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第1話 織田信長、徳川家康もしGMするならば

 今日も今日とて、信長とコウ太はセッション砦でTRPGのセションであある。

 面子は、信長とコウ太のほか、サツキくんと顕如けんにょを精神憑依させた青年ミツアキさんに加え、京都から遠隔参加の秀吉である。、タブレットPCをスタンドに立てかけ、ビデオ通話をすれば遠隔参加も簡単なので世の中便利になったものである。

 遊ぶゲームは、コウ太がKPの『CoC』である。

 セッションは、つつがなく終わった。

 面子に恵まれているので、本当に何の問題なく楽しく終わる。

 で、残った菓子や飲み物を並べてのアフタートークというやつである。

 秀吉は食事制限があるとかで、かえってそっちのほうがよかった。

 セッションを振り返って盛り上がるここからが本番というゲーマーもいる。


「今回は戦国が舞台であったからわしらも楽でよいわ。のう、サルよ」

「いやあ、私は全部が全部思い出したわけではないですから、“現日”のほうが馴染みがあるのですけどもね」

「ほう、まだ羽柴秀吉としての記憶はすべて戻ってはおらんのか」

「断片的には思い出しておりますが、まだ一部なもので」

「……まことか、それ? 忘れたほうが都合のいいことを思い出さないふりをしておるのではあるまいな? おぬしは、そういうことをさせたら天下一だしのう」

「滅相もありませんよ、そんな」

「まあ、よい。戦国の世のようにねね殿を怒らせるような真似は控えるのだぞ」

「いやあ、ははは……」


 にたにたとキモい笑みを浮かべる秀夫さんこと秀吉である。話によると結構稼いでいるので、この歳でもキャバクラ通いもしているらしい。このご時世に、景気のいい話である。

 秀吉は、伏見城で今際の際を迎え、いよいよ最後という直前に現代日本にタイムスリップし、記憶をすべて失っていた状態で保護されたという経緯を持つ。

 その後、現代医療による適切な治療によって寿命も回復し、つい最近まで木村秀夫という仮の名で生きてきたのだ。

 信長のいう“ねね殿”は、秀吉の正妻でのちに北政所、高台院となる。

 当時珍しい恋愛結婚で、家族に反対されながらもまだ身分の低かった秀吉に十四歳で嫁いだ。藁葺の質素な家で慎ましく暮らしていた。

 秀吉との間に子はなかった。秀吉は妾を迎えて初の実子、石松丸いしまつまるを設けたが夭折ようせつする。

 女好きといわれる秀吉に対し、浮気ばっかりして困ると信長にかけあっている。

 信長も、ねねを気遣って「あなたは会うたびに美しさを増している。なのに文句を言うとは言語道断。あのハゲネズミにはもったいなく、あなた以上のよき女性は得られないのだから、浮気に嫉妬せず堂々としているように」という大変丁寧な手紙を、天下布武の朱印状つきで送っている。信長の四男秀勝(ひでかつ)を養子に迎えていることも関係しよう。

 ここでまた、戦国時代の秀吉のやらかしがが蒸し返される。


「ふたりとも、戦国時代のことは言いっこなしにしないと」

 思わず、コウ太が割って入る。

「ふむ、そうでもせんと顕如を招いてのセッションなんぞできんしのう」

「太閤殿下と信長公には、私も散々な目に遭わせられましたからね」

 ふんわりさわやか系TRPGお兄さんである、ミツアキさんらしからぬじっとりした視線を送る。いや、今は中身は本願寺顕如か。

 まあ、そりゃそうだろう。

 長島一向一揆、石山本願寺からの追放、そのうえ寺領解体までの流れを、このふたりにやられている。信長をさんざん手こずらせているものの、織豊被害者の会代表みたいな人物である。

 しかし、武将ゲーマーたちの間では、セッションなどTRPGの場において戦国の遺恨は持ち出さないという紳士協定がある。

 TRPGのセッションは雰囲気と空気が大切なのである。人間関係のギスギスとか、最大の敵と言っていい。

 あと持ち出すと喧嘩になってしまい、遊ぶ相手が減ってしまうという切実な問題に直面することになる。


「それはさておき、今日のコウ太先輩のシナリオは面白かったですよ」

 サツキくんがセッションを振り返っての感想を漏らす。

 ――いい、いいぞサツキくん。

高校生のイケメンというだけでコウ太は反発するものを感じていたが、自分を褒めてくれるなら、まったく問題はない。

 先輩と呼ばれるのも、満更ではない。可愛い後輩である。


「いやあ、僕とか戦国武将の皆さんに比べたら」

「いや、だから戦国武将だとTRPGがうまいという理屈はどこにもないぞ?」

「でも、信長さんと秀吉さんは、ダイス目すごくいいですよね。どっちも運よかったわけですし」

「わしも秀吉も確かに運はいいのう。『CoC』の探索者も武将も、【幸運】は大切な能力値であるからな」

「……その点、わたしは引けを取りますよ」

「俺の“相棒バディ”も、ここぞってときは悪い目が出ます」

 サツキくんは、言いながら2D6の桔梗紋ダイスを転がした。

 このダイスに明智光秀が宿っているのだ。山崎の合戦で負けて三日天下に終わるのだから、ダイス運は悪いだろうとは思う。


「僕、気になるんですけども、聞いていいですかね?」

「おう、なんじゃ?」

「ほら、信長さんも秀吉さんもGMやるじゃないですか。どっちも結構うまいし。ひょっとして、徳川家康もGMうまかったりするんでしょうかね」

「うーん、三河殿のGMのう……」

内府だいふ殿のGMねえ……」

 ふたりとも、腕を組んで考え始めた。

 三河守と内大臣を指し、どちらも家康の官職である。

「三河武士というのはな、一騎で尾張の兵三人分と言うほどに勇猛であるが、なかなかに面倒くさいのじゃ」

「まあ、尾張の兵は弱兵と侮られるくらいですからな」

 尾張の兵が弱いのにはいろいろ要因があるが、農業より商業が発展したため、土地のために戦うという帰属意識が低く、すぐに逃げ出したためともいわれている。

「面倒くさいっていうのは?」

「気分を害すると妙な意地を張るのと、融通が効かんのよ。しかも、その気分を害する沸点と地雷が見えにくいのじゃ。三河殿はそれに輪をかけて面倒くさい。わりと短気で怒ると根に持つくせに、滅多なことでは表には出さん。で、堪える。堪えるから、こっちがその鬱憤の地雷を踏んだときに思いもよらないところで爆発する。そのうえ、質素が行き過ぎて吝嗇であるしな……」

「うわあ……」

 それは面倒くさい。家康と言ったら辛抱の武将であるが、短気なことを示すエピソードも意外に多い。内に溜める分、どっかで爆発する地雷を抱えるのだ。

「然り然り、律儀ですがその分面倒で、敵に回すともっと面倒極まりなかった」

 秀吉も言う。小牧長久手で家康を敵にしただけあって実感がこもっている。

 家康は面倒くさい、戦国三傑のうち信長と秀吉が言うのだからそうなのだろう。

 でも、ふたりとも家康にひどいことしてるよねとコウ太は思うのである。


「……で、コウ太よ。GMがうまいと言っても、いろいろあろう? 弁が立つとかデータに詳しいとか、るるぶを仰山と持っておるのもGMとしての強みであろう」

「ああ、そうかもしれませんね」

 ルールブックをたくさん持っていても、そのまま読まずに積んでしまい“積みるるぶ”になってしまうこともある。しかし、多く持っていたら、GMとして開くセッションの幅も広がるし、プレイヤーであれば参加できる卓も多くなる。

 そういう面を判断するのも、ゲームのうまさに含まれる。

 軍事には、戦略と戦術の他、兵站という概念がある。軍隊でいう補給や移動支援、連絡や進行のことだ。TRPGでも重要である。戦国武将でいうと、秀吉とその配下で五奉行の長束正家ながつか まさいえがこの辺を得意としている。

 遊ぶ機会を多く用意できるGMもまた、うまいと言えるだろう。

 プレイヤー集めとか、その数名の予定の調整とか、現代人は忙しく。なかなか思うようにいかないことがある。最近はオンセで気軽に遊べるようになった影響もあって遊べる予定が卓と先に予定を入れてしまい、「今度一緒に遊びましょう」と声をかけても「あ、その日先約あったんで無理」と、遊びすぎて遊べない現象もある。


「内府殿のGM、機転や柔軟な対応という意味では、殿と私のほうが上でしょうな」

「じゃあ、やっぱりふたりのほうが上手いんですかね?」

「GMのうまさというのは、そこばかりではあるまい。派手な展開をアドリブで進行できるのも上手いかもしれんが、こつこつと積み上げて誠意を尽くした対応ができるのもうまいGMのはずじゃ」

「まあ、そりゃあそうですね」

「相手との信頼を築くことにかけては、わしとサルより上であろうな」

「信頼ですか?」

「そうそう、私なんて今際の際に秀頼と豊臣家のことすべて託しましたからな。結果として、秀頼は滅ぼされましたがねえ」

「ああ、それ聞いたことありますよ!」

「人から信頼されるためには、誠実に手順と約束をきっちり守らねばならんしのう。三河殿はそういうGMであろうな。だからこそ、わしも二〇年の盟友とした。三河守を名乗るにあたってもそうしておる」


 徳川家康――当時は松平元康まつだいら もとやすであったが、織田信長と清洲同盟を結んだのは、歴史でも知られたとおり。ちなみに、徳川家康と名乗るようになったのは、三河守みかわのかみの官位を得るための手続きである。家康は、三河支配のために朝廷に三河守の官位を受領ずりょうしてくれるよう要請したが、清和源氏せいわげんじ流の松平氏が三河守になった前例がないとの理由で断られる。しかし、近衛前久このえ さきひさに系図を調べてもらい、松平氏の先祖は世良田せらた氏、世良田氏は得川とくがわを名乗ったことがあり、得川氏は藤原氏の一族を名乗っていたということで、得川に復姓するという形で叙任されている。「得」を「徳」にしたのは、嘉字よきじといって縁起担ぎだ。

 この時代、受領名ずりょうめいとか百官名ひゃっかんなとか、勝手に官職官位を名乗ることが横行したのだが、ここで改名まで含めて手続きを踏んでいる辺りが家康の性格をよく表していると言える。正親町天皇も驚いたらしい。

 そしてまた、御上から正統な源氏流であることを認められたことも、征夷大将軍の宣下せんげを受けるにことの伏線ともなっているのだ。

 それはそれとして、近衛前久という公卿には、秀吉も豊臣姓を名乗る際に大きく世話になっている。

 さて、信長と家康の清洲同盟であるが、信義というものが紙切れ一枚ほどもない時代に、一方の信長が本能寺で横死するまで、二〇年も続いた。後半一〇年は家康が従属的な立場とはいえ、それでも稀なことではある。

 信長は、家康を武田、今川、北条などの西の勢力に対する備えとして、後顧こうこうれいを断って天下布武へと乗り出したのである。


「まあ、面倒な御仁であるゆえか、みずからは面倒を厭わぬところがある。その辺はプレイヤーからも好かれるであろうな。必要なサマリー、シート類、ルールのチェックなどは前日に済ませてくれるGMじゃ」

「なるほど、そりゃ信頼できますね」

 TRPGは、それなりに事前準備が必要なゲームである。サマリーというのはルールサマリーのことで、ルールやデータの概略のことである。ルールブックは結構分厚くなるので、要点をまとめたサマリーを配っておくと快適なのだ。

 根回しがうまかった家康なら、その辺は得意そうだ。

「マスタリングの上手い下手、好き嫌いありましょうが、そういう積み重ねで信頼を得るという点では内府殿の評価はゆるぎませんしね。だから秀頼を任せたんですが、眼鏡にかなわなかったんでしょうな」

 秀吉は寂しげに語る。方広寺鐘名ほうこうじしょうみょう事件という家康の難癖から息子の秀頼が大阪城で自害することになるが、そこにはもう少し複雑な事情があるようだ。近年では、難癖とも言い切れないとも言うし。

「GMはプレイヤーから信頼されるとうまくいくしのう。その信頼の得方にも、いろいろあるわけじゃ」

「殿は、このGMについていくと面白そうだと思わせてプレイヤーからの信頼をうまく得ますよねえ」

「なればサル、おぬしのGMは、プレイヤーの下手から入って仲良うなって、安心させることで信頼を得るではないか」

「ええ、もちろん寝首を掻く準備もしますがね」

「こやつ! やはり言いよるわ」

 あっはっはっと、声を合わせて笑う天下人コンビである。

 ――徳川家康とのTRPGかぁ。

 家康は面倒くさそうだが、天下人トリオの卓は面白そうだなとふと思う。

 この何気なく抱いた夢が、後に意外な形で叶うのを、まだコウ太は知らない。

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