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人体バイバイ契約書

その日の夜、私は自宅のベッドで仰向けになり、昼間、医師に言われた事について考えていた。


「伊藤さん、落ち着いて冷静に聞いて下さいね」

「はい、分かりました。先生、続けて下さい」

「ゴホン。大変言いにくいのですが、先日の再検査の結果、あなたの体は癌に冒されている事が判明しました」

(ガーーン)

「それも末期がんです。悪性の腫瘍があなたの全身を蝕んでいます。このままだと長くは生きられないでしょう」

「手術をしても治らないのですか」

「ううん、難しいと思います。あなたの年齢を考えますと腫瘍を全て切除したとしても体力が持たないでしょう。それに先進医療を受けるには高額の治療費が必要です。あなたにご用意できますか」

「どのくらい必要なのでしょう」

「三億です」

「三億?」

「ええ、三億です。現代社会は「命をお金で買う時代」になってしまったのです。こう言っては何ですが、必要な金額をご用意できない貧乏人には死んで頂くしかありません。それが人間界の弱肉強食と言うものです」

「それはあんまりだ。酷すぎる」

「生きたいですか」

「それは勿論です。先生、何か助かる方法があるのですか」

「ええ、ここだけの話ですが、一つだけあるのです。助かる方法が」

「それはどういったものなのでしょうか」

「それを説明する前に今のあなたが置かれている状態について、もう一度、確認しましょう。まず、あなたの肉体は病魔に冒され、全身ボロボロです。ですが、精神年齢、いわゆる魂の状態はそれほど傷んでいません。そこがポイントなのです。つまり、ボロボロの体から傷一つない体に魂を移植すればあなたは助かると言う訳です」

「そんな上手い話があるのですか。最近の医療は進んでいるのですね」

「勿論、問題はあります。魂の移植をしてもドナー提供者の体とあなたの魂が上手く適合しない事があります。その場合、体に拒絶反応が起こり、そのまま死んでしまうか、腐りかけのゾンビになります。

また、魂は鮮度が命です。肉体から魂を切り離してから次の肉体に移植するまでの時間が勝負です。時間が経つと魂は自然消滅してしまいますからね。それでもやりますか」

「助かるのであれば。・・・ちなみにその手術はおいくらかかるのですか」

「そうですね。ピンからキリまであるので何とも言えないですね。まずはこのカタログを見て決めましょうか」

「カタログ?そんな物があるのですか」

「まあ、車のカタログの様な物と思って頂いて構いません。ドナー提供者の写真付きで性別、体格、能力、社会的地位などが書かれています。当然、良い肉体は引く手あまたなので値段も高額になっています。さて、まずは性別から決めていきましょうか。あなたは男性と女性どちらの体で生まれ変わりたいですか」

「先生、現在、私は男性ですが、女性にも生まれ変われるのですか」

「ええ、勿論ですよ。女性の体に男性の魂を移植する事も、男性の体に女性の魂を移植する事も可能です。歌舞伎町界隈に行けば魂移植手術を受けた患者さん達が大勢いらっしゃいます」

「それならば断然、美人の女性です。以前から男性にチヤホヤされている様子を見ていて羨ましいと思っていたのです」

「では、次に年齢はどうしましょうか。当然の事ながら、新しい生まれたばかりの赤ん坊はお値段が張りますが長持ちします。一方、年代物はお安いですが、すぐにガタが来てメンテナンスが必要になります」

「お手ごろな値段で長持ちする体は無いのですか」

「そうですね。ネットで条件に合う肉体を検索して見ます。・・・ああ、これなんてどうでしょうか。以前の持ち主が評価☆☆☆☆★を付けています。この人のコメントによりますと「運動神経抜群、頭脳明晰、才色兼備。文句の付け所が無い。だが、社会的評価が低い」と書かれています。意外に掘り出し物かもしれませんよ」

「先生、こっちの女性は駄目なのですか。似たような内容で値段が大幅に安いですよ」

「ああ、これは駄目です。事故物件ですから。傷を上手く補修してあるようですが、医療に従事している私には分かります。下手に移植しようものなら借金取りがあなたの元へ取り立てにくるでしょう。きっとこの女性は夫の作った借金返済のために体を売ったのでしょう」

「そ、そうだったんですか。危ない所でした。それならば先程、先生に提案して頂いた肉体にしようと思います」

「ご買い上げ有難うございます。つきましてはお支払方法はどういたしましょうか。一括、分割、ローンが御座います。ローンは通常ローンと残価型ローンの二つが御座います。通常ローンは頭金とボーナス払い分を引いた残りの金額を返済期間で均一に割ったものです。もう一つの残価型ローンの方はお支払い金額の半分を最後の支払いの際にまとめてお支払いして頂く方法です。これですと毎月のお支払い金額を安く抑えられ、家計にも優しいかと思います。もしも、最後のまとめ払いが出来ないと言うのであれば、移植した肉体の方を我々に返却して頂ければそれ以降のお支払いは結構です。ただ、その場合、新たな肉体に乗り換えるか、そのまま成仏するかの二つの選択肢をして頂くことになります」

「それで私の選んだ女性はおいくらなのでしょうか」

「五千万円です。先程の三億に比べればお安いと思いますよ。二十代で体力もあるし、お肌にも張りがあります。もしも、玉の輿にでも乗ればローンの一括返済も可能です」

「確かに先生にそう言われると何とかなりそうな気がします。でも、五千万円かぁ、高いなぁ」

「それでしたらこう言うのはどうでしょう。その女性の肉体を複数の人間の魂とシェアすると言うのは」

「シェアですか?」

「ええ、俗に言う多重人格です。魂Aが主人格になっている間、他の魂B、Cは眠っているか、テレビ映像の様に客観的に見ている事しかできません。でも、一人当たりのお支払いはお安いと思います。連帯責任ですがね。シェアしている誰かの魂が何か問題を起こしたらあなたも一蓮托生で処罰されます。要するに常に仲良くしろって事です」

「そう言うのはちょっと。私としては出来れば自分の思い通りになる体が欲しいです。多少、高くても我慢して返済します」

「そうですか。覚悟を決めた様ですね。ところで移植後のあなたの遺体については何か用途のお考えがありますか」

「用途ですか?」

「ええ、そうです。我々としましては今後の医療発展のためにあなたの遺体を医療機関に提供して欲しいのです。勿論、無料とは申しません。高額で買い取らせて頂きます。買い取った後は若い医大生の医術技術向上のために使用します。それが終われば、我々の方で荼毘に付すつもりです。いかがでしょうか」

「それは願ったり叶ったりです。でも、良いのですか」

「良いのです。最近は誰も死んでくれませんから。この十年の間に医療技術が進み、人はナノマシンカプセル一つで長生きできるようになりました。二百歳、三百歳なんて珍しくありません。さらにIT技術が進み、自動運転で事故が無くなりました。その結果、いつまで経っても患者は搬送されてきません。来るのはAIロボット機械のメンテナンスに来る業者くらいです。今となってはどこの病院の医者もバーチャルで手術練習したことはあっても、直接、両手で生身の人間をオペする機会はないと思います。これは絶好の機会なのです。それにナノマシンカプセルが病気を治療できない体にも個人的に興味がありますしね」

「私の癌はそんな酷いものだったのですか」

「ええ、酷いなんてものではありません。悪用すれば世界中に死のウィルスとして大流行させる事も可能でしょう。そのため、世界中の政府があなたの動向を二十四時間監視しています。中にはあいつを敵国に送り込んでバイオテロに使えないかと考える人間もいるくらいです。安心して下さい。我々はそんな物騒な事には使いませんよ。でも、あなたには多額の懸賞金が掛けられている事も事実なのです。あなたの遺体の使用権を得ることが出来れば政府から多額の補助金が出るのです。我が病院を助けると思ってあなたの遺体を我々に譲って下さい」

「・・・先生、決めました。私の遺体を医療技術向上のために使って下さい」

「本当に良いのですか。ありがとう。感謝する。それではこの契約書に君のサインと印鑑をお願いします」

「この契約書は?」

「ああ、これかい。これはね、「魂移植手術をした結果、死んだとしても遺族は文句を言わない事。あくまでも本人の意思で手術しました。事前にそのリスクの説明はしてあります」と言う内容の覚書きだよ。きちんと覚書きを残しておかないと遺族から訴えられるからね。もう一枚はこの女性の肉体使用権契約書だ。五年間の支払いが全て終われば権利は君に譲渡される。でも、それまでは我々が君にその権利をレンタルしていると思って欲しい。途中で解約されても困るからね。ちゃんと支払う意志さえあれば五体満足に生活ができるはずだ」

「解約したらどうなるのですか」

「そうだな。その場合、支払った分だけ君に譲渡される事になる。つまり、頭金だけだったら文字通り頭だけ。半分払ったら頭から胴体まで。手付金を払えば胴体に腕から先を付ける事も可能だ」

「それは生きていると言えるのですか」

「不満かい。でもね。実際、その状態で生きている人間はこの世の中に何人もいる。君は彼らを見て自分の価値観で人間失格の烙印を押すのかい。彼らは今も必死に生きようともがいているよ。毎日、苦しくて死にたいと思っても歯を食いしばって明日を信じている。生きるって事は本来そう言う事なんじゃないかな。世の中には戦争や飢餓で生きたいと思っても生きられない子供もたくさんいるんだ。それを考えたら君は幸福だ。移植で新しい体を手に入れられるのだからね。それが嫌だというのであれば人間を辞めればいい。獣や鳥になって誰にも縛られず自由に生きるのもひとつだろう」



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