泣き虫乙女の、恋のお相手
シリーズ三作目です。
前回登場した、お胸の大きい女の子、アンが主人公です。
単独で読める内容になっています。
なお一部表現につきまして、差別を助長する気は一切ございません。
(この話はフィクションです)
令和元年8月28日(水)
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歩けば揺れる胸に、多くの男性が嫌らしい目を向けてくる。
ダンスを申し込む時は、私の目ではなく、谷間を見る。
父に言われ無理やり踊ると、必要以上に近づいてきて、胸の弾力を味わおうとする。
そうやって胸ばかり見られるから、私も胸が気になって仕方ない。
友人のティアンが羨ましい。
彼女の婚約者、チジャン様は私の胸ではなく、ちゃんと顔を見て挨拶をしてくれた。
地味な顔だからと眼中に無かったけれど、まさか彼が、超優良物件だったとは……。
でもチジャン様のおかげで、世の中の男全員が、胸にしか注目しない訳ではないと分かった。それだけでも大きな一歩。ありがとうございます、チジャン様!
◇◇◇◇◇
日は傾き、他に参拝者の姿がない教会の中、祭壇に祀られた神様の像の前で跪く。そして両手を組み、像を見上げながら願い叫ぶ。
「神様、お願いです! どうか私の胸でなく、私自身を見てくれる男性との出会いを、私にお与え下さい!」
人前では口にできない願い事なので、わざわざこんな時間に訪れたというのに……。
ガチャリ。
『どうか私の胸で……』と言った辺りで、教会の奥に繋がるドアが開いた。
私の口は止まらず言い切ったので、ドアを開けたその人に、全て聞かれてしまった。
手を組んだまま、開いたドアの方を見れば、顔の左側に仮面をつけた男性が立っていた。
彼と視線が合い、しばし沈黙が訪れる。
「……すみません。貴女と神の対話を聞く気はありませんでしたが……」
やがて頭を下げた彼の言葉を聞き、私は顔を真っ赤にし、慌てて立ち上がる。
あまりの恥ずかしさから逃げることしか考えられず、出入り口に向けて走り出す! が、数歩進んだだけでスカートの裾を踏んで、その場にこける。
うつ伏せになった私は、動かなかった。いや、動けなかった。
なんたる羞恥の連発。神様への願い事を聞かれるわ、盛大にこけるわ……。神様、私はどんな悪いことをしたのですか?
「う……っ」
涙が出てきた。
胸も好きで大きい訳ではない。それなのに、どうにかして触ろうとする男性が多く、何度嫌な目に合ったか。
こけた時にすりむいたのか、両手のひらが痛い。傷の具合は薄暗くてよく分からない。痛い、辛い……。
うつ伏せたまま、私はおいおい泣きだした。
どうか仮面の方よ。後生ですから、私を放って、この場から立ち去って下さい。紳士なら、私の気持ちを察して下さい。そして今日ここで、私と出会ったことも忘れて下さい。
きいっ。錆びたドアのちょうつがいが鳴る音が、聞こえる。
そうです、そのまま立ち去って下さい。無視しても気にしません。恥ずかしくて合わせる顔がないので、むしろ助かります。
足音は聞こえてこない。ドアを閉め、向こう側に戻ったのかもしれない。
しばらくすると、また、きいっ。と、ちょうつがいが鳴った。今度は足音が近づいて来る。
「大丈夫ですか?」
水の入った桶を抱え、仮面の方が声をかけてくる。低い声は、私を心配していると分かる。
私はうつ伏せた状態のまま、涙で濡れた顔を上げる。
仮面の方は私を起こすと、祭壇前の椅子に腰かけるようにと、誘導する。
「しみますよ」
水で濡らしたハンカチを、手のひらに当ててくれる。
「痛っ」
「すりむいていますね。足首とか、他に痛む所は?」
「……ありません」
しゅるりと、音をたてアスコット・タイを取ると濡らし、右手にハンカチ。左手にタイを巻いてくれる。
「早くお帰りになり、手当をしてもらいなさい」
「……ありがとう、ございます」
すっかり日は暮れ、教会の中は祭壇周りに置かれたロウソクの明かりしかない。
ゆらゆら揺れる明かりの中で、彼の銀色の仮面が光る。なんだか怖くなり、もう帰ろうと決める。仮面の方が誰なのかは知っている。後日、お礼に伺おう。
「で、ではっ。私は、これでっ」
慌てて立ち上がるが、緊張しているのか、またも数歩進んだだけで、スカートの裾を踏んづける。
「あ……っ」
「危ない!」
腰に手を回され、後ろから抱えられるように助けてもらえた。
「大丈夫ですか?」
低い声が降ってくる。腰から彼の大きな手の温もりが伝わり、私は恥ずかしさと混乱から、暴れ出した。
「あ、あの! 離して! 離して下さい!」
「ちょっ……! 暴れないで下さい!」
ぶんぶん腕を振ると、握った手が、冷たく固いなにかに当たる。直後、カラン……。と、床になにかが落ちた音が響いた。
暴れることを止め、肩越しに振り返ると……。顔の左側に残る、火傷の痕が見えた。
「ひ……っ」
話に聞いていた。彼がいつも顔半分を隠すように仮面をつけているのは、幼い頃に負った火傷の痕を隠すためだと。想像以上の爛れた様子に、つい悲鳴をあげる。
彼は私の腰から手を離すと、慌てて仮面を拾う。
その間にお礼を言うことを忘れ、私は教会から飛び出した。
◇◇◇◇◇
帰宅し、私は自分を恥じた。
怪我の手当をしてくれ、助けてくれたのに……。お礼も言わず、彼の素顔を見て悲鳴をあげ……。
「最悪だわ……。こんな女だから、神は試練を与えられたに違いないわ……」
一晩中猛省し、翌日は使用人に無理を言って習い、彼のハンカチとタイを自らの手で洗濯する。
庭に干している間、お父様と一緒に買い物へ出かける。
「それは……。アンが悪いな」
「反省しています……」
馬車の中で父に昨日のことを、伝える。
「だから新しいタイを贈りたくて、それを選ぶのに付き合ってほしいと。いやはや、お前にやっと特別な相手ができたと思ったのになあ」
半分ホッとしたように、半分残念そうな調子で父は言う。
「仮面の方……。ホングァン侯爵の息子、ナルファ殿か。幼い頃暖炉で燃えていた木が爆ぜ、それが運悪く顔に当たり、その治らない火傷の痕を隠すため、仮面を手放せない身になったが……。何度も話したことがある。優しく立派な若者だが、仮面のせいで気味悪がられ……。かわいそうな方だよ」
私はなにも言えなかった。
ロウソクの明かりに照らされた火傷の痕を見て、悲鳴を上げたのだから。
父と一緒にタイを選び帰宅すると、ホングァン侯爵家に赴いた使用人が、報告してくれた。
「ナルファ様は明日、近日開催される、教会主催のチャリティーイベントの準備で、孤児院へ向かわれるそうです」
「チャリティーイベント?」
「孤児院への寄付金を募るため、様々な物品を売るそうです。善意で集まった品々ですが、たまに掘り出し物もあるので、わりと賑わうそうです」
「たまに私も参加している、あれだよ」
父と違い、私は一度も参加したことはない。
とにかく明日孤児院へ行き、ナルファ様に謝罪と礼をすることに決めた。
◇◇◇◇◇
乾いたハンカチとタイ。そしてお礼の品である新品のタイを持ち、私は孤児院を訪れた。
用件を伝えると、孤児院の先生が中に通してくれる。
「ナルファ様には毎回、お世話になっておりまして。今日は子どもたちと一緒に、当日使用する看板を作っておられます」
中庭では袖をまくったナルファ様が、慣れた様子で大きな板にノコギリの刃を入れている。
周りの子ども達は切られた板に、ペンキで色をつけている。
「ナルファ様、お客様ですよ」
先生の声にノコギリを動かす手を止めると、彼がこちらに向く。私は頭を下げた。
「先日は助けていただいたのに、失礼な態度をとり、本当に申し訳ありませんでした」
「お気になさらず」
ナルファ様はタオルで額の汗を拭く。
「お怪我は大丈夫ですか?」
「はい、すり傷でしたし。これ、お借りしたハンカチとタイです。それから、お礼の品です。どうぞ受け取って下さい」
「ナルファ様! このお姉さん、だあれ?」
紙袋を渡していると、刷毛を持った女の子が話しかけてきた。それを合図にしたように、他の子どもも集まって来る。
「私の友人、アン様だよ」
「牛姉ちゃんじゃねえの?」
やんちゃそうな男の子が、私の胸を見ながら言う。
「こら。人の容姿について、そういうことを言うな」
ナルファ様は男の子の頭に、軽いゲンコツを与える。痛がりもせず、反省の色を見せない男の子は、さらに言葉を続ける。
「だってさあ、そんなに大きい胸を、牛みたいって言うんだろう? 父ちゃんがそう言ってたもん」
「いい加減にしないか!」
「ナルファ様が怒ったぞぉ!」
きゃーと叫び笑いながら、子どもたちは散っていく。
「すみません。本当はどの子も良い子なのですが、やんちゃなもので……」
「はあ……」
牛……。そう例えられた胸を、じっと見下ろす。
そうね、まるで牛ね。どうせなら人間ではなく、牛なら良かったのに。だって牛は牛乳を出せるし、解体されれば人に美味しく食べてもらえるもの。それに比べて私は、ただ大きいだけ……。
「アンお姉ちゃん、一緒に看板作ろう!」
最初に話かけてきた女の子が私の手を取ると、引っ張ってくる。
「え? え?」
「ルシャンたちね、今、看板をピンク色に塗っているの」
私の返事を聞かず、ルシャンという名の女の子は、バケツに入っていた刷毛を渡してくる。
「乾いたらね、次は文字を書くの」
他の子どもも、笑顔で教えてくれる。
無邪気な子どもたちを見ていると断ることもできず、私は恐る恐る、板に刷毛を走らせる。こんな作業、初めてだわ……。
「お前たち、アン様に無理を言うな。アン様、ご無理なさらず。貴女もお忙しいでしょうに」
「いえ、今日はこの後の予定はありませんし、私にもお手伝いをさせて下さい」
ナルファ様は職員の先生に声をかけ、エプロンを用意してくれた。それを着て、ルシャンたちと木製の板を、ピンク色に染めていく。
「ナルファ様! 早く板を切ってくれよ!」
私を牛と呼んだ男の子が、ナルファ様の横で大声をあげる。
幼いから危ないと、ノコギリを持たせてもらえないのだろうが……。この男の子にノコギリを与えたら、振り回して遊びそうだわ。そういうタイプの子どもよ。
牛と呼ばれたことを根に持ち、そんなことを思う。
やがて座りっぱなしで腰が痛くなり、伸ばそうと立ち上がると……。
「どーん!」
例の失礼な男の子、ジャムスが私の胸の中に飛びこんできた。そしてすりすりと、胸に頬ずりをしてくる。
こ、この……! この、お餓鬼様が……!
ペンキで濡れた刷毛を持ち上げると、ぽつりと呟かれる。
「……母ちゃんみてえ……」
そう言うと顔を隠すように俯き、またぐりぐり頭の先を当ててきた。
そうだわ、ここは孤児院。なんらかの事情で、親と離れた子が暮らす場所……。
「母ちゃん……」
きっと私にしか聞こえない声。
私は刷毛を持った手を下ろすと、もう片方の手で彼の頭を撫でる。
「あー、お兄ちゃんだけずるい! ルシャンも!」
後ろからルシャンに抱きつかれ、この子も頬ずりをしてくる。
後から聞いたが、この二人は実の兄妹で、事故で両親を亡くしこの孤児院に来たそうだ。母親は私のように、胸の大きな女性だったそうで……。だから二人は、私に母親の面影を見たのだろう。
◇◇◇◇◇
「大勢の子どもを相手にするのって、体力が必要なのですね」
「確かに」
先生に用意されたお茶を飲みながら、疲れた顔で言うと、ナルファ様は笑う。
子どもたちは私以上に働いたのに、休憩時間だからと鬼ごっこを始め、体を休めようとしない。本当、元気な子ばかり。
「ナルファ様は、いつからボランティアに協力されているのですか?」
「そうですね……。我が家はこの孤児院のボランティアが始まった、祖父の代から協力しているので……」
「そんなに古くから? 私、ちっとも知らなくて……」
貴族の一員として、相応の社会的責任と義務を持つよう、幼い頃から教えられていたのに……。
それなのに父の働きも、子どもを助ける催しにも、今まで興味を持たなかった。
「この孤児院は大きくありませんし。知らない人が多いですよ」
私が沈んだことに気がついたのか、慰めるように言ってくれるが、それでも恥じる気持ちは消えない。
ならば知った以上、私が出来ることはただ一つ!
「ナルファ様! 私も今日からお手伝いをします! いえ、お手伝いをさせて下さい!」
◇◇◇◇◇
私もナルファ様と一緒に、チャリティーイベントへ向け、準備の手伝いに精を出した。
明日はイベント当日。
今日は孤児院の皆と、売り物にするクッキーを焼いている。クッキー作りなんて、生まれて初めて。混ぜてこねて、伸ばして、型を抜いて……。焼けたらラッピングをして……。
「クッキーを作るのって、大変なのね。今度から食べる時、もっと大切に味わうことにするわ」
「姉ちゃん、下手くそだなあ。型抜きで、なんで星の形の先っぽが、丸くなるんだよ」
ジャムスが私の失敗作をつまみあげ、笑いながら皆に見せびらかす。
「恥ずかしいから、止めてちょうだい、ジャムス! 見てなさい、次こそ成功させてみせるわ!」
「また失敗した。ほらほら、俺の方が上手じゃん?」
「ルシャンも上手だよ、見て」
確かに二人とも、ちゃんと先が尖った星になっている……。
「どんな形でも、心がこもっていれば良いじゃないか。それに先が丸っこい星も、可愛くて良いだろう?」
エプロンをつけたナルファ様は、作り慣れている様子で生地を伸ばしている。……私が一番使えないらしい……。
貴族社会では、仮面のせいで気味悪がられているナルファ様。ここでは子どもに大人気で、皆から、お兄さんやお父さんのように慕われている。子ども達は彼の仮面を気にしていない。この数日で、それがよく分かった。
少し視線を下に向ければ、大きな胸が目に飛びこむ。
ナルファ様は私より、見た目で嫌な思いをされてきただろう。悲鳴をあげた私は、どれだけ優しい彼を傷つけたのだろう。慌てて仮面を拾う姿を思い出すと、胸が痛い、
こんなに優しい方に、私ったら……。
◇◇◇◇◇
チャリティーイベント当日。私は子どもたちと一緒に、クッキーを売るため、指定された場所に立つ。
「アンったら、こんな楽しいことに参加していたのなら、教えてちょうだい。私も手伝いたかったわ」
そう言うティアンが、チジャン様と一緒に訪れてくれた。
二人はクッキーを一袋ずつ買うと、他のブースも見回るため去った。
「アンお姉ちゃん、休憩だからルシャンと一緒に、いろんな所を見て回ろう」
「俺も一緒に行く!」
「ええ、いいわよ」
兄妹たちと一緒にいろいろ見ていると、お父様が言った通り。たまにすごい掘り出し物が、驚くべき安さで売られている。人からの善意の寄付品なので、高い値段を付けられないと聞いたけれど……。
「この壺……」
有名な陶芸家の作品ではなかったかしら。確かお値段は、目玉が飛び出るほどの価値だったような……。
「あーん……。おかっ、おかっさぁ……」
その時、一人の女の子が泣いているのを見つける。
「あなた、どうしたの?」
声をかけると、母親とはぐれたと答えられた。
「それは大変ね。一緒に捜しましょう」
四人で会場本部に向かう。迷子を発見したら、本部に案内するように言われていたからだ。来訪者にも連れとはぐれたら、本部に声をかけるよう、案内している。
本部にいたナルファ様に尋ねると、まだ彼女の母親は来ていなかった。
母親と会えず怖くなった女の子が、大泣きを始めた。
兄妹たちも加わり、なだめようとするが、泣いて興奮したその子は大きく腕を振り、その手が仮面に当たり、仮面が外れ落ちた。
ナルファ様の素顔を見た子どもはさらに怯え、激しく泣く。
「ちょっと! うちの子になにしているのよ、化け物が!」
やがて現れた女の子の母親が、ナルファ様を突き飛ばすと、娘を取り返す。
「化け物って、なんですか! ナルファ様は、泣いていたその子をあやそうと思っただけです!」
私が叫べば、兄妹も叫ぶ。
「ナルファ様は化け物なんかじゃないぞ!」
「そうよ! ナルファ様は優しいし、強いんだから!」
「な、なによ、この子たち……っ」
「……火傷の痕を隠していましたが、仮面が外れてしまい……。こんな顔ですから、娘さんを怯えさせ、申し訳ありませんでした」
「わ、分かればいいのよ……っ」
仮面をつけ直したナルファ様が頭を下げると、娘を抱え親子は去った。
なんで? どうしてナルファ様が頭を下げるの? ナルファ様はなにも悪くないのに……。
「せっかく来てくれたお客様と喧嘩して、どうする」
「だって……」
二人は唇を尖らせ、俯く。
二人のように私もしゅんと俯き、『ごめんなさい』と言う。
「でも、ありがとう」
ナルファ様は、ぽんと順に私たちの頭に手を置いていく。
どうしてこの人はこんなに嫌な目にあっても、人に優しくできるの……? 思いやりがあって……。それに比べて私は……。せっかく来てくれた方に、怒鳴って……。
じわりと涙が浮かび、その場から逃げ出す。
情けないわ……。私はなんてダメな人間なのかしら。
◇◇◇◇◇
会場から離れ、木陰で一人うずくまり泣いていると……。
「こんな所にいましたか」
ナルファ様が探しに来てくれた。
「二人が心配していましたよ、帰りましょう」
「私……。自分が、恥ずかしくて……。ナルファ様みたいに優しくないし、なにも持っていないし……。本当、貴族とは名ばかりで……」
「そんなことは……」
「いいえ、私には胸しかないのです! 私には胸しか……! 邪魔な大きな胸しかないのです!」
ナルファ様は絶句する。
……しまった。殿方の前で言う台詞ではなかったと気がつくが、もう遅い。
「その……。それも、個性、かと……」
口元に手を当て、私から視線を逸らしながらナルファ様は言う。
「こんな個性、欲しくありませんでした。多くの男性に嫌らしい目で見られるし、私なんて……!」
「私より良いではありませんか」
初めて聞く冷たい声だった。
泣き止み顔を上げると、ナルファ様は自ら仮面を外す。
「この顔より、ずっと良いではありませんか。貴女の胸は、兄妹のように母を思い出し、幸せな気持ちになる人もいれば、羨む人もいる。でも私の顔は、だれも羨まない。気味悪がられるだけ」
「あ……。あの、ち、違うんです。ナルファ様」
私は目を逸らさなかった。悲鳴も上げなかった。だけど分かった。彼の傷に触れ、痛みを与えたのだと。
ナルファ様は返事をせず、仮面をつけると一人で会場に戻られた。
◇◇◇◇◇
チャリティーイベント直後の夜会、会場入りすると、ナルファ様と鉢合わせる。ナルファ様は私の贈ったタイを着用されていた。それに気がつくと……。
「先日は……。ごめんなさいぃ~」
もうデビューして二年も経つのに、私は子どものように泣き出した。
ナルファ様もぎょっとするが、私はべそべそと泣き続ける。
一緒に会場入りした父は何事かと、私とナルファ様の顔を何度も見比べる。他の方々も、なにごとかと集まって来る。
「ナルファ殿、これは一体……?」
「すみません。お嬢様をお借りします」
泣き続ける私の手を取ると、逃げるように早足で会場を飛び出すと庭に向かう。
また私は彼に迷惑を……。 何度傷つけ、迷惑をかければ……。
庭に出るとベンチに座らされ、まだ冷えるからと肩に上着をかけてくれる。
その優しさが嬉しくて、また私は大量の涙を流す。
「まったく……。貴女は泣き虫ですね」
呆れた声に、否定はできない。
今度は情けなくなり、うっうっと泣く。
「先日のことでしたら、私も八つ当たりのようなものです。私こそ申し訳なかった。私にとって貴女の悩みは、贅沢に思えてきて……。これのせいでね」
そう言うと、ナルファ様は仮面を突く。
それからなにを思い出したのか、急に吹き出す。
「いや、すみません。私にとっては贅沢な悩みですが、そうでしたね。貴女にとっては、神に願うほどの……」
「その記憶はお忘れください!」
涙が止まり、叫ぶ。
「しかし……。あんな大声で……。ふふっ」
「私にとっては、真剣な悩みですのよ! 笑うなんて酷いです!」
ぽかぽかと彼を叩く。
「男性なんて……。男性なんて、私の胸ばかり……。視線で分かります! 這うように嫌らしい目つきを向け……」
はたと気がつく。
そうだわ。多くの男性は、私の胸ばかり見ていることが分かり、それで私自身、いつも胸が気になって仕方がなかった。
でもナルファ様と一緒にいた時は?
ナルファ様は、私の胸を見ていた? いいえ、そんな覚えはない。
私の叫びを聞いたから? だから見ないようにしてくれていたの? それとも、巨乳が嫌い? いえ、大きな胸が好きという男性が圧倒的に多いはず! でもまさか、小さいお胸が好きなの?
大きくてラッキーなのか、大きくてアンラッキーなのか。
己の胸元を見ながら、ちらちらとナルファ様を見る。
「あの……。ナルファ様は、その……。小さい胸が、お好きですか?」
先日と同じく、ナルファ様は絶句する。
はっ。私ったら、淑女にあるまじき発言を! 彼には本音を語りやすいからか、つい言葉が出てしまったわ!
星が瞬き始めた空を見上げ、ナルファ様は大きく息を吐く。
……もうダメだわ……。はしたない女と思われ、嫌われたに違いない。
「胸の大きさには興味ありません」
やがて聞かされた答えに、愕然とする。
私の唯一の武器が! そもそも武器になっていない!
「ただ……。そそっかしく泣き虫で、子どもみたいに正直な女性が好きですね」
私の手の上に、自分の手を乗せて来られる。
「クッキーや看板作りが初めてだと言いながら、真剣に取り組み……。失敗して落ちこんでも、それでも頑張る姿とか……。なにより子どもに好かれている姿は、見ていて心安らぎます」
向けられた優しい眼差しには、甘さもあり、目が逸らせない。
「わ、私も……っ。子どもに好かれ、優しく強い方が大好きですっ。お辛い目にあいながらも、頑張って生きている方が、大好きですっ」
胸が壊れそうなほど鼓動する中、またも本音を口にすれば、そっと彼の手が私の頬に添えられる。
……キス、される……?
少し顔を傾け、目を閉じた彼の顔が迫ってくる。
私も目を閉じ、甘く高鳴る鼓動を感じながら、星たちが見下ろす中、その優しい唇を受け入れた。
お読み下さり、ありがとうございます。
思ったより早く、アンの相手が浮かびました。
年上などいろいろ考えましたが、見た目が人に注目される者同士が良いかなと思い、ナルファが誕生しました。
残酷表現は、ナルファの顔に関することですが、差別を助長する気はありません。
こういう話だとお許し下さい。
また服飾に疎い私が、ありがたい本と出会え、作品作りに役立てることができました。この場を借りてお礼申し上げます。
参考文献として、最後に明記致します。
短編にしては長くなりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
◇◇◇◇◇
参考文献
服飾図鑑 改訂版
文化服装学院研究企画委員会・編 文化服装学院ファッショントレンド研究グループ・改訂(発行所 学校法人文化学園文化出版局)