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美月のお守り

 家に戻った俺たちは、泣き止まない女の子をあやすのに苦労していた。


 女の子を椅子に座らせ、しきりに背中をさすってやった。美月も、安心させようと優しい声で話しかけている。その甲斐あって、女の子は泣き止んでくれた。


 濡れている女の子の顔を、美月がタオルで拭いているうちに、俺は救急箱を持ってくる。女の子の膝の傷を、手当てしようと思ったのだ。


「それは私がやるから、隼人くんは、外にゾンビがいるか見てきてくれる?」


 女の子の世話をしていても、やはり外の様子が気になるのだろう。救急箱を渡し、窓を覗く。外には4体のゾンビがうろついていた。


「あー、4体いるけど、まあ、大丈夫だろ。家ん中だし」


「そっか・・・。そうだよね、大丈夫だよね」


 俺に言っているのか、自分に言い聞かせているのか。美月は、呟きながら手当てをしていく。


 女の子は随分と落ち着いているようだ。まだ目は赤く腫れているが、もう泣き出すことはないだろう。俺はひとまず、ほっと息をつく。


「よし、これでいいはず。偉いね。他に痛いところはない?」


 美月は女の子の頭を優しく撫でてから言った。女の子は小さく頭を振った。


「そっか。お名前は?」


「・・・れい


 女の子ーー玲は、ぽつりと答えた。しかし、俯いたまま、黙ってしまった。


 無理もないよなぁ。この子も、いろんなものを見てきたんだろうし。


「玲ちゃん、お母さんとお父さんは?」


 俺も玲の目線までかがんで、優しく訊いた。玲はしばらく黙っていたが言った。


「どっかいっちゃった。へんなひとたちに、つれてかれたの」


「変な人って、血だらけの?」


「うん。けがしてた。そのひとたちに、ひきずられてっちゃったの」


「そ・・・っか」


 玲の両親は、ゾンビにやられてしまったんだ。美月もそれに気づいたようで、玲をしっかり抱きしめた。


「怖かったね。大丈夫だよ。これからは、私たちと一緒にいよっか」


 美月の言葉に、玲は顔を上げた。その目は、不安そうに虚ろだった。だが、美月が微笑むと、玲は少し笑った。


「ほんと?いっしょに、いてくれる?」


「うん」





 美月は、玲を2階にある俺のベッドに寝かしつけた。歩き疲れたのか、泣き疲れたのか、玲はすぐに寝てしまった。


「美月って、小さい子の面倒見るの、上手いよな」


 俺は、先程の美月と玲の会話を思い出しながら言った。


「うん。私、小さい子の面倒見るの好きだから」


 美月は、玲が座っていた椅子に腰掛けた。


「玲ちゃんはさ、すっごく怖かったんだと思う。両親を殺されて、ひとりぼっちで歩いてて」


「あー、たしかに。よくゾンビに襲われなかったなー」


「そういうことじゃないよー。寂しい思いしてきたから、私が玲ちゃんを守ってあげなきゃ、って思ったのー」


 美月は頬を膨らませて怒ったフリをした。


 かわ・・・。ん?俺、今なんて思った?か、かわいい?え、美月がぁ?ないなーい!


「どうしたの?変な顔してる」


 美月が俺の顔を覗き込む。そのせいで、俺の体は沸騰した。体中の体温が一気に上がる。


「な、なんでもねーよ!」


 俺は慌てて顔を晒す。


「とりあえず、どーすっか」


 話題を変え、美月と話し合う。コンビニに食べ物はない。とすれば、少し遠くなるが、ショッピングモールなら、食べ物があるかもしれない。


 それを美月に話す。


「でも、玲ちゃんがいるから、あんまり遠くには行かない方がいいよ」


「ここは安全だけど、食べ物がない。ずっとここにいても、飢え死にするだけだ。それなら、少しの望みをかけて、行った方がいいんじゃないか?」


「でも、玲ちゃんは?連れて行くの?」


「置いてくのも危ないだろ」


 美月は考え込んだ。考えた上で、言った。


「そうだね。残して行くのも心細いと思うし。それに、さっき『一緒にいる』って約束したもんね」


「んじゃ、さっそく行くか」


 俺は、リュックを背負おうとした。だが、美月に止められる。


「それは少し待って。玲ちゃんを休ませたいの」


「あー、わかった」


 俺はリュックを下ろした。





「んじゃ、行くぞ」


 玲を起こし、ショッピングモールに行くことを説明する。しかし、玲は「いやいや」と言って聞かなかった。そんなときは、美月の出番だ。


「私も一緒だよ。大丈夫!このお兄ちゃんがね、守ってくれるから」


「俺かよ・・・。まあ、いいけど」


 男が女を守るのは当然だ。美月の必死の説得で、玲はやっと頷いてくれた。


 ということで、家を出る。俺はリュックに包丁。

 美月には、もともと持っていたリュックと、俺のバットを持たせる。玲と手を繋いで歩くなら、包丁は危ないと思ったのだ。玲には、俺が昔使っていた水筒を、肩にかけさせた。玲は何も持っていなかった。


 しかし、準備をしている途中、美月のリュックからトランペットが出てきたときは驚いた。


「知らなかったの?私、吹奏楽部だよ?」


 訳を聞いたら、そう返されてしまった。


「いや、それは知ってるんだけど・・・」


 美月は中学でも吹奏楽部だった。放課後、よく部員の人たちと一緒に、練習しているのを見たことがある。


「このゾンビだらけの世界で、それは必要なのか?」


 訊くと、美月は驚いた顔をして俺を見た。


「必要とか、必要じゃないとか、私には関係ないの。これは、私の一部だから。このおかしな世界の中で、私の心の支えなの。お守りみたいな物だよ」


「えらくデカイお守りだな(笑)」


「笑わないでよ!」


「ははっ!わりぃわりぃ」


 美月にとって、トランペットがそんなに大事だとは知らなかった。


 そうして、俺たちはショッピングモールへと向かい始めた。

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