直面したら絶対にここまで言えないし、そもそも神様にこんな空気を漂わせるような事はしでかしていない。


「……彼女はまだこの場に連れて来るべきではないと言わなかったか」

「申し訳ありません! それが、その……」

「だって、転生でしょ? 異世界でしょ!? まさか小説で読んでいたことが我が身に起きるなんて!」


 女性の名前を聞いて、納得したように小さくああ、と呟いた神様は、後ろで今にも倒れそうにしている担当さんに声をかけた。その前にいる女性、美恵子さんを丸っと無視して。

 興奮しているようにあれこれと何かを叫んでいる美恵子さんは気づいていないみたいだけど、神様も、担当さんも彼女を見る視線は冷たい。担当さんだってこの空間に入ってきたときには青い顔をしていたのに、今神様と話している姿からはあの時の焦った様子は見受けられないし。本気で、止める気はなかったんじゃないだろうか。

 もし、そうだとしたら、ここを出たらペナルティがあるんじゃないかな。転生するにしても、順番が遅くなるとか、場合によっては転生そのものがなくなることだってあるのかもしれない。

 予想があっているのか分からないけれど、あたしが受けた影響といえば丼を落としただけだし、それだってヒビも入っていないから無事だった。干渉できるとも思ってないけど、ちょっとだけ話しておいてもいいのかもしれない。


「神様、その人は」

「ああ、気にしないでいいよ。担当の言いつけを守れない上に目を盗んで勝手な行動しているみたいだし」


 えっと、これはあたしの考えが間違いないという確信を得たい声掛けではなくて、むしろそれを回避させるためだったんですけども。神様、分かってるはずなんだけど、美恵子さんの担当さんへの行動含めここに来てからのいろいろに対しては、あたしが何を言っても効果がないという事だ。


「何よ、その子は好き勝手動いているみたいじゃない! 聞いたわよ? 何か食べさせてるんだって」

「そう、それを知っていてここに来たの。それなら、君は何を望む?」


 にっこり、笑顔なのに寒気を感じるのは気のせいじゃない、絶対に。

 もし、美恵子さんが料理を望んでこの場に来たのなら申し訳ないけどさっさと出してお帰り願おう。それがあたしだけじゃなくて、この場にいる美恵子さん以外の精神上よろしいはずだ。

 さて、何をリクエストされるのだろうかと構えたのに、耳に飛び込んできたのは思ってもいない言葉だった。


「はあ? 私の望みは料理なんかじゃないわよ! 転生、したいんだから」


 少しでも、空気を読むという事が出来るのならば。たらればの話をしてもしょうがないんだけど、もしそれが出来ていたらこうも胸を張って言える言葉じゃないんだよね、それだけは。

 料理なんか、というのはそう思う人もいるかもしれないから、と言われていたけど、今まで神様がここに連れてきた人の中に実際に口にする人はいなかった。だからだろうか、予想はしていても初めて直接言われたら思っていた以上にダメージがでかい。


「それなら、なおさらここに用はないだろう」


 担当さんが美恵子さんの腕を引っ張って退出を促している。今度は抵抗されることもなく徐々に遠ざかっているのは、神様の様子を初めてまともに見て硬直した隙を見計らって担当さんが動いたからだろうか。

 料理を食べるつもりはない、そう言い切られてしまったけれどさっき神様と担当さんの会話の中では、まだ、という単語が聞こえていた。


「ちょっと待ってください」

「春那?」


 そう、まだ、なんだ。たぶんこの調子だったから話をうまく進められなかっただけで、魂が傷ついていて癒しが必要だという事には変わりないはず。それならば、この場で仕事を請け負っているあたしがやる事は一つだけ。


「今出せるの、これしかないんですけど」


 さっきまで食べていた親子丼の残ったご飯で作った、おにぎりしかすぐに渡せるものは作れなかった。

 白だしとゴマ、あと残っていた大葉を混ぜ込んだだけの簡単なもので申し訳ないけれど、これ以上この場に彼女をとどまらせておくのは、担当さんに申し訳なさすぎる。

 いらない、と言われた人に渡したところで受け取ってもらえないだろうから、担当さんに渡しておく。お疲れ様の意味も込めて少し多めに袋に詰めたから、こっそり持っていってもらえると嬉しいんだけど。


「いらないって分からなかった」

「ありがとうございます。お騒がせいたしました」


 彼女の言葉を遮るように、大きな声で告げた担当さんが頭を下げる。それも気に食わなかったみたいでずっと不貞腐れたような顔をしていたけれど、笑顔を作って見送った。

 後ろに神様が控えていてくれると分かっているから、出来たことだ。さすがにあれだけ感情を露わにする人をあしらう術は、まだない。改めて、あたしの人生は人に恵まれていたんだなあと感謝はしたけれど。


「よく耐えたね、春那」

「ありがとう神様。だけど、さすがにムカついたから、やけ食いに付き合ってくれる?」

「もちろん」


 こう、腹立たしく思った時に思い切り生地を打ちつける系の作るとスッキリするんだよね。力込めないと美味しく出来ないし。ああ、せっかくだから足踏みのうどんに挑戦してみてもいいかもしれない。

 ひたすら無心になれるし、下絵をチョコペンでなぞるやつ。あれもやろう。そうなるとそれを飾るためにタルトでも作ろう。アップルパイでもいいな。リンゴ、薄切りにしてバラの花びらに見立てて巻き込んでいく作り方は、簡単なのに見栄えがすごくいいからさぞや満足感が出るだろう。


 甘い物だけではなくて、しょっぱいものもたくさん用意して、神様と二人好き勝手作って食べているうちに、胸の中にあったもやもやはすっかり消え去っていた。

 神様経由で担当さんにもお裾分けしてもらったら、バラの髪飾りが返って来た。どうやら、アップルパイが一番お気に召したらしい。うんうん、疲れた時の甘い物って幸せだよね。

 そうなると、神様は毎回甘い物を欲するほどに疲れているのだろうか。今日もこたつの住人となっている神様を観察していても、まだ答えには辿り着いていない。



望んでいても、自分の望んだとおりになるとは限らない。


お読みいただきありがとうございます。

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