表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

現れたのは、救世主?それとも不良?

 少し遠いショッピングモールへ行くのが、こんなに大変だとは・・・。


 俺は、ひしひしと感じていた。


「ごめんね、隼人くん。玲ちゃんをおんぶさせちゃって」


「いや、いいんだ・・・」


 俺は、ダラダラと流れる汗を拭いながら言った。今、俺は玲をおんぶして歩いている。なぜかって?


 わかるだろ?


 わかってくれぇぇ!!


 子供なんて育てたことないけど、見たことはある。歩き疲れて、親におんぶだの、抱っこだのをせがむ子供を・・・。


 俺は、その状況にあった。つい数分前に、玲が駄々をこね始めたのだ。





「つかれたぁ」


 玲が突然、立ち止まった。隣で手を繋いで歩いていた美月が、困った顔で言った。


「もう少し頑張ろ?ね?」


「やだ」


「玲ちゃんなら頑張れるよね?」


「やだ」


「あ、あれー?強い玲ちゃんはどこかなー?」


「やぁぁだぁぁ!」


 そう言って、玲は、地面にぺたんと座り込んでしまった。美月が何を言っても、動こうとしない。


 困ったな・・・。


 さすがに、子供相手に無理やり歩かせるなんて出来ない。


「あの、さ。隼人くん・・・」


 美月が俺に声を掛けた。まさか・・・。


「ん?何?」


「玲ちゃん、おんぶ出来ない?」


 Oh・・・。


 やっぱり来た!言うと思った!俺は、嫌なのを勘付かれないように、丁重に断ろうとした。


「でも、俺の手が塞がるよ?ゾンビ来たらどーすんの?」


 よし。これなら、美月も諦めるだろう。無理やりではないが、なんとかして、玲を歩かせるはずだ。しかし、そんな期待は打ち砕かれた。


「大丈夫!私が2人を守るよ!私だって、ゾンビくらいひとりで倒せる!」


「え、いや、危ないし・・・」


「へーきへーき!それに、玲ちゃんを置いていくわけにはいかないでしょ?」


 たしかにそうだけど・・・。


「もしかして・・・」と、美月が顔をしかめた。


「おんぶするのが嫌なの?」


 げっ!気づかれた!


「違う!そななことにゃいよ!」


「ん?今、噛んだ?」


 俺は馬鹿か!?なんでこのタイミングで噛むんだよぉ!!図星だと思われるだろ!


「あー、図星なのねー」


 ぎゃあああああああ!!


「ち、ちが・・・」


 美月は、玲の手を繋ぎ直したが、そのまま俯いてしまった。


「そうだよね。ショッピングモールまで、まだ距離あるし。この暑さだから、そりゃ嫌だよね」


 あーあーあー。


 美月は、「わかった」と俺を見た。


「私が玲ちゃんをおんぶするよ」


「・・・は?」


「大丈夫!私、こう見えて力あるんだから!」


 そう言うと、美月は玲をおんぶしようとする。さすがに俺も、女子に力仕事をさせるほど、非情な男ではない。


「あー、わかった!わかった!俺がおんぶするよ」


「え、いいの?」


 ぱっと笑顔になる美月。俺は、持っていた包丁をリュックの中に入れ、玲をおんぶした。


「そのかわり、ちゃんと周囲を確認してくれ。俺もこれじゃ動きづらいしな。ゾンビを見つけたら、俺に言ってくれよ」


「うん、そうする!」





 ーーということで、今に至るわけだが・・・。


 暑い!重い!疲れた!


 この体の叫びを、俺は必死にこらえて歩いていた。玲は、おんぶされて気分が良くなったのか、静かにしている。


 それにしても、暑い。流れ出る汗を拭って、一歩一歩、足を動かす。炎天下の中、玲をおんぶしながらショッピングモールへ行くのは、なかなかキツイ。かと言って、美月に代わってもらうわけにもいかない。


「はぁ、はぁ・・・」


 荒い息をつきながら、燃える体を休ませようと思ったときだった。


「あっ・・・」


 美月が、ポンポンと俺の肩を叩いた。俺は振り向く余裕もなく、歩きながら「どうした?」と返した。


「は、隼人くん。あれ、あれ見て!」


「なんだよ・・・」


 俺はゆっくりと振り返った。美月は、バットを握りしめて、「あれ」と指を差した。その方向を見ると、家の塀の陰に隠れて、何か動いた。目を凝らして見る。それは、俺と目が合うと陰から出てきた。


「マジ、かよ・・・」


 現れたそれは、全身の皮膚が剥げ、赤黒い肉の塊のようだった。剥き出しの牙には、血がこびり付いている。俺の近所の人が飼っていた、あの柴犬だった。


 どっかに行ったとは思ってたけど、よりによって今会うなんて!


 美月は、口に手を当てて悲鳴をこらえている。俺は、玲を慎重に下ろした。犬を刺激しないよう、ゆっくり、ゆっくり。


「美月、玲を頼む」


 そっと、小声で美月に言う。美月は怯えた顔で頷いた。玲は、黙ったまま美月と手を繋いだ。その手は、強く握られていた。


 犬は、依然として動かない。こちらの様子を伺っているのかもしれない。


「美月は玲と一緒にいろ。んで、そのバット、貸してくれ」


 俺は、差し出されたバットを受け取った。バットの方が、包丁よりも距離をあけて攻撃出来ると思ったのだ。


 バットを握る手に、グッと力が入る。バットを構えて、犬に襲いかかった。


「うおりゃぁぁぁぁぁ!!」


 バットを振り上げ、狙いを定める。しかし、俺が一撃を与える前に柴犬はさっと避けた。やはり獣。のろまなゾンビとは違う。犬は人間より動きが速い。


 倒せるか・・・?


 さっきまで玲をおんぶしていたため、すぐに息が上がる。体力もさほど残っていない。


 でも、ここで死ぬわけにはいかないんだよ!


 俺が死んだら、後ろにいる美月と玲が殺されてしまう。噛まれたら終わり。あのゾンビたちの仲間入りだ。


 犬と一定の距離を置きながら、何度もバットを振る。しかし、いっこうに当たる気配がない。それどころか、向こうも、俺に噛みつこうと襲ってくる。そろそろ、体力の限界だった。


 疲労で足がもつれた。「あーー」と思ったときには、もう手遅れだった。犬が隙を突いて、俺の体を押し倒したのだ。どおっ!と倒れる。


 犬は、俺の顔めがけて噛みついた。俺は、必死にバットでその攻撃を避け、なんとか体を起こそうとした。


「う・・・ぐっ!」


 犬は爪を立てて、俺の体に乗っている。服の下からでも、爪が食い込む。一生懸命攻撃を防いでいたが、腕も痛くなり、目が眩んでいく。


 とーー


 カッ!


 すぐ近くで音がした。犬の攻撃が止み、犬は後ろを振り返った。俺も、少し体を起こした。足元を見ると、石が転がっていた。そして、その先には美月が立っていた。美月は、震えた手で包丁を構えている。


 犬は俺の体から下り、美月に唸り声を上げた。牙をぎらぎらと光らせ、今にも美月に襲いかかりそうだ。


「美月!逃げろ!」


 俺は叫んだ。だが、美月は動かない。ガタガタと震えたままだ。そんな美月に、容赦なく肉の塊が迫る。


「美月!」


 俺は、美月を助けようと重い体を起こした。


 駄目だ!間に合わない!


「美月ぃ!!」


 届くはずのない手を伸ばす。すべてがスローモーションのように、動きが遅くなる。犬は、真っ直ぐ美月へ向かっていく。


 そのとき、視界の隅に動く物が見えた。それが何かを確認する間もなく、それは素早く動いた。持っていた物で、犬の体を思いっきり殴った。吹っ飛ばされた肉は、塀に激しく体をぶつけた。


 俺たちの前に立っているのは、ひとりの男。その背後から、さらに1人の男が、倒れた犬に向かって走っていった。そして、ヨロヨロと立ち上がろうとしていた犬に、包丁を突き刺した。


「ギャン!」


 犬がひと声鳴いた。その男は、さらに数回、包丁を刺した。


 しばらくして、犬はまったく動かなくなった。ただ呆然と眺めているしかなかった俺たちは、突然現れた集団を見た。


 救世主、なのか?


「けっ!何アホ面して見てんだよ。あそこにいるガキ、さっさと連れて来い」


 あ、ごめん、違うわ。ただの不良だわ。


 口の悪い発言に我に返り、むっとする。が、助けてもらって文句は言えない。おとなしく、陰に隠れていた玲を連れてきた。


 口の悪い男は、俺と同じくらいの歳に見える。犬を刺し殺した男は、小柄でひょろっとしている。犬を殴った男は、釘を刺した木製のバットを持ち、俺の前に立った。上から目線で見下ろしてくる。


「オラ、行くぞ」


「え、どこに?」


 俺は尋ねたが、男は尚も感じ悪く言った。


「あ?決まってんだろ。ひ、み、つ、き、ち、だよォ」


 男はニヤリと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ