銀髪の青年
第1話 銀髪の青年
この世界にはなんでもある。
なんでもという言葉に入り切らないくらいだ。
剣もある。魔法もある。ファンタジーな世界だ。
銀髪の青年は今、旅をしている。戦闘用の動きやすい鎖帷子を身につけ、その上にロングコートを着ている。腰には剣を携えている。不自然なことに両手には何も持っていない。リュックサックもかるっていない。とても旅をしているとは思えない格好だ。
銀髪の青年は、足を休めず進む。行き先は、商売の国と言われるほど売買が盛んに行われている国、キルト王国だ。
しかし最近、キルト王国の周辺に魔物が多く出現すると言われていて、冒険者たちが多く行き来する国でもある。それはそれで、そこで商売をする商人にとってはいいことだろう。
魔物とは、普通の動物とは違い、凶暴だ。何らかの拍子に大量に魔力を浴びた動物は、自我が保てなくなり、凶暴化する。中には牙が鋭く大きく発達したり、筋肉が発達したりと、容姿が元とは異なったりしている個体もいる。危険な存在だ。そんな魔物と戦うのがハンター、いわゆる冒険者である。冒険者は、冒険者の集まりであるギルドから民衆からの魔物討伐の依頼を受け、達成し、その報酬で生活している。危険と隣り合わせだが、人気の職業である。
銀髪の青年はキルト王国に向かう道を1人で歩いていた。今は春。風が心地よく、花々が美しい季節である。銀髪の青年は春の暖かな風を感じながら足を進めた。
先程から1時間ほど歩いただろうか。目の前には大樹がそびえ立っており、それを中心にちょっとした広場にたどり着いた。銀髪の青年は切り株にゆっくりと腰を下ろした。大樹の茂る青々とした葉の隙間から降り注ぐ暖かな光は、まるで彼を歓迎している、そんな気もする。
少し休んでいると、広場の奥から何やら金属音がしてきた。銀髪の青年はその音に引き込まれるように、音のする方へ足を進めた。
するとそこには、掛け声を上げながら剣を振るう1人の少年がいた。その少年は、一心不乱に剣を振る。稽古中なのだろうか。まだ少し乱れているものの、見とれてしまうような、そんな気品も感じられた。銀髪の青年は同じ剣を持つものだからだろうか、何故か少年の姿に夢中になり、木陰から密かに応援していた。
それも耐えきれなくなったのだろうか。銀髪の青年は少年の元に近寄り、声をかけた。
「剣の稽古ですか?良ければ僕もご一緒させてもらえませんか?」
少年は、少し戸惑った。なぜなら、話しかけてきた銀髪の青年は、剣は持っている。一見、剣士のようにも見えたが、あまりに軽装備だったので、周辺に住む住民か、なにかに思えたからだ。
銀髪の青年は少年の返事を待たずに剣を抜いた。その剣は木漏れ日に照らされ煌めいている。なんとも美しい剣だ。
「も、もちろん!お願いします!」
頷く少年。そして、また剣を振る。銀髪の青年は少年の剣を見ていた。
「君の剣の振りは素晴らしいものだ。次は技を身につけてみてはどうですか?」
「技ですか?しかし、僕には魔力が少なくて、、。」
魔力。それは生まれつき決まっている個人の能力である。魔力は、魔法や剣技を使う時に消費する力だ。それは髪の色で決まっている。魔力が多い順から銀・紫・藍・青・緑・黄・橙・赤・黒となっている。この色に遺伝は関係ない。銀髪同士が子供を作ったとしても必ずしも銀髪が生まれるということではない。逆もしかりである。少年の髪の色はあいにく黒だ。そう考えてもしょうがないだろう。
「魔力が少なくても使える剣技がありますよ。」
「本当ですか!?ぜひ教えて頂きたい!」
少年は目を輝かせて銀髪の青年をみつめた。剣技とは、剣に魔力を溜め放つ、通常の剣よりもさらに威力が強まる技だ。
少年は慌てて自己紹介をした。名前はメルトと言うらしい。ひたむきでいい少年だ。
「お名前は、、?」
銀髪の青年は少し戸惑った。そして口を開く。
「名前はー。ルイだ。」
メルトは驚くほどのはやさで銀髪の青年が教えた剣技を吸収していった。気がつけば『第一防御魔法』(ファーストブロックマジック)までも破れるほどの剣技を習得していた。
「すごい!こんなに早く防御魔法を破るなんて!」
メルトはうれしそうだ。メルトが習得したのは、『兜割り』という剣技だ。名の通り兜さえも打ち砕く強力な一撃を放つ技だ。十~十二歳くらいの少年が、こんな短時間で剣技を習得するなんて、考えもしなかった。これが才能というものであろうと、銀髪の青年は感銘を受けた。
二人が喜んでいると、広場の奥の方からメルトを呼ぶ声が聞こえた。その声はだんだんと近ずいてくる。発声源は、、メイド服を着た赤髪の女性だった。その女性はメルトを見つけるとほっと、安心したようだったが、銀髪の青年を見てその表情は豹変した。
「メルト様!!お逃げ下さい!!」
そう叫ぶとメルトの前に立ち魔法を唱えだした。
「『第二魔法・氷柱』(セカンドマジック・アイスレイン)!!」
銀髪の青年の頭上に魔法陣が展開され、そこから氷の刃が雨のように降り注ぐ。
銀髪の青年はそれに動じなかった。即座に右手を頭上の魔方陣に向け魔法を唱える。
「『第一次防御魔法・壁』(ファーストブロックマジック・ウォール)」
銀髪の青年の右手から展開された魔法陣は氷の刃を容易に打ち砕いた。
「何故だ!私の魔法は第二次、何故第一次で防ぎきれる!?」
女性がそう思うは当然だろう。通常、攻撃魔法を受け止める防御魔法は、第一次を繰り出されたら防ぐには第二次防御魔法を展開するといった、対処が一般的である。しかし、銀髪の青年は、第二次に対し第一次で、しかもそれを容易に受け止めていた。異様な光景である。
「初めましての挨拶にはちょっと刺激的だね。」
銀髪の青年は赤髪のメイドを馬鹿にするな調子で言った。そんな挑発的な言葉に赤髪のメイドはまんまと乗っかった。
「貴様ァ!!もう一度だ!!」
再び魔法を唱える姿勢をとった。その目からは先程の挑発に対する怒りしか見えない。
「やめて!!」
メルトから放たれたその言葉に、赤髪のメイドは瞬時に攻撃体制をやめた。どんな防御魔法よりも強い言葉だ。銀髪の青年そう思いくすりと笑った。その笑いにまた彼女の怒りを買ったようだ。
「もうやめてって!!エリ!!」
赤髪のメイドは“エリ“という名前らしい。怒りを堪えながらも頭を下げメルトの後ろにつく。なんとも可愛らしい名前だ。見た目も文句なしの美人。しなやかな赤髪に燃えるような赤い目。容姿は誰が見ても100点満点なのだが、先程のように挑発に対する耐性が全くない。おそらく短気なのだろう。そこが残念だ。まさに玉に瑕だ。
「ルイさんは、僕に剣技を教えてくれていたんですよ!!」
「な!?わ、私はメルト様が襲われているのかと,,,」
早とちりなのか。メルトに叱られている。そういえば、メルトを様と呼んでいたな。まさかー。
「ルイさん、紹介しますうちで働いてるメイドのエリです!先程は失礼しました」
ぺこぺこと頭を下げるメルトに対し、メイドさんはしかめっ面をしていた。なんと無礼な。
「いえいえ、大丈夫ですよ、、というか、様って、、まさか??」
「あ!ちゃとんした自己紹介してませんでしたね!僕の名前はメルト、キルト王国の第一王位継承権を持つ者で、キルト王の息子です!」
…何となく、剣の練習に引き込まれ、何となく剣技を教えていた、その少年は、目的のキルト王国の王子だったのだ。
驚くより先に、銀髪の青年の頭の中にはこの言葉が浮かんだ。
「そちらに、ミカというメイドはいませんか!?」
王子と知って驚くよりも先に出た言葉がこれである。逆にメルトに驚かれたところだった。
「あ、はい!居ますよ。王城のメイド長をしています!僕のお世話係でもあります。ミカになにか御用ですか?」
「是非!!合わせて頂きたい!!」
メルトが返事を待つ姿勢に入る前に出てきた言葉に少々驚いているようだ。銀髪の青年は身を乗り出してメルトに言った。その目には少し涙が浮かんでいた。
「もちろんですよ!ルイさんには剣技を教えて貰った恩もありますし!招待しますよ!」
その言葉に深く頭を下げる銀髪の青年。
しかし。その言葉をよく受け取らない者がいた。言わずとも分かるだろう。エリという赤髪のメイドだった。
「メルト様!!こんなよく分からない者を軽々と招いては行けません!!そもそも、この人は何者なんですか!!剣は持っているけれどあまりにも軽装備で、兵士でもないし、荷物も持っていない、旅人でもなさそうですし、一体何者なんですか!!」
確かに。と銀髪の青年を見つめるメルト。そう思われても仕方が無いだろう。どうやって逃れようか、そう考えていたが、思いつかなかった。見せるしかないのか、と、銀髪の青年は右手を自分の体の前に出した。
「『宝物庫』(トレジャーハウス)」
そう唱えると右手から魔法陣が展開された。その魔方陣の中に左手を入れ、何かを探すように手を動かす。そしてその中から大きなリュックサックを取りだした。まるで青いたぬきがポケットに手を入れるかのようだった。
「僕は旅人です、そんなに疑うなら、ミカに、銀髪の魔法剣士が会いたがっていると、伝えてください。会うか合わないかは彼女に任せます。伝言頼めますか?」
「もちろんです!疑ってるわけではないんですが、エリがうるさいのでそうさせてもらいます」
メルト様!!私はメルト様を思って!などと、カバーにはいるエリを置いて、メルトは銀髪の青年にお辞儀をして広場から駆け足で去っていった。
「おい、お前、ルイと言ったな。ミカ様になんの用だ。」
エリから発せられた敵意むき出しのセリフに呆れながらも、ミカに会いたい理由を自分でももう一度、確認してみた。
「彼女とは、知り合いでして。久しぶりに挨拶をしに来ただけですよ。」
そう。知り合いなのだ。いや、知り合いではない。もっと、密接な関係があった。・・・あの日までは。
「ミカ様と知り合い!?冗談を言うな!なぜお前のようなよく分からない旅人が王直属のメイドの長であるミカ様のお名前を知っているのだ!?疑って当然だろう!」
「彼女の返事を待ちますよ。」
そう言うと、エリは銀髪の青年を睨み、メルトを追いかけて広場を去っていった。
静かになった広場には小鳥のさえずりが響き渡っていた。風の音も聞こえる。その音が銀髪の青年の心を踊らせる。
「ようやく、ミカに会える。」
ぐっと握り拳を作った。嬉しさと、今まで会えなかった寂しさが一気にこみ上げてきた。まだ会ってもないのに1人で興奮していた。
風が美しい銀色の髪を揺さぶる。銀髪の青年は、まだかまだかと、メルトの帰りを待った。