始まりの終わり
小さいころは、お化けだの、妖怪だの、はたまた吸血鬼だのを信じていた。きっと、大人になっても信じている人はいるんだろう。でも、今ではただの迷信だとしか思わない。
は?ゾンビ?いるわけないじゃん。
窓から差し込む日の光で目が覚める。
「ふわぁはぁぁぁ」
大きなあくびをひとつ。今日も学校かぁ〜。やだなぁ〜。
枕の横に置いてあった時計を見る。長針は4を指し、短針は8と9の間を指している。その周りを、秒針が毎秒ごとに回っている。
しばしの沈黙。
「!?」
はっとする。遅刻じゃねーか!
ベッドから飛び降り、急いで着替える。すると、一階から声が聞こえた。
「隼人!いつまで起きてるの!遅刻するよ!」
母さん、起こすならもっと早く起こしてよ・・・。
準備を整え、階段を全速力で下りる。そして玄関へ直行する。しかし、母さんが焼いた食パンをつまんで、口に運ぶのは忘れない。
「いってきまーす!」
パンをくわえながら早口に言うと、家を飛び出した。走る。走る。めっちゃ走る。最近は朝から蒸し暑く、体から汗が吹き出す。真っ赤なポスト、小屋で寝ている柴犬、コンビニを過ぎて学校へ向かう。
ついでに学校まで通り過ぎてしまいそうになったが、なんとか急ブレーキをかけた。校舎内に入り、乱暴に靴を履き替える。俺の教室は2年A組、2階にはあるが、残念なことに、今上っている階段からは1番奥にある。
間に合うか・・・?頼むぞ!間に合ってくれ!
階段を上り終わり、俺の教室へと続く廊下を走る。あともう少し!いける!
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
叫びながら、教室のドアに手を伸ばす。
そしてーー。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った。俺は、ドアを勢いよく開けて中に滑り込んだ。教室には、すでに扇風機が回っていて、俺の汗を冷たい空気が冷やしてくれた。クラスメイトたちは席についている。その間を抜け、自分の席についた。
「はぁぁ〜。間に合ったぁ〜」
深呼吸をして、荒い息を整える。
「遅刻だ、馬鹿者」
低い声。わー、先生だー。
「で、ですよねー」
俺は引きつった笑みを浮かべる。教室内で笑いが起こった。
「それじゃ、連絡あるからよく聞けよー」
あーあ、頑張って走ってきたのに、結局遅刻かよー。ついてねーなー。
「ふふ。今日は珍しく遅刻なんだねー」
横から声が聞こえた。長い髪を横向きに縛り、俺に笑顔を向ける女の子。隣の席の美月だ。彼女とは、小学生からの幼馴染。高校も一緒なのだ。
女子とは少し話す程度の距離感だったけど、高校でも美月と同じ学校になれて嬉しい。って、何を言ってるんだ、俺は!
「隼人くんが遅刻なんて、ほんと珍しい」
「んー、昨日は徹夜なんかしなかったけどなー」
昨日のことを思い出す。なんか胸くそ悪い夢を見た気がする。よく思い出そうとしたが、それ以上は無理だった。まあ、夢とはそんなものだ。
授業での先生の言葉をテキトーに聞き流して、1日を終えた。美月には「そんなんじゃ、今度のテスト、点取れなくなるぞぉ!」と言われたが、そんな言葉は無視する。
今朝全速力で走った道を引き返し、オレンジ色に染まる空を見上げながら歩いた。
ふと、道の真ん中に佇む男の人を見かける。ぴくりとも動かず、俯いたままだ。何か下に落ちているのかと思って目を凝らしてみたけど、そこには何もなかった。
何してるんだろ。
追い越す直前、ちらっと横目で見る。口元から、何か垂れている。なんだか、服が赤く染まっているように見えるのは、夕暮れ時だからか?
「う、ゔゔゔ・・・」
「?」
なんか言ってる?いや、唸ってる?
すると、ゆっくりと男が振り向いた。ぎょろっと音がしそうなほど、目を見開いて俺を見る。
あーー。
その男の顔を見て、思考が停止した。
その男の顔は血まみれで、ところどころ皮膚が剥げ、肉がただれている。それだけじゃない。男が着ている服も、泥や赤黒いシミで汚れている。
なんなんだよ、こいつ。俺の生存本能が、必死に逃げろと訴えている。
男が、こちらに一歩近づいた。反射的に、一歩後ずさる。
やばい。これは、やばい。足が震えてーー。
突然、男が俺に襲いかかってきた。俺の肩を掴んで、噛みつこうとする。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は必死に、男の首元を掴んで引き剥がそうとする。男の体から異臭がしてくる。あまりの匂いに、顔をしかめる。
くっさ!なんなんだよ!こいつは!もしかして・・・。いや、まさかな・・・。
俺は男の体に蹴りを入れた。男は呻きながら、俺の肩から手を離し、1、2歩後ずさった。
俺はその隙に、全速力で逃げた。朝よりも何十倍も早く走った。心臓の鼓動が、太鼓でも叩いているかのように激しく打つ。後ろを振り返ると、男はのろのろと歩きながら追ってくる。
走れない・・・のか?
走れないのなら話は早い。このまま家に逃げれば、もう大丈夫だ。
と思ったが、前方から何かが、こちらに向かってくる。
はぁぁぁ!?
前から、血まみれの女が歩いて来ていた。その女も男と同様、皮膚が剥げ、肉が見えている。服もボロボロだった。
くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!
俺は、女から一定の距離を置きながら追い越した。
「ゔゔゔゔ。がぁぁ」
なんだよ!なんだよ!なんだよ!どうなってんだ!なんで、こんなことに!でも、もう少しで俺の家だ!助かる!
そう思ったときだった。
「ワン!ワン!ワン!」
犬の鳴き声がした。はっとして、横を見る。俺の家の近くに、柴犬を飼っているお宅があるのだ。
早く犬を中に入れないと、あいつらに食べられる!他の人は、この事態を知らないのか!?
しかし、そんな考えは否定された。犬は、もはや犬と言える姿ではなかった。体中が赤黒く染まり、肉どころか骨まで見えている。口から、血を垂れ流していた。
俺が動けないでいると、柴犬は体制を低くし、跳び上がった。
「ひっ!」
俺が短い悲鳴を上げたとき。犬の身体が後ろに引っ張られ、倒れた。
なんだ?
よく見ると、犬には首輪が繋がれていた。
よかった・・・。もし首輪がなかったら、今ごろ俺は・・・。
考えたが、やめた。明らかに死ぬ運命しか見えない・・・。
「ゔゔゔぐぇあぁぁぁ」
やっべ。後ろから来てんだった!
さっきの血まみれの男と女が、やはりヨロヨロとした足取りで近づいてくる。犬は体勢を整え、噛みつこうとしてくる。俺はすぐに家へ走り込んだ。ドアをしっかり閉め、鍵を掛けた。
「はぁ、はぁ。ふぅ」
俺は、激しく打つ鼓動を落ち着かせ、ドアに寄りかかりながら座った。そして、今までのことを思い返す。血まみれの男女。肉の塊となった犬。
これは夢か?悪い夢でも見てんのか?あいつらはなんなんだよ。
奴らの正体には、ひとつ、心当たりがあった。自分でも信じたくない。でも、これしかない。
ゾンビーー。
そう、よく映画なんかで出てくるゾンビに、あいつらは酷似していた。ありえない。ゾンビなんて、現実には存在しない。バイ○ハ○ードとかは有名だけど、ゾンビなんて映画の世界だけだ。
もしかして、今までのは全部俺の思い込みで、今外に出れば、すべて元通りになってるんじゃないか?血まみれの男も女もいない。柴犬も、犬小屋で寝ているかもしれない。
でも、外に出る気にはなれなかった。何より、俺の制服についている赤黒いシミが、現実だということを物語っていた。
家の中を見る。今朝と何も変わっていない。母さんはいつも夜に帰ってくる。リビングへ行き、テレビをつけてみる。アナウンサーが、マイクを片手に映っていた。どこかの建物内らしいが、カメラはアナウンサーと窓の外を、しきりに映し出していた。
「みなさま!今すぐに逃げてください!避難してください!正体不明の人間が、大勢の人々を襲っています!警察も対応しておりますが、被害は深刻な状況と思われます!襲っているのは、まるでゾンビのような風貌をしており、噛まれた人も同様、また別の人々を襲っています!
ゾンビと思われる人々の発生源は未だ不明。ゾンビを見かけた方は、すぐに逃げてください!建物内に避難し、決して近づかないように!」
アナウンサーは早口で喋っている。カメラに映っているのは、やはり血まみれの人たちだった。1人や2人ではない。カメラには映りきらないほどのゾンビたちが、同じ方向へ歩いている。
信じらんねー。マジかよ。こんなことになってるなんて・・・。
俺は愕然とした。




