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ピグミの物語  作者: ソノ
12/35

エルフの村 (1)

 


 

 



 瞼の光、水の音で目が覚めた。目を開けると目の前に綺麗なクローサーの顔があった。彼は座ったまま私を後ろから抱え、包み込んでくれていた。眠っている顔に手を延ばして頬に触れる。ゆっくりまぶたが開いて、そのまま目が合った。


「起きてたのか、具合はどうだ? 毒抜きはしてもらったが」


「へいき」


 空を遮る彼の顔をそのまま撫で続けた。口の端を上げ、薄く微笑んでくれる。私の手を取り、そのままクローサーが周りを見回したので私も起き上がって同じ方向を見回した。


 私たちはクローサーの小舟で体を寄せ合って眠っていたようで、周りは穏やかな水に囲まれていた。少し先には浅瀬に杭をいくつも打ち、その上に藁葺き屋根の家が建っていた。


「エルフの水上集落だ。村には入れてもらえたが、よそ者はあまり歓迎しないようで家には入れてもらえなかった」


 軒先のテラスのようなところに人がいて、長い櫂を使い小舟で移動する者もいた。水の透明度が高くそのボートはまるで宙に浮いているように見えた。


 血のこびりついたドワーフの服を脱がされ、クローサーに背中の傷と服を周りの水で洗ってもらった。海は水のように見えて塩の味がし、治りかけの傷にしみた。


 せっかくもらったドワーフの服は破れてしまい、また奴隷服に逆戻りすることが切なくって、クローサーに促されても服を着れないでいた。口をへの字に曲げ、かぼちゃパンツのまま不貞腐れて水面を覗き込んでいたら水の波紋が届いた。顔を上げると巧みにオールを使い、こちらに向かってくる一艘の船があった。長いフードを被った背の高い人が操縦している。


「おはよう旅人さん、怪我の具合はどう?」


「おはようございます。昨夜はヒールをありがとう、傷は塞がりつつあるようです」


 フードを取り、長い髪を翻したのは特徴である長くて尖った耳のとびきり美人な女のエルフだった。眩しい笑顔に私は少し驚いた。


 屋敷でエルフの奴隷は少ないがいた。彼らは自尊心が高く、痛めつけられても誇りを捨てない人たち。皆一様に美しく、気高かったが、劣悪な奴隷環境に次第に弱り痩せ細って皆長くは保たなかった。


 笑顔を見せるとこんなにも美しい人種だったのか。美しい者同士が言葉を交わしている。見惚れていたら女の顔がこちらを向いた。


「あら、あなたどうしたの? ここは気候は穏やかだけど海沿いだから太陽の光は強いのよ、暑くても服は着ていたほうがいいわ」


「服が破けてふてくされてるんだ。ほら仕方ないだろ、我慢してこれを着るんだ」


 クローサーが無理矢理着せてこようとしたので暴れて抵抗した。私は足を突っぱねクローサーの腹を両足でゲシゲシと蹴った。船がぐらつき、クローサーは諦めたのか舳先にしがみついて腹を押さえた。


「もう知らん! 思いっきり蹴りやがって」


 奴隷時代の服を顔に投げられ、そっぽを向かれた。険しい顔をして頬杖をつくクローサーを見ていたら、目が霞んできた。


「あーあー、泣いちゃったじゃないの」


 目から海水が溢れてくる。なぜだろう、ポロポロ落ちる涙は辛い味がして嗚咽が出る。なぜ着るものなんかにこだわるのか。日差しが背中をジワジワと焼いているのはわかる。だがどうしても着たくないのだ。


「ああ、すまんピグミ! 悪かった」


 抱き寄せられ、頭を撫でられた。何度も頭上で優しい声をかけられ、謝りながら抱きしめてくれる。落ち着くと今の状況に少し、しめしめとも思えるようになっていた。観念して着るしかないと諦めもついた。


 私が悪いのはわかっている。クローサーの忠告も聞かず、過信して魔物に負けたのだ。服を失ったのは当然の報いだ。


「女の子だものね、可愛い服じゃないと一日は始まらないわよ。見せてごらん」


 女エルフが船を寄せ、クローサーが立ち上がってドワーフのくれた服を渡した。背の高い二人は幻想的な世界に迷い込んだかのように波紋を広げる青い海とマッチした。


 服の破れた箇所を見回していた。ドワーフの服は藍色で、ダブダブのワンピースのような形。ヒラヒラのレースはないが気に入っていた。


「これくらいなら布を継ぎ足せばおばぁに裁縫してもらえるわ。ただ今は諸事情があってこの村は糸が不足しててね」


 私はその言葉にまたクローサーの鞄に飛びついた。前回のように頭から突っ込まず、念じただけで欲していたものを掴んだ。ドワーフが紡いでくれた藍染の糸だ。指定した色以外も大量に用意してくれている。


「貝子の糸じゃないの。しかも青色なんてものが……美しいわ」


「金はない、けど不足してる糸ならあげる。直せる?」


 エルフは少し驚いた顔をして、糸を眺めると太陽のようにニカッと笑った。


「交渉上手ね、もちろんよ」




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