ミリア、お年玉をもらう
今年初のライブが終了した。リョウたちは心地よい疲労感に浸りながら客席に降り、物販ブースに並んでいる観客たちへの挨拶と雑談に興じていた。
少々遅れてやって来たミリアの周りに、ずらりと輪が出来た。
「ミリアちゃん、お疲れ様。」
「どうもありがと。」ミリアは丁寧に深々と頭を下げる。リョウから、金を払って時間を割いてわざわざ来てくれる客に、決して横暴な態度は取ってはいけないと厳命されている。
「今日も滅茶苦茶かっこよかったねえ。」
「いい年のスタートを切れたよ。」
「リョウさんのギターにはやっぱミリアちゃんのギターだよなあ。」
観客たちが口々にミリアのギタープレイを褒め称えると、ミリアは堪えようのない笑みを湛えた。
「でも、最初と比べるとミリアちゃん、何か大人びて見えるようになってきた。」
「え、本当?」
「ああ、そうだな。何というか子どもから少女っていうのかな。ソロ弾いてる時の表情とか、とても小学生には見えないって時あるよ。」
「ええ!」ミリアは頬を抑えて飛び上がる。
「もしかして、……好きな男の子でもできたんじゃないの?」
男たちはどっと笑った。
ミリアは恥ずかし気に顔を覆って、俯く。
「え、マジで。」
「どんな子?」
「小学生じゃあ、かけっこ速い子とか? それとも、頭いい子? 面白い子? 優等生?」男たちはからかう。
ミリアは顔を覆ったまま、再び首を横に振った。
「違ぇの。……じゃあ、どんな子?」
「えええ?」
ミリアは指と指の間から男たちを見据え、恥ずかし気に笑った。
「教えてよー。」
「えー?」身を捩って再び顔を覆う。
「内緒にするからさ。」
「うん、するする。」
ミリアはその言葉に勇気を得て、「本当? じゃあ、本当に内緒ね。あのねえ。」と、手招きをした。輪はぐっと小さくなる。
揃った頭を順繰りに見詰めながら、ミリアは囁くように言った。「あのねえ、ミリアの好きな人は、……ギターが上手なの。」
男たちは肯く。たしかに。ミリアにとってそれは大きな魅力になるに相違ない。
「そんでねえ、お歌も上手で、髪の毛が赤くって、」
男たちの顔は固まった。
「背が高くって、優しくって、かっこいいの!」きゃあ、と言いながらミリアは飛び跳ねる。
男たちの脳裏にははっきりと、一人の男の像が思い浮かんだ。その男は、今、物販のブースでまた他の観客たちと談話に興じているのである。
「そ、そ、そうなんだ。」
「内緒だかんね、内緒!」
「わ、わかってるよ。なあ。」
「あ、そうだ。」と言って男の一人が、ジーンズの腰ポケットから小さな袋を取り出した。
「ミリアちゃん、はい、これ。お年玉。」
「へ。」ミリアは恐る恐る手を伸ばす。扇の書かれた和風の小袋には「おとしだま」と書かれていた。
「……お年玉だ。」
驚きの声に、笑い声が広がっていく。
「俺も。はい、お年玉。」
「はい、どうぞ。」
「はい。」
ミリアは目を丸くしながら一つ一つ、お年玉を受け取った。十人以上もの客から、ミリアは思いがけも無くお年玉を貰ったのである。
「わあ、ありがとう。でも、何で? 何で?」ミリアは驚きとも不思議とも取れぬ風に言った。
「いやあ、年の初めは子どもにお年玉上げるものだからね。」
「子ども……。」たしかに、自分は小学校に通う子どもである。たとえ恋をしていたとしても、ソロの最中大人びた表情であったとしても。
「そうそう。これでギターの弦でも買ってよ。」
「ううん。ギターの弦は、リョウがけーひで落とすの。」ミリアは真面目に言った。
どっと笑い声が響いた。
「そうか、さすがリョウさんだな。じゃ、ピック代にでもして。」
「ピックもけーひなの。」
再び笑い声が響いた。遠くで何事かと不審げにリョウがミリアを見遣った。
「じゃあ、……そうだなあ。何かミリアちゃんの好きなもの買ってよ。」
「……好きなもの?」
「そうそう。ミリアちゃん、普段お小遣い何に使ってんの?」
「ちょきんばこにいれる。三毛猫のやつ。」
「貯金箱に入れて、それから何に使うの?」
ミリアは暫し考えた。「……髪どめとか。」
「ほお、髪どめかあ。」男たちは微笑ましく溜め息を吐いた。
「じゃあ、髪どめいっぱい買えるね。」
「うん。それから、ハンカチとか、猫の人形とかも買う。どうもありがと。」
そこに遂にリョウがやって来た。真っ先にミリアが大量に手にしているお年玉袋を目に、「お前、何貰ってんだよ!」と怒鳴った。
「お年玉。」
「何でチケット代以外に金せしめてんだよ!」
自分がせしめた訳ではない。ミリアは困惑して眉をへの字にした。
「ち、違うんですよ、俺らで勝手にミリアちゃんにお年玉あげようって話して、持ってきただけすから。そんな、ミリアちゃんがせびるなんてする訳ないじゃないすか。」
リョウはミリアを見て、それから観客を順繰りに見回した。
「いいじゃねえすか、年に一度ぐれえお年玉くれても。普段そんな機会ないんだし。」
「そうそう。何か好きなモンでも買って貰って。また元気にギター弾いてくれりゃあ、それでウィン・ウィンっすよ。」
リョウは腕組みする。その様は何となく納得の方向へと傾いているように見えた。
「ミリアちゃんギターの弦もピックも経費だから、お年玉はそういうのには使わないって言ってましたよ。」
「お前んなことまで言ったのか!」
「だって、……本当だもん。」
「だから髪どめ買うんだよね。」
ミリアはこっくりと頷く。
「ミリアの好きな水色のリボンのとか。美桜ちゃんのセーターに付いてるみたいな、ポンポンのとか……。」
リョウは仕方ないとばかりに深々と溜め息を吐いて、「……悪いな。わざわざこんなモン用意させちまって。」と呟いた。
「だから俺らが勝手に面白がってやってる所だから、いいんですって。差し入れと一緒ですよ。まあ、リョウさん差し入れもいらねえって言うけど……。」
リョウはミリアを見下ろし、
「ちゃんと礼を言えよ。」と言った。
「言った。」
「ちゃんと言ったか。」
「ちゃんと言った。」
「良かったな。」
「うん。」
男たちは安堵の笑みを漏らした。