1. 幼馴染が現れたがどう見ても別人だった
勢いで書きました。こういう王道もの好きです。
「……やっと見つけた」
どさっと何かが落ちる音と、聞き覚えのある懐かしい声がした。さわがしい店の中でも不思議とそのかすれた声は私の耳に届いた。
もう何年も会って居ないんだし、声だって変わっているはずなのに。
店はちょうど猫の手も借りたいくらい忙しい時間帯。冒険者達が門の外から引き揚げてきてギルドに寄ってそれからまっすぐ来るのがうちの店。正確には私が働いている店だけど。冒険者ギルドから一番近いし、安さと美味しさで定評がある人気店。夕方から店の閉まる6の鐘までの間は常に満席状態になる。
私は片手に4杯ずつのエールを持って奥のテーブルへ狭い店内を縫うようにして、せかせかと早歩きをしていたところだった。指が限界だし、さっさと置いて次の注文を厨房に伝えて、出来た料理を配膳しなければいけない。本当に目の回るような忙しさだ。
そんな戦争みたいな状態でも、背中で聞いたその声の主が誰だか私は分かってしまった。
少しだけ、エールを運ぶ足がゆっくりになってしまったのは、懐かしくて会いたかった気持ちと大見えきって故郷を飛び出した自分の今の生活を見られたくないっていう、二つの背反する気持ちでどうしていいか分からなくなってしまったから。
「おい早くしろよ!」
奥から客の呼ぶ声がする。
「はい、ただいまお持ちします!」
そんなに立ち止まってたわけじゃないのに! イラっとするけれど笑顔で応対する。テーブルにどんとまとめておけば、それで終了。こっちは日本と違って一人一人の前に置かなきゃいけないわけじゃないからそれは楽なんだよね。
そう、私は異世界転生者。事故で死んで、ラノベでよくある中世ヨーロッパ風の剣と魔法の異世界に転生したけれど、誤算だったのは普通の農民に転生して、魔力もなかった。
当然、普通の農民の女の子に剣が振れるはずもないし。ならば知識チートだ! と思ったけれど、ほかにも過去に転生者が居たらしくて、すでに私が思いつくようなものは全部あった。私のうろ覚えの知識にお金を払ってくれる人も誰も居なかった。
冒険者になろうにも、魔法も使えない、剣も使えない、ただの農民には簡単になれるものじゃなかった。登録は出来たけど、薬草採りくらいしか仕事はない。
貴族ならともかく、田舎の農民の生活は貧しかった。現代日本の生活に慣れた私に耐えれるものじゃなくて、故郷を飛び出した。あれからもう7年になる。この町での生活も楽じゃないけれど、昼の薬草採りと夜の飲み屋でのウエイトレスで、何とか生活は出来ている。
奥のテーブルからくるりと振り返ると、誰かとぶつかってしまった。背が高い男の人だったから、ちょうど胸のあたりにおでこがあたった。
「あっごめんなさい!」
とりあえず謝ってしまうのは消えない日本人の習性かもしれない。ぺこりと頭は下げたから地面と相手の足しか見えなかったけど、ふわりとかすかに高そうな香水の香りがした。靴も良く磨かれた高級そうなブーツだ。
やばっ貴族かな? たまにお忍びに来るんだよね。
頭を下げたまま、固まってしまう。顔をあげるのが怖い。この異世界では平民の命は信じられないくらい軽い。貴族が平民をただ機嫌を損ねたという理由で殺してしまっても貴族は何のお咎めもうけない。
だからこそ、貴族にたいしては大げさなほど丁寧に振舞う。
「エレナ、顔をあげて」
困ったようにささやかれた男の声。
え? この声。今のこの一件で頭の中からスコーンと抜け落ちていたけれど、農村時代の幼馴染の男の子の声だ。隣の家で、同い年で、生まれたときから兄弟みたいに育った男の子。
なんだ、貴族じゃないじゃん!
ほっと安心して、がばっと顔をあげるとそこには見たことのないようなイケメンが居た。
薄いキラキラと輝くような金髪に、すっと通った鼻筋に長いまつげが縁取るアイスブルーの瞳。白くて毛穴も見えない美肌は殺意を覚えるレベル。服もそこら辺の冒険者が着るような服ではない。きちんと仕立てられて汚れもしみもしわもない明らかに貴族のお忍び服といった高級そうなもの。
「誰?!」
思わず叫んでしまった私は悪くない。だって私の名前を知っていて、声に聞き覚えがあるんだから幼馴染のあの子以外あり得ない。
うちと同じ貧乏農家で、いつも、つぎはぎだらけのボロボロを着ていたやせっぽちの男の子。髪だってもっとくすんだ黄土色だったはず。目の色は確かに同じだけど、それ以外に何の共通点もない。
「僕だよ。エレナ、ずっと探していたよ。会いたかった」
最後は少しかすれたような声だった。感極まったのか、アイスブルーの瞳が少しだけ潤んで目じりがほわっと朱に染まった。肌が白いからそれの赤さが目立って色っぽい。
でもだから僕って誰だよ? と思いながらも、見るからにお忍び貴族だから下手な対応はできない。
物理的に首が飛んじゃう。
何て言えばいいのか分からない私を、そのイケメンはそっと抱きしめてきた。
正直、どうしていいかわからない。混乱の極致だ。これがいつもの冒険者の酔っぱらいなら暴れて振りほどくけれど、貴族相手にそんなことは出来ない。
困り果てて、動けないでいる私。
そのイケメンは、私が抵抗しないからか、それを了承と取ったのか。ますますぎゅっと抱きしめてきた。
少し背を屈めるようにして、私の肩に顔を寄せて首筋と頬をゆっくりと頬ずりをする。そのまま私の髪をかき分けるように顔をうずめてくる。首筋にかかるイケメンの吐息に、少しぞくっとしてしまい、身を震わせた。クスッと小さくイケメンが笑った。かぁっと赤くなっていくのが自分でも分かる。
「おい、いつまでエール運んでやがるんだ! とっとと料理運べ!」
私がなかなか厨房に戻らないから、厨房からしびれを切らした店主のダンさんが、怒鳴りながら出てきた。
助かった!!
私は必死でダンさんに目で助けを求める。ダンさんと目が合った。大激怒していたはずのダンさんだったが、何か怒鳴ろうとして、止まった。
視線がイケメンを上から下まで眺めて、そのまますっと無表情になり、すすすっと厨房に消えていった。
逃げた!!
貴族だと思って厄介事を避けたな?!
ふんぬーっと憤るけど、こ、この状況どうしたらいいの?!!
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