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ピグミの物語  作者: ソノ
32/35

クローサーの歌 (8)

 




 閃光と鮮血。父の血溜まり。返り血を浴びたツシマは微笑んで俺の体を抱きしめた。


 思考が定まらない。両親が殺されたのに、俺はただ呆然とその光景を見つめている。床には赤黒い両親の血、それが合わさった場所に俺は立っていた。


「クローサーこれがあなたの家。金と権力と愛に溺れた欲望の家。私たちを育てた場所」


「……みんな子供だったじゃないか。俺と同じ年頃の、それよりも小さい子も」


「みーんな子供のうちに売られて死んじゃった。子供ってとっても弱いもの……労働力がいるなら大人の奴隷を買うはずでしょ? つまり、そういう奴らに売られて行ったの」


 世界の音が、声だけになった。ツシマの声はハッキリと届くのに、ほかの音が聞こえない。子供たちの笑い声も聞こえない。みんなどこへ行ったんだろう……そうだ、今日は街で俺の式典があるんだ。今まで頑張って司祭になる為努力した……何故だっけ。


「そしてその友が売られたお金で育てられ、学校にまで通わせ貰っていたなんて知らずに、君は立派な大人になった。尊敬する自分の家を手伝おうと司祭にまでなった。また新たな奴隷が生まれてるとも知らずに」


 ツシマは俺の手を引いて歩き出した。屋敷の外に出て、草の上を歩いた。何が起こっているのか、まだ整理が追いつかない。



「君の体がなにで出来ているか知ってる?」


 あの草原は新緑の風が吹いている。木の前に着くとツシマは微笑んで俺を振り返った。一度も脱いだことのなかった上衣を地面に落とし、その布一枚向こうの体を光に晒した。首の下、余すところなく体は傷だらけだった。


「君の体はね、ここで育った友達の肉で出来ているの。みんなお金になって君が育てられたの」


 冷えた俺の体を、体温を帯びた優しい手が抱きしめる。優しくて甘い匂いが鼻をくすぐる。草に紛れて、温度を持った人の匂い。それが余計に俺の胸を締め付ける。


「あなたの体は私達の削がれた肉と痛みで作られているの。私たちを売ったお金でこの体は作られているの……この肉も! この血も! 私がクソジジイに嬲られて、犯されて! 削がれた肉と痛みで!」


 ツシマの長い指が背中に回り、肉に爪を立てた。ツシマは俺の背中を上から下へ長く深く、痛みを描いた。


「両親があなたの親に殺されてまで私は奴隷になった。その頃君はその汚いお金で、美味しいご飯やお菓子を食べていたんだよ、アハハ! ねぇとっても美味しかったよね」


 力が入り、めちゃくちゃに引っ掻きだす。ツシマは興奮していて、狂気を含んだ目で俺を見上げる。


「みんな特別な鬼畜に売られて、今も君のこの体に囚われ抜け出せなくて、生きたかったって悲鳴をあげている」


 俺は震える手で、その体を抱きしめた。震えた声で謝罪しながら。


 知らなかったんだ、本当に。あの眩しくて暖かいとさえ思っていた自分の家が、奴隷商の家だとは。


「汚い体……沢山の友達で出来ているあなたのその肉が、剥がれ落ちたらいいのに」


 突き飛ばされて、俺はツシマから離された。しゃがんで足元のローブから一つのカバンを取りだしている。なんてことのない、茶色い皮のアイテムバッグ。


「じゃ、行くね。パパとママの仇は伐ったし、何も知らなかった君に用はない」

 

 ツシマは俺に背を向け、眼前に広がる街を見下ろした。いや、空を見ていたのかもしれない。


 風が吹く。気持ちがいいほどの空に浮島の姿はない。


「もう生きたくないほど疲れちゃった。けど拷問を受けてたときに、まだ死にたくないって思いが強く残りすぎて死ぬのは怖いの。だから消えることにする」


「行かないで、くれ……俺はまだ、何も償えていない」


 長いしっぽが遊ぶように弧を描く。


「猫は死ぬ時、愛しい人の前から消えるんだって。きっと死んだと思わせたくないんだよ。忘れて欲しくないんだ」


 ヒラヒラと手を振るとツシマはカバンの中に消えた。最後に入っていく尻尾を俺は掴めなかった。


 そしてツシマはいなくなった。俺の爪は、ツシマが付けてくれた爪痕をなぞるように何度もその傷跡を抉った。引き裂く度に、売られて行った子達の顔が脳裏に浮かぶ。


 いつまでも。今でも。




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