新たな生存者たちとの出会い
俺たちは、2人の謎の男たちに連れられながら、ショッピングモールとは違う方向へ歩いた。その間、俺たちは軽く自己紹介をした。
先に声をかけてきたのは、小柄な男だった。
「やあ、さっきは災難だったね」
にこりと笑って、雰囲気のいい人だ。優しそうに見えるが、白いシャツに付いた赤黒いシミだけはごまかせない。
「は、はい。先程は助けていただいて、ありがとうございます」
「あはは。嫌だなぁ。敬語なんてやめてよ。僕の名前は泰明。よろしくね」
「俺は、隼人・・・」
敬語を使わずに言った。敬語を使わなくていいのはありがたい。上下関係があると、いくらか壁ができてしまう気がする。
「私は美月です。こっちは玲」
美月は敬語を使って自己紹介をした。ずっと手を繋いでいた玲の分も自己紹介をする。美月は、歳上ということを気にしたのだろう。もっとも、美月は真面目だから、当たり前で敬語を使ったのかもしれないが。
「そっか。玲ちゃんは、美月ちゃんの妹?」
「いえ。ひとりでいるところを見つけて、助けたんです」
「へえ、なるほど。あ、あの人は龍一って言うんだ」
泰明は、前を歩いている男を見て言った。俺と同じくらいの歳に見えるが、髪を赤く染めている。いかにも、不良って感じだ。
「まだ世界がこんなんじゃなかった頃はね、結構な問題児だったみたいだよ。うちの近所じゃ、手に負えないって有名だったんだ」
そんなにか・・・。近所の人にも見放されるって、どんな問題児だよ。
呆れていると、龍一が後ろを振り返った。
「おい!余計なこと話してんじゃねぇよ!」
怒鳴られた・・・。だが、泰明は慣れているとでも言うように、平気な顔で笑った。
「あはは。ごめん、ごめん」
そう言うと、「怒ると怖いんだ。君たちも気をつけてね。何されるかわかんないから」と、そっと耳打ちしてくれた。
気をつけよう。出来るだけ、問題は起こしたくない。美月も頷いた。
「そんなことより、お前ら。噛まれたりしてねぇだろうな」
龍一は、俺を睨みつけ、そして美月、玲を順に見た。俺はすぐに答える。
「それは大丈夫」
「お前が一番怪しいんだよ。さっき、あのゾンビ化した犬と取っ組み合ってたろ。引っ掛かれたりしてねぇのかよ?」
「いや、平気だけど。引っ掛かれても感染すんの?」
「知らねぇよ」
龍一はそう言うと、再び黙って歩きだした。
「ところで、どこに向かってるんですか?」
美月が訊いた。それは俺も気になっていた。龍一は「秘密基地」と言っていたが、具体的にどこに行くのか知らない。
「ああ。龍一くんは、秘密基地とか言ってたけど、ぜんぜんそんなことないよ。ただの家さ」
「家、か」
俺は、自分の家のことを思い出した。もう一度、帰ることは出来るだろうか?
「ほら、もうすぐだ。見えてきたよ」
「え!?あれ!?」
近づいていくと、目の前に洋風の豪邸が現れた。周りを高い塀で囲まれ、綺麗に手入れをされた花壇が広がっている。水は出ていないが、おしゃれな噴水もある。
「うわあ〜」
思わず感嘆の声を上げる美月。一瞬、ゾンビなんて夢だったんじゃないかと思えるほど、庭は綺麗だった。
龍一は門を開け、中に入っていった。
「さあ、僕たちも行こう」
「え、中に入ってもいいのか?」
「もちろん。じゃなきゃ、なんで君たちはここまでついてきたの?ってことになるでしょ」
「たしかに・・・」
助けてくれたとき、龍一は「行くぞ」と言っていた。それは、一緒に来いという意味だったはずだ。
「それにさ。僕たちの他にも、生存者がいるんだ。人数は多い方が心強いだろ?」
「そうなんですか!?よかったぁ」
美月は安心したようだ。俺たちは門を過ぎ、中に入った。
中にも豪華な家具がたくさんあった。どれも高そうな家具ばかりで落ち着かない。玄関も、ものすごく広かった。俺たちが室内を眺めていると、泰明は靴も脱がずに、玄関を通り過ぎた。つい、「え?」と声を出してしまう。
「靴、脱がなくていいの?」
泰明は振り向くと、自分の靴を見た。
「ああ、大丈夫だよ。いつゾンビが入ってきてもいいように、すぐ逃げる準備はしておかないとね」
「あ、そうか」
いちいち、逃げるときに靴なんて履いている暇はないだろう。よく見ると、綺麗に磨かれていたはずの床には、既に靴の跡がついていた。
俺たちも、ぎこちなく靴のまま玄関を跨いだ。美月は、靴を脱ごうとした玲に言って、履かせたままにした。
長い廊下を歩く。途中、いくつも部屋があったが、扉が閉められていて中までは見えなかった。
俺たちは、客間へ案内された。ここもすごく広く、豪華な部屋だ。ソファも、机も、カーテンも、洋風で白や茶色など。壁に掛かっている絵は、鮮やかな花の絵が描かれている。天井に吊るされたシャンデリアが、明かりはついていないが、キラキラと輝いていた。
部屋の中に、龍一の姿を見つけた。そして、ソファに座っている2人の人影。1人は大柄な男で、肌が黒く、外国人のようだ。半袖の袖から見える筋肉がすごい。ごつごつで盛り上がっている。その向かいに座っているのは、ショートヘアーの少女。俺より歳下に見える。2人は、部屋に入ってきた俺たちを見た。
「ただいま。人を連れてきたよ。それと、食べ物も少し」
泰明は、背負っていたリュックを肩から下ろし、中から、缶詰めやパンを取り出した。
「感染してないの?」
ショートヘアーの少女が、素っ気なく言う。泰明は、尚も笑顔で返した。
「大丈夫だよ。感染はしてない。でも、隼人くんは、後で傷の手当てをしよう。擦り傷だらけだからね」
俺は、自分の腕を見た。引っ掛かれて破けた服の下に、傷が出来ていた。倒れたときに擦ったのだろう。
「うん、ありがとう」
俺は、泰明に感謝の言葉を述べた。泰明は「うん」と言うと、2人を紹介してくれた。
「あの女の子が、莉子ちゃんで、そっちの男の人が、ジェイコブ。僕たちはジェイって呼んでる。莉子ちゃん、ジェイ。こちら、隼人くんと美月ちゃん。小っちゃい子が玲ちゃんだよ」
俺たちは、お互いに軽くお辞儀をして挨拶した。
「それじゃ、簡単にくつろいでてね。それと、部屋も好きなやつを使っていいから。この家、部屋が多くて余ってるんだ」
泰明は客間の階段を指差して、「部屋は2階にあるよ」と、教えてくれた。俺たちは2階に上がった。そこにも、たくさんの扉が並んでいた。どの部屋があいているのかと思ったとき、階段の下から声が聞こえてきた。
「手前から、龍一、僕、ジェイの部屋。それと、ふた部屋とばして莉子ちゃんの部屋だよ」
なるほど。たしかに、まだ部屋は余っている。「ありがとう」と言って、部屋を決める。
「美月、どこの部屋にする?」
「え?私は、莉子ちゃんの隣の部屋にするつもりだよ。玲ちゃんと一緒に部屋を使おうと思ってる」
美月は、莉子の部屋の奥を指差して言った。ということは、ジェイと莉子の部屋が、ふた部屋あいていることになる。俺は、ジェイ側の部屋に決めた。さすがに、女の子の部屋の隣にするのは、まずいと思った。なんせ、男と女の間の部屋が、2つもあいているのだ。・・・わけがあるのだろう。
部屋に入ると、少し埃っぽいが、綺麗な部屋だった。整えられたベッド。整頓された本棚。両脇に引き出しのついた机に椅子。
「すげ〜。豪華だな」
思わず独り言を言ってしまう。
俺は、机の上にリュックを置いた。ベッドに飛び乗る。埃が若干舞ったが、気にしない。ふわふわのベッドで、寝心地がよさそうだ。次は本棚。面白そうな本がないかと思ったのだ。だが、経済や政治の本ばかりだった。
まあ、俺、そんなに本読まないから別にいいんだけど。
俺は部屋を出た。




