3. 幼馴染が真のチートだった件
三話目、長くなってしまったので、四話と分けようかと思いましたが、無理やり一話に収めて完結です。
「っ!」
細められたイケメンの瞳が少しだけ潤んで怪しく光ったように見えた。私もそこまで鈍い方ではない。イケメンの瞳は今、隠しきれないような色欲を孕んでいた。
その危うさに、私は何と答えればいいか分からなかった。私はごくりと唾を飲んだ。
やばっ対応間違えた?!
私の中で、何か本能的なものがさっきから危険を察知していて、どきどきと心臓がうるさい。
でも、正直そんな警告はすでに役に立たない。
今私に必要なのは、この状況を何とかするための解決策だ!
その時だった。
入口の方でバシュっと何か破裂するような音がした。あわよくばこのままイケメンの拘束から逃げたいし、単純に危険を確認しないといけないのもあった。
全力でそっちを見ようと、ぐいっと動いてみる。イケメンも私のその動作は止めなかった。まあ、ここでは危険だと思ったらすぐ逃げないと本当に命が危ないから、当然だけど。
ちょうど、入口のところで、男が右腕を左手で抑えるようにしながら、尻もちをつくようにして座り込んでいた。何か腕をケガをしたんだろうか。
魔獣とか強盗とか即逃げなければいけない事態ではなくて良かった。
ゆっくりとイケメンも入り口の方を向いたことが気配で分かる。
反射的に「手当てをしないと!」思って駆け出そうとするのを、やんわりと、でもしっかりとイケメンから止められた。
それほど強い力で抑えられたわけではないけれど、いつの間にかイケメンの左手が背中から腰に回されていてその腕に抱え込まれるようにして閉じ込められている。動揺してイケメンの顔を見上げる。
「だめだよ、エレナ。危ないからね」
私にとって今明らかに危ないのは、お前だよ。
一瞬ぺろっと本音が出そうになったのを何とか堪える。
さっきまでの危うさを綺麗に覆い隠して、にっこりと優しく微笑むイケメン。その色香にくらっときそう。
本当にかっこいい。
「このまま流されて付き合っちゃおうか?勘違いだろうが良いじゃない。こんなイケメン滅多に居ないよー」と、悪い私が心の中で囁きだす。
いやいや、騙されちゃダメ。どう考えても地雷物件だ。
「で、でもお客様がケガをされたみたいなので……」
このチャンスを逃したくない私は言い募ってみる。いっそのこと、けがを見るふりをして入口からそのまま逃亡しても良いし、手当の道具を取りに行くって厨房へ行って裏口から逃げるのもありかもしれない。このままイケメンと一緒に居れば、絶対ずるずるとイケメンのペースに巻き込まれる気がしてならない。
そりゃ私も年頃だし、人並みに恋愛もしたい! いちゃいちゃしたい! 結婚もしたい! 切実に!
……でもさ、貴族は無理でしょ。愛人にはなれても正妻にはなれない。かっこいいけど、生活レベルとマナーも何もかも違う。差別だってある。喧嘩したり別れたりした時に後腐れないように物理的に消しても何のお咎めない人相手に恋愛は出来るはずがない。
「エレナは本当に優しいね。でも泥棒にまで優しくする必要はないんだよ」
イケメンが蕩けるような笑顔で私を見つめる。誰だか分からないのが申し訳なくなるような笑顔だ。
でも待った。
「ん? 泥棒?」
聞き捨てならない言葉があった。イケメンは入口の男の斜め前を指で示した。
「ほら、あそこに僕のバックがあるだろう?」
あるだろうと言われても知らないけどね。確かに高級そうな皮の少し大きめなカバンが落ちていた。
とりあえず、黙って頷いておく。
「あれには軽い盗難防止の魔術がかかっているからね」
なんてこともないように言うけれど、いくら魔法のある世界でも魔道具は高い。当然貴族かよっぽどの大商人か高名な冒険者くらいしか持っていない。やっぱり貴族だ。商人ならきっと大事なバックを落としたりしない。
「じゃあ、あの人はバックを盗もうとしたんですか?」
それで魔術が起動したってことだよね? と確認してみるとイケメンも軽く頷いた。そして何か呟く。次の瞬間、落ちていたバックがイケメンの手元に瞬間移動していた。何これ凄い。
それを見て私は、はっとイケメンの職業が分かった気がした。魔法を使えるものは平民にはほとんど居なくて、大体は高位貴族。エリート中のエリートだ。平民は滅多に見ることはないけれど話だけは聞いたことがあった。
「宮廷魔術師様でいらっしゃいますか?」
そんな大物がこの店に来るとは思えないし、私の知り合いに間違いなくそんな人は居ないはず。
私の更に改まった態度に、イケメンは一瞬虚を突かれたような顔してから、困ったように眉を下げた。
「酷いなぁ。エレナが言っていたプロポーズの条件も理想の結婚生活の条件も全部クリアして来たのに」
ん? 条件? その言葉に嫌な聞き覚えがあった。確か遠い昔に幼馴染に話したことがある。
親同士も仲が良かったから、私と幼馴染は常に二人一緒にされて、どっちの親にもまとめて面倒をみてもらってた。まぁどっちも貧乏農家だから、とにかく働き詰めでそのための苦肉の策だったのかもしれない。
寝たきりの赤ちゃん時代は私も出来ることは何もなかったけれど、少しでも動けたり話せるようになれば、普通の赤ちゃんと違って手がかからない。必然的に私が幼馴染の世話を全部さりげなく手助けするようになった。あんまりやりすぎても大変だから、さりげなくね。それでも親達は私が幼馴染の世話を焼いているのを見て、全面的に任せだした。普通あり得ないよね。雑すぎるでしょ。
だから私にとって幼馴染は、見た目は同い年だけど、年の離れた弟か若しくは息子みたいなものだ。あの頃、私は長い異世界転生ハイ状態だったから、私はぬいぐるみとかペットに話す感覚で、取り留めなく何でも話していた気がする。どうせまだわからないだろうしってね。幼馴染は言葉が遅くて、4、5歳くらいまでほとんどしゃべらなかった。だけどいつの頃から急に流ちょうにしゃべるようになったから、それから話してはいないけれど。
「エレナが言ったんじゃないか。毎日お風呂に入って石鹸で体の洗える生活がしたいって」
幼い子に優しく諭して聞かせるように、イケメンは話し出す。バックを右手だけでひょいっと肩にかける。
「毎日、おやつに甘いものは食べたいし、ご飯はお腹いっぱい食べたい」
話しながら、イケメンは私の腰を抱いたまま、ゆっくりと歩きだす。私も何とか離れようともがきながら一緒に歩き出すけれど回された手はびくともしない。
「剣と魔法の世界だから、どっちも使えるようになりたいとも言っていたね」
イケメンは真っすぐ入口に向かっていく。ちらりとまだ座り込んだまま青くなっている泥棒の男を見て、そのまま無視して店の外に出る。夜風が冷たいけれど、私はもうかぁっと熱くて仕方がない。じわっと脇と背中に変な汗が出てる。
うぅ、全部、あの頃口癖のように言ってた覚えがあるけど、黒歴史の暴露過ぎて居たたまれない。
間違いない。この秘密を知っているのは幼馴染しかいない。まぁ確かに赤ちゃんの頃から可愛い顔立ちだったけれど、なんでこんなイケメンになっているんだろう。さらに言えば、なんで貴族になっているのか疑問は残るけど!!
「それから、結婚相手はかっこよくてお金持ちで、魔法も剣も得意で、料理も何でもできる人が良いって言っていたね」
穴があったら入りたい。言ったよ。確かに言ったけど、それはもうただの理想というか願望の塊というか、現実には無理だってわかっているけど、夢見たっていいじゃんね?!妄想の垂れ流しだよ!恥ずか死ねる。
「だから僕は頑張ったんだ」
にっこりと眩しいような笑顔で言い切ったけれど、そんな一言で終えれる話じゃないと思う。
「エレナの理想を全部叶えるために、少し時間がかかってしまって、なかなか迎えに来れなくてごめん」
うって変わってちょっとしゅんとしたようなすまなそうな顔をするイケメン。しょんぼりと垂れた犬耳としっぽの幻覚が見える。
ごめん、全く覚えていなかったとは口が裂けても言えなそうだ。
「でも、もう大丈夫。これからはずっと一緒だよ」
嬉しさを堪えきれずに思わずこぼれたようなイケメンの幸せそうな微笑みに、罪悪感を著しく刺激される。本当にごめん。ちょっと怖くて口には出せないから心の中だけで謝罪する。
「ここら辺でいいかな?」
イケメンはつぶやいて、バックの中から何かを準備しだした。腰に回された手が外されて、私はつかの間の自由になる。
少し離れたことで肌に感じる夜風の冷たさが少し寂しく思えてしまうのはちょっとイケメンに毒されてきているかもしれない。表面上は黙ったままついてきた私はイケメン、改め幼馴染が何しているのか気になった。というより、何もかもわからないから全部根掘り葉掘り聞きたい。
「何しているの?」
幼馴染だと分かった気安さで砕けた口調が出たことに自分でもちょっと驚いたけれど、幼馴染はもっと驚いたらしい。一瞬作業を止めて、びっくりした顔をしてから、みるみるうちに幸せそうな微笑みをした。
「うちに帰る準備だよ。まだ転移はちゃんと魔法陣とか魔術媒介がないと出来ないんだ。ごめんね」
ちょっとすまなそうに謝られたけれど、転移ってこっちでも伝説の魔法だから。普通出来ないから。謝るポイントが違う。
「うちって?」
とりあえず私の精神安定のためにスルーする。きっと故郷のあの貧乏農家では、ないんだろうな。
「僕とエレナのうちだよ」
だからそれはどこなんだ? というのを何とか飲み込む。
「さぁ準備できた。お待たせエレナ」
イケメンは極上の微笑みを浮かべて、私に手を差し出した。
正直何が何だかまださっぱり分からない。幼馴染はイケメンだとは思うけれど、じゃあ結婚したいほど好きかと言われれば、まだわからない。
けれど、不覚にもわくわくしてきた。単調だった日常が一変して、何かが楽しいことが始まりそうな予感。
相手は気心どころか、黒歴史も全部知ってる幼馴染。怖がることはない。
私は一瞬躊躇したけれど、差し出されたその手に、私自身の意志で自分の手を重ねた。
この物語はここで完結予定ですが、もし見たい方がいらっしゃれば、幼馴染視点とか続編を投稿しようかと思っています。