ミリア、お年玉をあげる
勢いよく戸を開けると、リョウはパソコンに向かって作曲に勤しんでいた。
「ただいまー!」
「おお、今日も遅かったな。また犬の散歩行ってきたんか。」
「うん。」ミリアは今日は言われる前から手洗いうがいを済ませると、自分の本棚からそっと宝物箱を取り出した。二つのティッシュに包まれたままの昨日のお駄賃から、それぞれ百円ずつを取り出すと、今日貰ったお年玉袋を覗いた。そこにはまた二百円が入っていた。――合わせて四百円。
ミリアは今度はランドセルから今日作ったお年玉袋を取り出し、四百円を収めて、そっとリョウに差し出した。
「リョウ、これ。」
「ん? どうした。」
「リョウへのお年玉。」
「は。」リョウは目を丸くしてミリアを凝視し、「りょうのおとしだま」と書いてある袋を見た。
「リョウ、お年玉貰ったことないから、あげる。」
「……これ、お前が貰ったお年玉だろ?」
ミリアは静かに首を横に振った。「あの、これは、おばあちゃんがくれたの。お年玉じゃないの。だって、ジョンを散歩したお駄賃だから。」
「散歩のお駄賃?」
「おばあちゃん、昨日ね、ぎっくり腰で立てなくなっちゃったの。今日は杖で歩いてたけど。でもジョンの散歩できないから、美桜ちゃんとミリアにお願いしたの。そんでお駄賃くれて、ジュースに使ってもいいし、おやつに使ってもいいし、何にしてもいいって言ったの。」
「……だから俺へのお年玉にすんのか。お前の好きに使うんじゃ、なくって?」
「……だって、リョウは。」そこまで言って急に鼻の奥が痛んだ。「まいんちミリアにご飯作ってくれるし、面倒看てくれるし、お掃除と洗濯と、それからギターと。」堪え切れず涙が溢れ出した。ぎょっとしてリョウはミリアを見る。
「な、な、何で泣くんだよ!」
「だって、だって、リョウは偉いのに優しいのにかっこいいのにお年玉貰ったことなくって、可哀想だから。でもミリアは子どもだから、はたらけなくって。そしたらシズおばあちゃんがお駄賃くれたから!」自分で言っていてもよくわからない。でもリョウには伝わった。リョウはミリアを抱き上げる。
「わかった、わかった。ありがとな。こりゃあ、俺が初めて貰った、記念すべきお年玉だ。まさか、人生でお年玉が貰えるとはなあ、考えたこともなかった。」
「嬉しい?」
「ああ、嬉しいよ。大事にしなきゃな。」
ミリアは歓喜の溜め息を吐く。リョウは「りょうのおとしだま」を受け取った。小銭の感触が幼少期、施設で貰ったお小遣いを思い出させた。自分はあれを、何に使ったのであろう。
「よし、そしたら今日はおでんだ。卵も大根も、それからこんにゃくも何でも入ってるぞ。早いモン勝ちだ。」
「卵?」
リョウはミリアの涙ぐみながらにわかに期待に輝き出した瞳に、思わず噴き出す。
「そうだ。卵はいっぱい入れたぞ。お前が幾ら食ってもなくなんねえぐれえな。」
ミリアはリョウにもう一度抱き付いた。リョウが自分にしてくれることの恩返しはきっと、一生かかってもできないに相違ない。父親に殴られ蹴られしながら、飯も与えられずに辛うじて生き延びていた自分を助けてくれ、こんなにも幸せな生活を与えてくれたのだから。でも、少しぐらいなら自分でもリョウを喜ばせることはできるはずだ。それをこれからどんどん探していこう。そうしたらいつかリョウが自分を引き取ってよかったと、思ってくれるかもしれない。そうなる日まで、自分はリョウにできることをしていこう。ミリアはそう思った。既に頬を伝った涙はとうに乾いていた。