川が土色な話
「川が土色なのがいけないんだわ」
大橋さんが言った。ぼろぼろと泣きながら。僕は返答に困る。なぜ僕は川沿いのマクドナルドに連れ込まれているのだろうと思う。
「こんな街嫌いよ。川は土色だし、洗濯物は乾かないし、カビは生えるし、食べ物は痛むし、ゴミは臭くなるし、おまけに仲直りできないし、傷は治らないもの」
僕はフライドポテトをつまんで、コーヒーを飲んだ。
塩辛くて、苦い味がした。
「ねえ、聞いてるの?」
「たぶんきっとおそらく」
「もう」
大橋さんは僕の態度に怒る。泣きながら怒る。
でも僕にいったいどうしろというのだろうか。
ことの顛末はこうだった。
大橋さんは七宮を昼食に誘った。ちょっと美味しいランチのお店を見つけた、割引券も持っている、だから一緒に行かないか、とこんな具合に。
七宮は「いいわね、いきましょう」と言い、二人はちょっと美味しいランチを出すお店に行った。前菜とパスタ、ピザ、それからデザートを楽しんだ。それから少しばかり雑談をして、好きな人はいるのかとかそういう話題になった。七宮は僕の名前をあげた。つきあっていると言った。
「はっきり言ってパッとしない人よ。いくじなしだし、弱虫だし、将来性もないわね」
(僕は思いがけずライフポイントに60のダメージを受けた)
「でも傍にいるとなんとなく安心する人なの」
「ふ、ふうん」
大橋さんは平静を装った。お店を出て、七宮と別れて大学に戻り、学内のコンビニでファミチキとスパイシーチキンのどちらにしようかたっぷり五分悩み続けていた僕を捕まえてマクドナルドに引きずり込んだ。彼女はテリヤキマックバーガーのLセットを頼んで貪り食いながら「私、七宮さんのことが好きなのよ」と言った。
「友達的な意味として?」
僕は確認のために尋ねた。
「恋愛的な意味として」
大橋さんはレズビアンだった。
「僕なんかに打ち明けていいの?」
「ヤケよ。内緒にしないと殺す」
大橋さんの目は本気だった。
僕はその秘密を墓場まで持っていこうと思う。
「ねえ、七宮さんと別れてよー」
大橋さんは冗談めかして語尾を伸ばしたが、かなり本気で言っていることがわかる。
「ヤだ」
僕は言う。
「どうして」
「七宮がかわいくてきれいで、性格はわりと悪くてこの街がきらいで、雨が降っていて川が土色で、僕は七宮のことが好きだから」
大橋さんはちり紙をとって思い切りハナをかんだ。
「川が土色なのがいけないんだわ」
大橋さんは理屈にあわないことを言った。
誰も悪くなかったけれど、誰かのせいにしたかったのだ。
そうしないとやりきれなかったからだ。
僕と大橋さんはマクドナルドを出る。
大橋さんは泣いていたけれど、相変わらず雨が降っていたから傍目からはそれがわからない。