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きみだけが、見つけてくれる

作者: Todoroki T.

 夕刻の駅は人でごったがえしていた。途切れることなく改札口を通り抜ける人波は次々と傘を広げ、雨の降る駅前商店街へと散っていく。

 スーツの大人や制服の学生が主立つモノトーン気味の世界に、鮮やかな色を身に付けた小さな人影―― カラフルなランドセルを背負う子供たちがぽつぽつと混ざっている。

 その中の一人、水色の傘を差す小柄な女子が、デニムのスカートから伸びる細い足に履いた黄色い長靴の歩みをふと止めた。

 顔を上げた拍子にショートボブの左側で括ったおさげを揺らし、眼鏡の奥で目をまん丸に見開いた女子は、声を漏らす。

「さいとう?」

 女子よりも頭半分ほど背の高い男子が、雨の中傘も持たず突っ立っていた。

 ジーンズにちょっとよれたTシャツ、スニーカー。勉強よりも運動が好きそうな短い髪の男子は、今にも泣きそうな顔で口を開く。

「こみや……」

 震える声の男子――斎藤を、女子――小宮が、傘の影から上目づかいにじっと見つめる。

「……こみやだったら、オレのこと、見つけてくれるって思ってた……」

 黄色い長靴が、浅い水溜まりを踏む。

 小宮は真っすぐ斎藤の側へと進み、俯き加減で囁いた。

「ここじゃ、まずいから。ついてきて」


  * * *


 普段は人の賑わいに溢れる広々とした公園を、静かな雨音が満たしている。

 ジョギングや犬の散歩をする人の姿もなく、買い物でカゴをいっぱいにした自転車も走っていない。いつもは子供が群がる遊具は雨に濡れ、ずっと長い間放置されているように見える。

 ところどころ水溜まりのできたレンガ敷きの小道を進む女子。

 その後をついていく、とぼとぼとした足取りの男子。

「君、どこへ行くの?」

 斎藤が顔を上げる。

 自転車に乗った雨合羽の警官が、小宮に声をかけていた。

 おさげを揺らしながら警官を見上げ、女子が答える。

「中央病院です。おみまいに行きます」

 淡々とした返事を受けた警官は、公園の向こうで雨に煙る六階建ての建物を確かめると、少し硬い口調で言葉を続ける。

「寄り道しないで、すぐに行きなさい。帰りは遅くならないように」

「はい」

「雨の日は、公園には誰も居ないんだから、近道しないで商店街を通ってね」

「はい」

 警官がその場を離れると、斎藤は泣きそうな声を漏らした。

「やっぱみんな、オレのこと…… 見えないんだ」

 すたすたとその場から歩き始める小宮は、振り向きもせず声をかける。

「歩きなよ。おまわりさん、こっちを見てる」

「わかった、わかったよ、待ってよ」

 病院の方へと向かう女子を慌てて追いかける男子は、歩きながらぼそりと呟いた。

「小宮だけ、オレが見えるってことは…… やっぱオレ、オバケになっちゃったんだな……」

 無言の女子。

「オレ…… 死んじゃったんだな……」

 小宮は立ち止まり、斎藤を横目で見つめる。

 傘を差していないのに斎藤の体は濡れていない。体も服も白っぽくて、向こうの景色が薄っすらと透けている。

 少し真面目っぽい口調で、小宮は斎藤に尋ねた。

「さいとう、あんた何があったか、覚えてる?」

 困り顔の斎藤は、少し口を震わせて項垂れる。

「自転車、乗ってた」

「うん」

「コーイチとケースケと競争してた」

「うん」

「交差点にオレがイチバンで着いて…… トラックが走ってきて」

「うん」

「体がふわっとした…… 気が付いたら、オレが、道路にたおれてた…… オレ、たおれてるオレを見たんだ。人がいっぱい集まってきてさ、救急車とか、だれか言ってた……」

「きちんと覚えてるんだ。すごいね」

 褒めているかのような小宮の口調に、斎藤の声は大きくなる。

「すげくねーよ! オレ、こわくなって、家帰ったらさ、お母さん泣きながら家から出てきてさ、タクシー乗ってどっかいっちゃって……」

 言葉を詰まらせながら斎藤は語った。

 夜になって、母親は父親と一緒に帰ってきた。母親はずっと泣いていた。斎藤が呼んでも目の前で騒いでも反応しない。まるで、斎藤の声も聞こえず姿も見えていないかのように。

「……オレ、どうしていいか分かんなくなって、家から飛び出して……」

 半泣きで言葉をこぼす斎藤をじっと見つめる小宮。

「何日たったかわかる?」

「十日ぐらい、だよな……」

「おしい。十一日目」

「おなかもへらないし、どっちでもいいよ……」

 木の生い茂る公園の一角で、傘を差して立つ女子と傘も無いまま項垂れる男子はそのまま暫く佇む。

 やがて女子が歩き出すと、男子もその後をとぼとぼと歩き出した。


  * * *


「何でわたしに会いにきたの?」

 いきなりな小宮の質問に、斎藤は「はあ?」とでも言いたげな顔をした。

「だって、こみやってさ、オバケ、見えんだろ?」

「あんた、信じてなかったじゃん」

 背後が透けて見える体を反らし、もにょもにょと返す斎藤。

「……そんなこと、ねーよ」

「去年、あんた山で、何て言ったか覚えてる?」

 斎藤は困り顔になった。四年生の林間学校で泊まった山奥の研修施設で、小宮の居た女子グループがお約束の怪談をしていたところに、クラスの男子グループが混ぜろ混ぜろと押し寄せた。もちろん斎藤もその中に居た。

「女子で、こわい話でもり上がってたのに、男子が無理やり入ってきてさ。さんざんちゃかしたじゃん」

「…………」

「あんたなんか、その話ネットで見たーとか、そんなことあるわけないからウソつつくなーとかさ、もんくばっか言ってさ。人のこと、バカにしてさ」

「……こみや、体験談だって、言ってたじゃん……」

「わたし、ウソなんかついてないもん。見たこと、言ってるだけだもん」

 小宮が「見える人」と言う噂は斎藤も知っていた。幼稚園の頃学区が違った斎藤が小学校に上がってから色々聞かされた話によると、小さい頃から小宮の周りでは色々あったらしい。

 眉を吊り上げ眼鏡の奥から睨みつけてくる小宮から、俯き加減の斎藤は恥ずかしそうに顔を逸らした。

「……こわかったんだよ」

 きょとんとする小宮に、斎藤がまくしたてる。

「おまえの話、マジでこわかったんだよ! だから、ふざけたんだよ!」

「……ホント?」

「マジで。あの後みんなビビっちゃって、男子全員でつれション行ったんだから!」

 ぷ、と小宮が吹いた。

「何それ、バッカみたい」

「うっせーな」

 顔を逸らす斎藤に、それまでとは違う柔らかな声で小宮が話しかける。

「ねえ、何でわたしに会いにきたの? 何か言いたいこと、あったんじゃない?」

 尋ねる女子の傍ら、並んで歩く薄っすらと透けた男子は、鼻の辺りを指でこすりながらぽつりぽつりと声を漏らす。

「あのさ…… お父さんとお母さんに言ってほしいんだ…… 死んじゃって、ゴメンって。泣かせちゃって、ゴメンって」

 返事をすることもなく足元に目を落とす小宮に、斎藤は続けた。

「それとさ、こみや、信じてないふりして、ゴメン。ホントはすぐに、こみやに会いに行こっかなって思ったけど…… 前に、信じてないって言っちゃったからさ…… ずうずうしいし勝手だし、会いにこれなかったんだ……」

 小宮の足取りも、いつしかとぼとぼとしていた。

 雨音が小さくなり長靴の濡れた足音が聞こえ始めたところで、斎藤が不意に口を開いた。

「こみや、ありがとな」

 傘の影から、女子は男子の顔を覗く。

「おまえいなかったら、オレ、もうダメだった。今のオレ、なんにもできねーもん」

 クラスで悪ふざけばかりして先生に怒られるバカな男子の、いつもの笑顔があった。

「お父さんとお母さんのこと、ホンっとお願い! たのみます、こみやさま!」

 掌を合わせて頭を下げる斎藤に、小宮はくすりと笑みを漏らす。

「オバケがおいのりしてお願いするのって、何か、おっかしいね」

「いや、マジで、たのむからさ、一生のお願い!」

 小宮が足を止め、真剣な顔を斎藤に向けた。

「あのさ、ちょっと付き合ってほしいとこ、あるんだけど」


  * * *


「ここ来んのって、ひさしぶりだよな。ようち園の時はよく来たけどさ」

 畳んだ傘を腕にかけた小宮は、斎藤の言葉が聞こえてないかのようにすたすた歩く。

「ちょっと、こみや、ムシしないでよ……」

「ここ人多いから、あんたと話してたらあたしが変な人に見えちゃうじゃん!?」

「ああ、そっか。オバケと話せるのって、そゆときこまるんだな……」

 人の多い中央病院の待合室を抜け、消毒薬が匂う廊下からエレベーターに乗るまで口をつぐんでいた斎藤が、申し訳なさそうに口を開いた。

「こみやさ…… おみまいに来ると中だったんだよな。じゃましちゃって、なんかワリい。だれか知りあいの人、入院してんの?」

「ううん、別に。ここに来る予定はなかったから。気にしないで」

「?」

「予定なかったけど、来ることになっちゃったの」

 四階で降りた斎藤は、小宮が足を止めた病室の名札を目にして驚きの声を上げた。

「え…… この、『斎藤良助』って……」

「ねえ、さいとう」

 びくっとしながら斎藤が振り向くと、頭半分背の低いクラスメートの女子は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「さっきあんたが言ったこと、わすれないでね。もっぺんちゃんと聞かせてもらうから」

「ちょっと、こみや、おまえなに言って…… あれ? 何これ? あれ?」

 斎藤の体がどんどん薄くなっていく。

「お父さんとお母さんに言いたいことは、自分の口から言いなさいよね」

 驚きと混乱で変な顔になった白っぽい男子が煙のように視界から消えると、その場に残された女子はため息を一つつき、独り言を漏らした。

「……つかれちゃった。帰ろ」

 病院の外では、止む気配のない雨が降り続いている。

 水色の傘を差して公園へ向かいかけた女子はふと立ち止まり、商店街の方へと歩き出した。


  * * *


 翌朝、交通事故で意識不明だった男子が目覚めたとの報が教室に届いた。

 仲の良いクラスメートが見舞った後、それほど仲良くしていなかったはずの女子が毎日病室を訪れるようになった。その女子がギプスで動けない病室の男子から改めて謝罪と感謝の言葉を聞けたのは、男子が目覚めてから十一日後の事だった。


<了>


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