プリンと果物の相性
「春那、準備できてる?」
「はーい! 大丈夫!」
ノートにも書き込みが終わり、ひと段落して体を解していた時に神様から声がかかった。
こっちの都合で来てもらっているのだろうかと思うくらい、神様が声をかけてくるのはちょうど動ける時だったりする。その方があたしは助かるけど。
さて、今日も頑張りますか。
「ようこそ!」
「あ、えっと、お願いします……?」
背中まで伸ばした黒髪をさらりと揺らしながら首を傾げたのは、あたしよりも少し上くらいのお姉さん。
外がどうなっているか分からないけど、扉をくぐったらいきなりレストランのような場所になっているからか、だいたいの人が驚いたように辺りを見回している。このお姉さんも同じように不思議そうな顔をしてきょろきょろと視線を動かしている。
そんな様子に、みんなやる事は変わらないんだなあと思いながらも、もうお決まりとなった事を聞くべく、口を開いた。
「ここのことは聞いていると思いますけど、食べたい物ありますか?」
「なんでもいいと、聞きましたけど」
「あたしが作れる料理なら何でも、ですね。一応それなりには出来るつもりです」
部屋の様子を伺っていたお姉さんがちょっと落ち着いたように見えたので、カウンターに案内して座ってもらう。テーブルもあるけど、今は神様が書類とにらめっこしているから案内出来ないし。初めはちょっと遠慮している感じだったのに、今では誰が来ようとも取り繕わなくなったよなあ、神様。
まあ、意識しないとそこにいるとは感じないらしいから、今のところこの空間に来た人が神様の存在を指摘してきたことはないんだけど。
お姉さんもテーブルを見ていたけど、結局何も言われなかった。
「甘い物、って」
「得意ですよ!」
遠慮がちに言われたけど、甘い物は作るのも食べるのも好きだ。ここしばらくは、和食メインでしっかりしたご飯を作ることが多かったから、久しぶりのリクエストに、ちょっとワクワクしてしまう。
「あのね、プリンをお願いしたいんです」
「お任せください」
ここに来た人はご飯作っている間、ぼんやりしている事が多い。単純にやる事がないというのもあるけど。
あたしが料理作っているか神様と話しているか、ノートに書き込みをしているかで時間を持て余すことなく過ごせているから、あんまり何かを増やそうと思っていないというのもある。
あと、単純にあたしが本の事で思い出せることって、題名とザックリした内容だけだから、読めるようなものを呼び出せないというのも大きい。
「ちょっとのんびりしていてくださいね」
お姉さんが頷いたのを見てから、まずはお砂糖と水でカラメルを作る。お湯を入れると跳ねるから少しだけドキドキするけど、プリンにカラメルは欠かせないから、この作業は苦ではない。上手くカラメルが出来ると、プリンも美味しく出来る気がするし。
お姉さんの分と、神様。あとはあたしも食べたいしお代わりしてもいいから、少し多めにカップは六個。全部にカラメルを入れると、にんまりと笑みがこぼれる。これから、美味しくなるんだもんね、幸せの匂いだ。
プリンの材料は、卵と牛乳、あと砂糖。濃厚にしたいなら生クリームとか、香り付けのバニラエッセンスとか追加出来るものはあるけれど、基本はそれだけだから食べたいと思ったらすぐに作れるのが魅力のおやつ。
冷えた物もいいけれど、出来立てのちょっと温もりがあるものだって美味しいのだ。
牛乳を沸騰しない程度に温めて砂糖を溶かす。全部溶けきったら牛乳が冷えるのを待つ間に卵をよく混ぜておく。熱の取れた牛乳と卵を合わせ、目の細かいザルで濾して、混ぜきれなかったものは取り除く。
あたしのおやつだったら洗い物を増やしたくないのでやらないんだけど、せっかくのリクエストなのだから、出来る限り美味しいものを食べてもらいたい。
カラメルを入れた容器にプリン液を流し入れたら、バットにお湯を張ってオーブンへ。
オーブンで焼いている間に、プリンに添える生クリームを泡立てる。ついでに果物を切っておけば準備はほぼお終い。果物は、一応別皿にしておくけど出来れば盛り付けて欲しいな。見た目も華やかになるから好きなんだよね、プリンアラモード。
「お待たせしました、プリンです」
カウンターで頬杖をついてあたしの作業を見ていたようで、持っていく前からキラキラとした顔を向けられていた。そう、その顔を見るのが好きなんだよ。
ご期待通りのプリンが作れたんだと心の中で万歳をする。トレイからお姉さんの前に移動させたプリンと、その隣にクリームを入れた容器と果物を乗せたお皿も並べていく。
「あの、こっちは」
「プリン、と言われたのでどうしようか悩んだんですけど、せっかくなのでちょっと豪華にしてみません?」
「春那、僕の分は任せたよ」
ひょっこりと顔を覗かせて、あたしの手元に残っているプリンを見た神様からのリクエストに、笑って答える。お姉さんは今の今まで神様の存在に気づいていなかったようで、ひゃっと小さな悲鳴と共に肩を揺らしていた。
いきなり背後から知らない男の人の声がしたら、びっくりするよねえ。神様、その反応を面白がっている節もあるし。
何も言わずに、お姉さんの隣に座った神様にプリンを渡してから、カウンター越しにひょいひょいと果物を乗せていく。
「分かりました。全部乗せですね」
神様は、特別何か用事がなければここに来た人と一緒にテーブルにつく。それは、一人だけ食べているのを気まずいと思うタイプだったり、話すのが好きだったりと理由はあるけれど、何よりも誰かと一緒に食事をする、というのも魂の癒しには必要だからだそうだ。
決して、食べ物につられているわけではないんだと最初に言われたけれど、半分くらいは食べたいだけなんだろうなと思っている。でも、こうして何を出しても毎回嬉しそうにしてくれているからそれでも構わないけど。
「私にも、お願いできますか?」
「もちろんです! クリーム山盛りも出来ますよ!」
「いえ、そこは普通でいいです」
クリーム山盛りはバッサリと断られたけど、果物はてんこ盛りにさせてもらおう。苺にリンゴにキウイ、バナナも足して。クリームを絞ったプリンの上に真っ赤に輝くさくらんぼはもう、お約束だ。
おまけとばかりにカラースプレーを振りかけたら、プリンアラモードの完成だ。
しっかり固めに焼いたプリンに、ほろ苦いカラメルだけでも美味しいのに、ここで手に入る食材はどれも味が濃い。なんというのかな、素材本来の味とでもいうのだろうか。手を加えずそのままでも十分美味しいものばかりなんだよね。それを夢のように詰め込んだのだから、美味しくないはずがない。
「美味しい」
ほわっと、目元を緩ませて微笑むお姉さんに、こっちもつられて笑顔になる。あたしの分は、プリンだけで味わおうかと思っていたけど、人が食べているのを見ると果物と一緒に食べるのも美味しそうに見えてくるのだ。この誘惑に、勝てる気がしない。
「良かったです。柔らかいプリンも好きですけど、こっちの方が食べてるって感じするので」
「そうね、何かを噛んだのなんて、久しぶり……」
「え?」
お姉さんの声が小さすぎて聞き返してしまったけれど、それから言葉が続くことはなくて。目の前のプリンが綺麗になくなるまで、聞こえていたのは食器を使う音だけだった。
「ごちそうさま。うん、これで異世界でも頑張れます」
「ええっと、お粗末さまでした」
食後に、と出した紅茶も飲み干してくれて、お姉さんは来た時よりもだいぶ落ち着いた雰囲気になっていた。周りを見回していた時に感じていた、何かを伺うような様子もなくなったし。
血色の良くなった顔で、確かめるように自分の体を動かしている姿は、もうどこからどう見てもやる気にみなぎっている。
旅立つ前に、こうして気力を回復できる手助けが出来ること、それを間近で見れるのは次も頑張ろうと思えるし、あたしも元気を分けてもらっている気がする。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。それじゃあ、行ってらっしゃい!」
お見送りは、神様と並んで。そうして招いた人が去ってからがあたしと神様の本番だ。
「それで、春那はどうやって食べるの、それ」
「んー、プリンだけで食べるつもりだったけど、果物もクリームも乗せちゃう」
果物が残っているのもあるけど、二人が美味しそうに食べていたからやっぱり抵抗できなかった。飾り付けている間、ずっとあたしはこうしようって思っていたんだもの。
「うん、美味しい」
卵の味が濃いプリンは、しっかり食感を伝えてくる。そこにカラメルの苦さが加わるから、甘さを求めてついつい進んでしまう手を押さえられそうにない。
しかも、甘さ控えめの生クリームに、甘酸っぱさを添える果物もあるのだ。プリンだけではない食感の変化も楽しいし、これはもう、どんどん食べ進めてしまうのも無理はないだろう。
「春那、もう一個食べたい」
「そう言うと思ったんで、はい。飾り付けはセルフでお願いします」
ちょっと対応が雑かなと思わなくもないけど、それよりも神様はプリンに気を取られているようだったので、あたしも自分のプリンに集中する。
温かいものも美味しいよ、と何気なく告げた一言で、出来立てを食べたいとリクエストされるのは、少し後の話だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
プリンは、焼き目があるのがお気に入り。
ぷっちんするプリンの、限定さくら型には未だお目にかかれず。




