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ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ

真夜中にバイクを走らせていた

もう20年くらい前のことになる。

私は、その町で一人暮らしをしていた。大学も3年目になり、アルバイトの無い日は夜中に中古で買ったバイクに乗り、あてもなく知らない道を走っていた。

彼女もいなかったし、他にやることもなかった。今ほどインターネットが普及していたわけでもなくて、ネットサーフィンという言葉はあったけれど、それをするには電話代が山ほど掛かった。インターネットは電話回線でつながっていたからね。


その町は、人口5万人くらいの市で山に囲まれていた。当時はオートバイブームが終わった直後くらいで、中古のスポーツバイクが安く手に入ったから、私も例に漏れず250ccのスポーツバイクに乗っていた。

夏の夜。蒸し暑さの中で信号待ちもなく山の中の県道を走るのは気持ちよかったし、冒険をしているような気分にもなって、なかなか楽しかった。

峠を攻める、なんて言っていたけれど、そんな度胸もスキルも無かったから、ただ少し飛ばしているだけくらいのスピード。スマホなんてSFレベルで考えられなかった時代。地図を1冊持っていたけれど、そんなのはお守り程度で、ほとんど勘で道を選んでいたよ。

県道は割と広く、通行するクルマはほとんどない。12時頃には5分に1台くらいかな。民家はたまにある。うどん屋みたいなのが時折。道路を照らす水銀灯。自販機の灯り。カーブはきつくなく、飛ばしやすい道。

気が付くと、結構家から遠くまで来てしまっていた。道路標識の地名に見覚えが無い。そろそろ帰ろうと思った。

でも来た道で帰るのも芸が無いから、私はいつもこういう時には、適当な交差点で家に帰れそうな方向へ曲がってみることしていた。

次の日に大事な用事があるわけでもない、暇な大学生だから出来ることだよなあ、と今になって思う。


その日も適当に曲がった道。

最初は広い道路だったのだけど、すぐに中央分離帯が消え、道路の舗装が荒れてきた。けれど街灯が時々あった。ということは誰かが使っている道路だということで、そういう道は何処かには繋がっている。気にせず走り続けた。

上り坂。山一つ越えれば別の県道に出るだろう。家らしいものは全くなかった。スピードの出せない狭い道。急なカーブ。鬱蒼とした森。10分くらい走っただろうか、上り坂が終わると同時に急に視界が広がった。

「こんなところにキャンプ場なんてあったかな」

最初は、そう思った。

広場のような場所の真ん中に道路が一本。右手の先に灯りの付いた建物が見える。遠目にそれはバンガローのように見えた。

近づいていくと、それは古い平屋の建物だった。キャンプ場か、と思ったのは、その広場の何か所かに灯りがあって、全体的になんとなく明るかったからだ。

広場の向こうには何人かの人影が見えたような気がした。キャンプ場だったのなら、こんな夜中にバイクの排気音をたててしまってごめんなさい、と思った。出来るだけ静かに通過しようと思った。

その時、建物から誰かが出てきて、こちらに振り返ったような気がした。ちょうど、バイクは建物のそばまで来ていた。私は見るともなしに、その人の顔を見た。バイクのヘッドライトに照らされたその人の顔は無表情だった。白い顔の女性、たぶん若い女性だと思った。

通過して、何故だか寒気がしていた。

何故だかわからない。なにか違和感を感じていて、それについて考えようとするのを無意識に止めようとする自分がいる。

今は、それを考えちゃいけない。

とにかく、ここから離れた方がいい。

とにかく、早く逃げた方がいい。


道は下り坂になって、そして街灯も無くなった。

真っ暗な狭い道が続く。通行量も無いらしく、落石や木の枝が道に散乱している。

最大の注意力で先を急ぐ。

ものすごく背中が寒くて、そしてタンデムシートが気になったけれど、それは気のせいだと必死に自分に言い聞かせた。


しばらくして、急に道が広くなった。

民家が数軒、そして県道に出た。何度か走ったことのある場所だった。

結果的にはすごく近道をしたらしい。私はほっとして、そして疲れを感じて、そのまま家に帰ることにした。


家に着いて、真っ暗な自分のアパートの玄関を開けた。

違和感を感じた。

時計を見る。4時30分。

え?と思った。感覚的には1時前くらいのつもりだった。思い返すルート的にもそのくらいの時間のはず。そんな馬鹿な、と思う。

けれど、あの山の中のキャンプ場で感じた違和感。すぐにそれを思い出す。真っ白な無表情の女の顔が鮮明に浮かんでくる。

違和感の正体に気が付く。

見えるはずがない。ヘッドライトが照らし出した人影は・・・・後ろ姿だったのだ。


混乱する。

とにかく部屋に入り、全部の電気をつけた。

床に座り込み、必死に思い出す。私が見たのは後ろ姿だったのか?ヘッドライトは何を照らし出したのか?

記憶の中で、作業服を着た男の後ろ姿がバイクのヘッドライトに浮かび上がる。

だが、同時に女の白い顔も浮かんでくる。まるで作業服の男の背中にぴったりと半透明の女が貼り付いているような感じで、だ。


私は、その時、初めて恐怖を感じた。

意味が分からないものを見てしまったという恐怖で、そしてまるで数時間分をワープしてしまったかのような感覚で、そして、山の中で、あの恐ろしいものを見た瞬間に思考停止をしていなかったら、きっと無事に帰ってきてはいないだろうという予想で。


その夜は、もう眠ることなど出来ず、自分の走ってきたルートを地図で必死に追ってみたり、夜が明けてからは、より詳細な地図を求めてコンビニへ行ってみたりした。


しばらくした後、昼間に同じ場所へ行ってみたことがある。

そこには、過去に村があったと知ることになる。そしてキャンプ場だと思った場所は、霊園だった。

あの日、私が見た人影、作業服の男、女の顔・・・あれはいったい何だったのだろうか。


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