出現!! 桃子ちゃん
夏休みの最終日、2つ出来事があった。
ひとつは皆既日食。これは月が太陽をほぼ完全に覆うもので、世間をかなりにぎわしていた。
もう1つはひっそりと山の中でおきた。
当事者は僕、波潤川清志郎である。これは物凄いてんやわんやを僕にもたらした。しかも、この状態はいまだに継続をしている。
夏休みの自由研究のテーマに皆既日食を選んでいた僕は、日食を逃す手はなかった。予報は正午。月が陽を覆い、世界が闇に包まれるのだ。
世界が闇に包まれるとか中2病っぽいが、そもそも僕は中学2年生だ。非難されるいわれはない。
僕はこういう天体規模のイベントが、田舎と都会を選ばないことに感謝をしながら、朝早く起きて昼食用の綱マヨネーズおにぎりを握って、水筒に麦茶を注いで固く蓋をしめ、色々な観測道具、遭難グッズと共にリュックに詰め込んで、念の為寝袋もその下にくくりつけて、よっこらせと背負って、よろめいた。
冬山登山の装備並みに膨れ上がった荷物を背負う僕を見た母は
「リュックに抱えられているみたいね」
と言ったし、沢釣り具店を経営する父は、リールの在庫をチェックしながら、
「桃太郎のお婆さんみたいだな。しばかりにでも行くのか」と呆れた。
そりゃあ、沢にそって出来た山深い集落の中学校の2年生である僕にとって、山は庭のようなものであることは間違いがない。
が、何事にも用意周到な僕である。
それに……あれだ。多分というかおそらくというか絶対、僕には水色の髪をした露出度の高い西瓜サイズのおっぱいの純白の羽根を生やした守護天使がいるのだ。
彼女は目に見えないけれど、たまに夢枕に現れてくれるし、そういう時に限って世の中では地震とか噴火とかしゃれにならない大災害が起こったりするのだ。
そして、そういう時の被災地が、たまに父が企画する、うちの家族旅行の目的地だったりする。つまり、『守護天使? は! 中2だな!』
とか僕を侮ってはいけない。
守護天使である彼女が夢枕に現れたのは一週間前。家族旅行のは2週間前に済んでいる。
ということは、だ。僕の予定といえば、そう。皆既日食。この観測のために、僕は家の裏手の山道をのぼり、その険しい石段の連続の先の山頂の神社で、世界が漆黒に沈むのを眼下におさめるのだ。
僕の背中あたりで西瓜サイズのおっぱいをむぎゅっとすりつけているかもしれない守護天使にも、ちゃんとその眺めを見せてあげたい。濃い緑を基調とした世界が闇に沈むのを。そして、いくら世界が闇に沈もうとも、僕は生き延びてみせる、と、彼女にはっきりと伝えるのだ。
……という決意を元に家を出た僕は、登山中、色々なものに遭遇した。
突然の雷雨。大丈夫、ヤッケを持ってきた。ついでに折り畳み傘も。
突風。大丈夫。体幹は鍛えてある。腹筋が趣味の帰宅部をなめてはいけない。
地震。大丈夫。沢に渡されたつり橋でタップダンスができる僕だ。バランス感覚には自信がある。地震などには負けない。
谷沿いの山道を曲がった途端、目が合った……熊。
え? 聴いたことないぞ。熊? え? 肩の前に両腕をだらんと垂らして仁王立ち。直線距離100mでも分かる圧倒的存在感。え? 嘘。えええ? と後ずさりする僕は、後ろ足が石段を踏み外し、斜面を転がり、
樹やら草やら土やらにまみれて谷に落下。そこから先は覚えていない。
気がつくと沢の2つの岩の間にリュックが引っかかる形で、僕は風鈴の短冊状態になっていた。どこまで流されたのか分からない。
水の流れはそこまで急ではないのが救いだし、擦り傷切り傷だけで骨は折れてない。ありがとう守護天使。でもどうしよう、と思ったら、空が薄暗くなった。
やがて完全な黒になり、太陽は白銀の輪となった。何もかにも忘れて、感動……している僕の上で、白銀の輪はくす玉みたいに割れた。
え? 日食って割れるの?
しかも世界は闇のまま。僕はぽかんと口を開けた。われた日食から降ってきたのはメタリックの桃。それはキャッチャーフライのボールみたいに僕の胸の上に落ちてきて、唐突に割れた。
中から出てきたのは玉のような赤ちゃん。混乱する僕。不意に、日食が終わり、世界に色彩が回復した。僕は赤ちゃんの股間を注視。ついてなかった。
それが、僕を混乱とてんやわんやと怒涛の日々に誘う女の子、桃子ちゃんとの出会いだった。