雨が上がる話
空は延々と暗いままだし、屋外に干した洗濯物は乾かない。アスファルトの隅の排水溝にはいつも水が流れている。川はいつも濁った土色をしている。喧嘩をした人は仲直りしないし、傷は治らない。雨上がりの虹はかからない。
ここはそんな街だ。
僕は七宮を呼び止めた。
七宮の傘がくるりとまわる。
「何?」
無表情で冷たい視線が僕を見る。
「わるかったよ」
僕は言った。
「謝るよ。許してほしい」
「いいわよ」
七宮が言った。
「話はそれだけ?」
「えっと」
「それじゃあね」
「待って」
僕は七宮の手を掴んだ。
驚いた七宮の手から傘が落ちる。
七宮が濡れる。
風が吹いた。
僕の手から傘が吹き飛んでいく。
「仲直りがしたいんだ」
「私もよ」
「でもどうすればいいのかわからない」
「なんだ、そんなこと」
七宮は手を伸ばした。
「こうすればいいのよ」
ぱちんと指を鳴らす。
途端に、雨が止んだ。晴れ間が覗き、光の梯子が差し込んできた。みんなが雨が降っていて欲しいと望むから降っていた雨は、七宮のまっすぐな強い気持ちに負けて退いていく。ああ、光に濡れた七宮はとてもきれいだ。
でもそれはほんのわずかな間のことだった。
街はまた雨に包まれる。ここはまた雨の降り止まない街に戻る。七宮の気持ちはみんなの気持ちに覆い隠される。誰も彼も濡れて、傷付いて、治らない傷の前に喘ぐ、この街の力の前に敗れ去る。七宮に暗い影がかかる。闇が七宮を飲み込む。それが嫌で、僕は七宮を抱きしめた。闇の中から七宮を奪い取った。
一人なら負けてしまうかもしれない。でも二人ならきっと勝てる気がした。
「僕は君が好きだ」
「私もあなたが好きよ」
七宮の手が背中に回る。僕を強く抱きしめる。
七宮が顎をあげた。
僕らは口づけを交わす。
「それで、大橋とはなにを話してたのよ」
「それは言えない」
僕が言うと、七宮は強く僕の肩を叩いた。
光が差した。
雨が止んだので、僕と七宮は手を繋いで歩き始めた。
雨上がりの虹がかかっていて、僕らは空を見上げた。
完結です。読んでくださってありがとうございました。評価点や感想、お気に入り登録などくださると真昼が泣いて喜びます。