4. ちょろい自分に大後悔
リクエストを頂いた幼馴染視点の前に、もう一話エレナ視点で追加します。三話で完結させるために、色々カットした部分があったので、幼馴染視点につなげるためのワンクッションが欲しくなりました。
あれ? 私一体何やってんの?
今、仕事中だったじゃん。何雰囲気に流されて連れ出されちゃってんの!?
ちょろいにもほどがあるでしょ?!
イケメン改め幼馴染のアレックスの手を重ねた後、はっと正気に返ったけれど、もう遅かった。
転移が発動して、次の瞬間にはもう全然知らない部屋の中に居た。応接間っぽいような見たこともないくらい豪華な部屋の中には誰も居なかったけれど、明らかに平民の家ではない。
立ち尽くす私。下手に動いて汚しても絶対、弁償出来るような気がしない。
アレックスは高級そうな毛足の長い絨毯の上に、身につけていたマントやバックを無造作に落としていった。腰につけていたロングソードも外して壁にかけた。
その様子に、やっぱりここに住んでるんだと納得する。行動が家主のそれだ。
アレックスは上着もそのまま歩きながら脱ぎ捨てると、シャツのボタンを片手で2、3個外す。
ちらりと胸元が見えて、さっき抱きしめられた時に感じた硬くしまった胸板を思い出した。
すっかり軽装になったアレックス。内心動揺しまくって立ち尽くしている私を、ひょいっと嬉しそうに抱き上げた。そのまま、私の肩口に顔をうずめながら、チークダンスを踊るみたいにあちこちゆらゆらしだした。
私それなりに重いと思うけど、軽々と持ちあげられることにやっぱり男の人なんだと意識してしまう。どうしたって一緒に過ごした小さい頃のイメージしかないから、今の姿に違和感しかない。誰だってこうなるとは想像できるはずないよね?
いっそのこと「実は嘘でーす! どっきりでしたー!」って言われたほうがが安心できるかもしれない。
それでも、鼻歌でも歌いそうなご機嫌ぷりにお願いするなら今だ! と私は狙いを定める。
「アレックス? 今すぐ戻れたりする??」
幼馴染に出来るだけ何でもないことのように聞いてみる。
誰だって、外からうちに帰ってきて着替えちゃうとさ、後はもう出かけたくないよね? 分かる。
でもそこをなんとか!
だってもう今しかタイミングないよね?! 早く戻らないと。
それに。もし貴族だとしても、だ。相手は幼馴染だし、これだけ私のことを大好きそうなら、不敬罪とかにはならないはず。……大丈夫だよね?? 私、信じてるからね!
あの忙しい職場を放棄してきちゃったことが申し訳ないし、私の荷物だって厨房においてある!
貴族だと思って私を助けてくれなかったダンさんには腹は立つけど、私がダンさんの立場でも間違いなく同じことをするとは思う。誰だって命は惜しい。
幼馴染だって分かったんだし、仕事終わるまで待っててもらえば良かったのに!舞い上がっちゃってそのままホイホイついて行っちゃった自分にがっかりだよ。
「女は男を振りまわすぐらいがちょうどいいのよ。んふん」って常連の色っぽいお姉さんが言ってたのに!
私何なの?! ちょろすぎるでしょ!!着の身着のままだよ?!……後から家にも着替えとか荷物とか取りに行きかなきゃ。はぁ。
「んー何で?」
私の首筋にすりすりし出していたのを止めて、ゆっくりとアレックスは顔をあげて、私の顔を見つめた。抱き上げられているせいで、お互いの顔が至近距離にあって、アレックスの吐息が少しかかる。薄いミントみたいな香りがした。
イケメンは息までいい匂いってか。何だかちょっとやさぐれたくなったけど、そんな場合ではない。
「あのさ、私仕事中だったから戻って手伝わないといけな……」
全然そんな柄ではないんだけど、上目遣いで出来るだけ甘えるような感じで言ってみた。けれど、最後まで言い切れなかったのは、アレックスのご機嫌の笑顔がみるみる真顔になってきたからだった。
やばっ何かまずかった?!
失敗した! と私は焦って固まった。アレックスは無言でスタスタと三人掛けのソファの前に連れてくると、ソファの真ん中にそっと私を座らせた。そして自分も私のそのすぐ横、太もも同士が触れ合う近さで座る。
ち、近い近い!!
さっきまで抱き上げられていたとは言え、アレックスのパーソナルスペースは近すぎる気がする。7年ぶりに会った幼馴染との距離感ではない。
私はたまらず少し反対側に体をずらす。アレックスもしれっと体をずらしてまた密着してくる。また私も少しずれて間隔を空けようとしたけれど、もちろんまたアレックスもずらしてくる。
何この茶番。
2回目で空しくなって無駄な抵抗を止める。軽く咳払いしてアレックスに向き直ると、アレックスが綺麗な笑顔を浮かべて私を見つめていた。
うぅ笑顔なのにめちゃくちゃ威圧感があるのは何故だろう??
「……エレナは、僕と久しぶりに会ったのにほかのことを優先するの?」
先に口を開いたのはアレックスだった。柔らかい口調で、薄く笑っているけれど、目の奥に怒りが見える。
「えっと、ちゃんと働いている大人として責任を果たないとでしょ?私仕事中だったんだから」
威圧感に負けそうになりながらも私も何とか言いきる。少しだけ上目遣いで責めるような口調になっちゃったけど、大丈夫だよね?
ちろっと様子を伺う。
「……ふーん」
アレックスのさっきまでの薄い笑顔が、一瞬無表情に変わる。その表情の変化にわたしはちょっとびくびくしてしまう。
怒ったかな?? 大丈夫かな? でもここで一気に畳みかけて説得したい。
「あのね、アレックスに久しぶりに会えたことはとぉっても嬉しいし、色々お話ししたいんだけどね、でもそのために任されていた仕事を全部放り出してきちゃうような無責任な人間にはなりたくないの」
あっやば。小さい子に言い聞かせるような口調になっちゃった。
失敗したかな? ちろっとまた様子を伺うと、何かをこらえるように目の周りを両手で覆いながらちょっとプルプルしていた。その反応に驚きを通り越して引いた。
「え? 何どうしたの?」
ちょっと引きながらも、聞いてみる。
「エレナが可愛すぎて辛い」
絞り出すように言われたけれど、今までの会話のどこにそんな可愛い要素があったのかさっぱりわからない。幼馴染がチートなイケメンに奇跡の成長をしたと思っていたら、実は予想外に残念なイケメンになり果てていたらしい。
とりあえず、アレックスが落ち着くのを遠い目で待つ。
少し待って落ち着いたらしい、アレックスがぽつりぽつりと話し始める。
「僕は、ずっとエレナのために、エレナのことだけを考えて、エレナのためだけに頑張ってきた」
幼馴染の愛が重い。
「う、うん。ありがとう?」
褒めてくれないの? って顔でちらちら見てくるから、疑問形になっちゃったけれど、とりあえず、お礼を言ってみた。アレックスが満足そうに頷いている。
「大変な時もあったんだよ? でもエレナのためだから出来たんだ」
ちょっと照れたように頬を赤く染めながらも、少し誇らしげなアレックス。
大変な時の話、何か恐ろしくて聞きたくないな。
「僕はずっとエレナに会いたくてたまらなかったのに、ずっと我慢していた」
アレックスは右手を伸ばして私の頬にそっと触れる。少しひんやりした指先が、私の火照った頬には気持ちいい。
「こうやってずっとエレナに触りたかったし」
話しながら、アレックスは左手でゆっくりと私の顎を捕らえた。そして身を乗り出す。
キスされる?!
ギュっと目をつぶるけれど、アレックスの体が前でなく横に動いたのを感じてそっと薄目を開ける。
「その先もしたいな」
アレックスはそれだけ言うと、私の耳たぶを自分の唇で軽く食んでから、またソファに沈み込む。いたずらが成功したのを喜ぶにやりとした笑顔。
口にキ、キスされるかと思ったけど、そっちで来た?!
翻弄されっぱなしでどうしていいかわからない。顔はもう真っ赤だし、言葉も出ない。
「エレナは最初、僕のことわからなかったね? 僕は絶対にエレナのことを忘れないのに」
ちょっと拗ねたようにアレックスは口を尖らせた。幼い仕草に昔の面影を感じる。
「僕のことをわからなかったお仕置き、まだしてないのだって忘れてないよ?」
綺麗な笑顔で言われたけれど、それは是非忘れて欲しい。
「そ、それよりも私戻らないと!」
私は何としてもこの場から逃れたくなってきた。身の危険をひしひしと感じるし、絶対店は大変なことなっているはず。
「あぁ、大丈夫だよ。さっき念話で使い魔を手伝いに行かせておいたから。今頃エレナの代わりに仕事をしているから」
にっこりと笑顔で、なんてこともないようにアレックスは言ったけれど、ちょっと待って欲しい。
念話? 使い魔? 何それ美味しいの?
なんで念話とか、当たり前に使えるようになってて使い魔なんて使役しているの? そのチートっぷりが恐ろしい。
店……パニックになってないかな? ダンさんごめんなさい。うちのチートな幼馴染がすみません。
私の精神の安定のため心の中で謝っておく。
「これでもう何も心配事はないよね?」
嫣然と微笑む幼馴染が、私に向き直って、私の右手を自分の指を絡めて包み込んだ。
「ねぇエレナ、二人きりの時間を始めようか?」
次回は幼馴染視点です。