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ゾンビなんているわけない、と思ってた

 部屋を出た俺は、1階に戻る。すると、泰明が声をかけた。


「隼人くん。傷の手当てをしよう」


 そう言って、小型の救急箱を掲げた。俺は「うん」と返事をすると、椅子に座った。この客間には、ソファの他にも食事用のテーブルと椅子があった。ソファは莉子とジェイが座っている。その横で、どっかり座る勇気は、俺にはなかった。


 俺は腕をまくり、絆創膏を貼った。その間、泰明は俺の腕から目を離さなかった。感染していない、という言葉を、信じきれていなかったのかもしれない。


 俺は、救急箱を泰明に返した。泰明はそれを受け取ると、またあの笑顔で言った。


「お腹すいてるでしょ?ここには、食べ物があるんだ。美月ちゃんと玲ちゃんも呼んできて、みんなで食べよう?」


「え、いいの?」


「もちろんだよ」


「・・・ありがとう」


 俺は2階に上がった。


 なんか、頼りっぱなしだな。俺も出来ることがあるなら手伝わねーと。


 美月と玲の部屋に着くと、ドアをノックした。


「美月〜、俺だけど。みんなでご飯食べるってよー」


 すると、「はーい。今行く」と中から声が聞こえた。


 俺は、先に下に降りた。他の人はすでに席に着き、食事をしていた。そこに、美月と玲がやってきた。俺たちも席につき、一緒にご飯を食べた。食べ物と言っても、缶詰めばかりだった。パンもいくつかあったが、どれも硬くなってしまっていた。それでも、俺や美月にとってはありがたかった。お腹がすくのはどうも出来ない。玲も、缶詰めを夢中で食べていた。


 食事が終わると、俺たちは思い思いの場所で時を過ごした。龍一と莉子は自分の部屋に籠り、泰明は食事の片付け。ジェイは新聞を読んでいた。美月はというと、子供部屋にあるオモチャで、玲の相手をしていた。


 俺は、ずっとスマホを握りしめていた。前に、父さんと3時間おきに連絡をすると約束したのだ。今は電池のことを考え、3時間から5時間、5時間から8時間にまで伸びてしまった。


「大丈夫か?」


「大丈夫」


「無事か?」


「無事」


 と、こんな感じの会話だけだが、それでもお互いの安否を確認出来た。


 それなのに。父さんから連絡がない。時間になっても連絡が来ないので、「大丈夫?」と送った。だが、連絡が来るどころか既読にもならない。


 どうしたんだろ。まさか、ゾンビに襲われたんじゃ・・・。


 そんな考えが頭をよぎる。考えたくない。しかし、考えずにはいられない。


「隼人くん?」


 ふと、美月の声がした。すぐ近くに立って、俺を見ていた。


「それ、お父さんのL◯NE?」


「うん」


「連絡、してるの?」


「してた。でも、返信がない」


 美月は眉をしかめ、悲しそうな顔をした。


「そっか」


 美月はそれ以上何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。俺は、スマホをポケットにしまった。


「それじゃ、私、莉子ちゃんの部屋に行くね」


「え、なんで?」


「さっき、莉子ちゃん、部屋に入っちゃったでしょ?だから、一緒に玲ちゃんと遊べないかなって」


 なるほど。そういえば、美月はそういう奴だった。楽しみは分け合いたい。ひとりでいる友人にも声をかけ、優しく接する。いつもそうだった。誰にでも笑顔を振りまく美月は、みんなの人気者だった。


「それは、いいと思うけど。あの莉子って奴。あんま人と関わらない感じだったぜ。変に誘って、余計な気を使わせんなよ」


「わかってるって。ほどほどに、ね」


 そういうと、美月は走って部屋に行ってしまった。さて、俺はどうしたものかと考える。もう外は暗いし、暇だな。本でも読もうかと思ったが、ここにある本は、どれも難しい本ばかりだ。


「隼人くん、暇そうだね」


 泰明の声だ。俺は泰明を見た。泰明は、食事の片付けが終わったようで、ソファに座った。


「ああああ!ごめん。片付けしてたのに手伝いもしなくて」


 俺は慌てて謝った。泰明は「あはは」と笑った。


「いや、ごめんごめん。そういう意味で言うつもりはなかったんだ。そうだ、隼人くん。ジェイも呼んできて、一緒にトランプしようよ」


「トランプ?」


「そうそう。僕とジェイは、暇なとき、よくトランプをしてたんだ。でも、2人だけだと、面白くなくて」


「龍一と莉子は?」


「あの2人も誘ってはみたんだけど、どっちも、断られちゃって。龍一くんに至っては、舌打ちまでされたよ〜」


 泰明は、「怖い怖い」と肩をすくめる。俺は、苦笑いをするしかなかった。


「それじゃあ、僕はトランプを持ってくるから、ジェイを呼んできてくれる?」


「うん、わかった」


 俺は、ジェイの部屋へ向かった。そこで、ふと思った。ジェイは、見るからに外国人。そして、俺は英語を話せない。


 たちまち、汗が噴き出す。


 ど、どうしようぉぉ!!なんて言えばいいんだ!?「トランプをしよう」って、英語でなんて言うんだ!?うおわぁぁぁ!!


 俺の頭は、緊張と焦りでいっぱいになった。しかし、泰明を待たせるわけにはいかない。ここは、なんとかしなければ!


 ジェイの部屋の前に立つ。俺は、深呼吸をしてからノックをした。すると、ドアが開き、ジェイが顔を出した。俺は、思い切って言った。


「は、はぁーわーゆぅ?」


 こんなことしか言えない。発音は合っていただろうか?問題は次だ。トランプに誘わなければならない。なんて言えばいいんだ?


「アノ、ニホンゴダイジョウブデス」


「え?」


「ニホンゴ、ハナセマス」


「ええええ!?なんだよ。早く言ってくれよ!俺、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃんかよ!」


 ジェイの日本語はたどたどしかったが、会話は出来るくらい、日本語が上手かった。


「ゴメンナサイ・・・」


「別にいいけど・・・。泰明が、一緒にトランプやろうって」


「ワカリマシタ。ワタシ、トランプスキナンデス」


「へえ〜。そうなんだ〜」


 俺たちは1階へ下り、泰明の元に戻った。泰明は、慣れた手つきでカードをシャッフルしていた。


「何する?ババ抜きとかどう?」


 俺たちはソファに座り、カードを配り始めた。





 こんなことが続けばいいと思った。いつまでも、この時間が・・・。あるいは、ゾンビなんて本当はいなくて、俺たちは友人として、この瞬間を楽しめたら・・・。


 今でも思う。ゾンビなんて、始めからいなかったんじゃないかって。でも、そんなことはなかった。窓の外を見ればゾンビはうろついているし、目の前にいる泰明のシャツには血が付いている。それは、紛れも無い事実だ。


 俺たちが、この世界で生きるのは無理なのかもしれない。当然だ。映画みたいに、安全地帯も、感染を防ぐ特効薬も、銃もない。食べ物だって限られてる。そんな中で、どう生きろというんだ。もう、世界には俺たちしか残っていないかもしれない。


 俺たち、だけ?生きてるのは、ここにいる人間だけ?本当にそうなのか?


 日本の人口はおよそ1億人。それが、1週間のうちに大半の人間が死んだというのか?あり得ない。だが、政府も自衛隊も、何か対策をしているとも思えなかった。


 生きているのは、俺たちだけのような。忘れられてしまったかのような。そんな気がした。

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