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ピグミの物語  作者: ソノ
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エルフの村(3)

 


 村長のおババの家を出て、ヒスイが村を紹介して周ってくれた。水面はどこも透き通っていて水底の海藻やサンゴが美しかった。小魚や海蛇もいたが、漁には囲いの外の海まで出るようだ。


「近くの森はぬかるんで狩りには向いていないから素材は限られているの、久しぶりの娯楽にみんな喜んでるわ。この村は華やかなものは何もないけど海産物は豊かで、食べ物には苦労しない。だから私たちの村は日がな一日、機を織ったり刺繍をして暮らしてるの。家々によってその模様や織り目に特徴があるのよ」


「刺繍ってさっきの布にあった絵のこと?」


「そう。昔から伝わる私達の誇りの技よ」


 村の人たちに事情を説明しながら周ると皆にこやかになり、挨拶を交わしてくれた。家々に糸を分配しても皆カイコイトに張り切ってくれ、快く引き受けてくれる。子供達も泳ぎながら近づいてきて、美しく泳ぐ姿も見られた。その中の、子供に混じって泳ぐガタイのいいエルフの男がヒスイの船に近づき船に掴まる。彼女はしゃがんで水面から顔を出す男に顔を近づけ、頬に唇をつけた。


「だから心を込めてその日が来るまで生まれた時から準備して備えてるの。それが今度行われる儀式、サムシングブルーよ」


「そうだったのか、それで青色の糸を。おめでとう」


 突然現れたカズラというエルフの男とにこやかに握手を交わし、クローサーが一人納得している。私は理解できずクローサーを見上げた。


「サムシングブルーとは、サムシングフォーのことだ。何か新しいものを、何か古いものを、何か借りてきたものを、そして何か青いものを揃えることだ」


「ええ、だから素敵な青いものを探していたんだけどなかなか見つからなくて。でもあなたたちが持っていたあの糸は、今まで見たことがないくらい素敵なブルーだったわ。これで安心して婚礼の儀式を行える」


 ヒスイとさっきの男が寄り添っている。婚礼とは何のことだろう?とわたしはまだ首をかしげていた。


「この地はハートの形をした愛の聖地。だから結婚の儀式をとても重んじるの。私達、家族になるのよ」


 まっすぐと見つめ合う二人は何の迷いもない似た笑顔を持っていた。温かくて、幸せに満ち溢れている。



***



 次の日は結婚式の準備を私たちも手伝った。頼りないクローサーさえも力作業に駆り出され、子供の私は目の不自由な長老の家で雑用を言い使った。


「あなたの服が直りましたよ、着てみてください」


 おババが修復してくれたドワーフの服は貝子糸で作られた布で補強され、それがわかりにくいよう兎と植物の蔦が刺繍されていた。刺繍は虹彩を持ち、命を持ってるようで今にも動き出しそうだ。一夜にしてこの技を成せるのはエルフの特技を感じずにいられない。


「縫い目には呪力が込められると昔から言われています。子供の服はどうしても縫い目が少なく、縫い目を増やすために背守りという刺繍をつけました。気に入りましたか?」


「うん、ありがとうおババ」


「エルフは人やものに様々な状態魔法をつけれる。あなたの傷を治したヒールもそうね。この背中のお守りが次は、あなたを守ってくれますようにと力を込めました」


 微笑むおババが服を着せてくれた。袖や襟にも所々綺麗な糸で刺繍を施してくれ、地味だった服は華やかになった。なんてことない布に、ドワーフの鮮やかな色を使い、エルフの技を付け加えることで服は可愛らしさを持った。服は肌を覆うのに、とても体が軽くなった気がした。華やかな気持ちを色と模様が表現してくれているようだ。


「それにしてもあなたが持ってきてくれた糸は本当に素晴らしいものですね。水の上の家は気温も穏やかにしてくれて漁にも出やすいのですが、森の素材には恵まれていません。ボンヤリと見える豊かな色彩の濃いこと……」


「森のドワーフが糸とか布いっぱい作ってる。綺麗な色の村だったよ」


「まぁ……ドワーフの方には、あまり好かれることがないので交易がなかったから見落としていたのね。そんなに近くに糸が」


「素材や色は作れるけどエルフみたいに機織りはうまくないんだって。旅人の振りをしたら歓迎してくれる」


「そう……嬉しいわ、儀式が終わったら使者を送りましょう」


 おババは縫い物をしながら様々な模様の意味を教えてくれた。六つ並んだヒョウタンは六瓢、無病息災。丸い波のマークの青海波、波のように穏やかに過ごせますように。そして兎は、後ろを振り向かず前へ進むから縁起がよいとのこと。月の使い、ツキがつくらしい。


「我々は、生まれた色や形には意味があると信じて、またその姿をとても尊敬している。昔からある命の歴史が今も目の前にある。それを一針一針に力と想いを込めて刺繍しているんです」


 家の中が騒がしくなってきた。他の女性エルフが楽しそうに駆け回り、興奮している。奥の部屋では楽しそうな声がして、はしゃぎあっているようだ。


「模様はただの布にも意味を持たせます。昔はここは過酷な海で、彩り何てなかったんでしょうね。最初はその力を狩猟用の装備品や寝具なんかに。うまく狩ができますように、怪我しないで帰って来れますように、よい眠りを与えてくれますように……幸せを与えてくれますようにと」


 奥の部屋へおババが顔を向けた。他の女エルフが手伝いながらヒスイが幾重もの白い布を重ねたものを着て、同じ色の大きなフードのような被り物をして現れた。私は息を呑んだ。


 着物、というものらしい。真っ白な布地は光に当たるとその模様が浮き彫りになり、立体的でそのまま埋め込まれたかのようだ。その豪華な刺繍は何年も何年もかけて手縫いされたという。鶴は夫婦仲の良い鳥ということ、糸巻き門は長寿を願う、松竹梅は三寒三友、冬の寒さにもめげない節操を守る例えだそうだ。


「孫の白無垢姿はどうですか? ピグミさん」


「うん、綺麗。とっても……」


 大きな綿帽子の隙間から微笑んでくれるヒスイは本当に綺麗だった。


「ありがとう、貝子糸のおかげで工夫を凝らせることができたわ」




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